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61 迷宮へ

 ここから暫くは時間との勝負。だから走る。バーツオの横槍が入らない内に買い物を済ませなきゃ。

 雑貨屋で袋を10枚と紙を200枚買って、それぞれの市場で干し肉、干し野菜、米を買い込む。

 それから帰宅。市街地を出る前に、西に向かう兵士の一団を追い越した。多分バーツオが手配した追っ手だ。

 門から出る手続きをする人の行列。順番を待つのはジリジリする。後ろから来る追っ手に追い付かれる前に出たい。

 順番になって、手続きをして、門を出る。振り返ってみたら、追っ手が門に迫っていた。

 急ごう。全速力。先に純三さんには出て行くことを伝えておきたいから、純三さんの家が先。

『純三さん! いらっしゃいますか!?』

『おう』

 返事を待たずに戸を開けたけど、純三さんは居てくれた。

『あたしはこの町を出て行かなきゃならなくなりました。お世話になりました!』

『おい!』

 言うだけ言って踵を返したあたしを呼び止める声がした。だけど本当に話している場合じゃない。

 自宅に駆け込んで、食料、調味料、鍋、食器、着替え、シーツを荷造りする。醤油と味噌はフリーズドライで粉末にしたものを念のために作っておいた。その他は防寒着も含めて諦める。

 この世界に来て直ぐの頃は、この防寒着を買うために必死だったんだけどね……。

 迷宮の未踏の階層の探索に必要な日数が判らないから、食料を中心にするしかない。重量的に問題が無くても、体積の問題で背負子に載せ切れないんだ。

 必要な荷物は全部背負子に乗せ終わった。だけどもう家の前が騒々しくなっている。

 追っ手がもう来ちゃったかな……。

 表に出たら、案の定だった。野次馬も集まっている。その中には純三さんも居た。

『詳しく話す暇が無いのでこれだけ! 行政官に目を付けられてしまいました!』

 純三さんの方は向かずに日本語で叫んだ。純三さんにだけ理由が伝わればいい。リアルドさんや他の人には、純三さんが必要に応じて話してくれると思う。

 横目でチラッと見た純三さんの目は、大きく見開かれていた。

 追っ手の兵士達があたしの声に身構えたけど、何も起きないからか、少しだけ緊張を和らげてあたしを囲む。

「油上チカ、お前を逮捕する。温和しく従えばよし、従わぬならこの場で処刑する」

 兵士の台詞に野次馬がどよめく。

 当然、そんな指示に従わない。足下の地面を拘束魔法で保護して、地面を蹴る。

「うおっ!」

「何っ!」

「高っ!」

 野次馬が口々に叫んだ。宙を舞うあたしに驚いている。

 あたしは軽く跳ぶだけで10メートルの高さと、30メートルの距離が出る。野次馬の後ろに着地するのも簡単だ。

 追っ手が野次馬を掻き分けようとするのを尻目に、あたしは迷宮に向かって走る。


 ルーメンミに到着して直ぐに地図を買いに行く。

 だけど買えなかった。もうバーツオの手が回っていたみたい。

 まあ、こうなることを見越して紙を用意してたんだけどね! 一階から地図を書かなきゃならなくなるのばかりは気が重い。

 この分だと迷宮の入り口でも止められそう。まあ、その時はその時で強行突破するのみさ。

「代理人さんじゃない。どうしたの? こんなところで」

 迷宮に向かって歩いていたら声を掛けられた。あたしを代理人と呼ぶ女性は1人しかいない。

「こんにちは、ミクーナさん。今から迷宮に入ろうと思いまして」

「え? 今から? もう直ぐ夜よ? それより貴女、商売人じゃないの!?」

「それは都合としか。あまり悠長にしてられないので、これで」

 あたしが話を切り上げて歩き出したら、ミクーナさんが訝しげに眉根を寄せながら後に付いて来る。

「何か有ったの?」

「迷宮に入った後なら説明しても構いませんけど、今は急ぐので勘弁してください」

 ミクーナさんがレクバさんを見て、レクバさんが頷いた。

「いいわ。迷宮の中で聞かせて貰うわ」


「そっちのチカと言う女はは立ち入り禁止だ。ここで温和しくしていて貰う」

 やっぱり迷宮の番人にも手が回っていた。

 その番人の言葉に反応したのはミクーナさんだ。

「どう言うこと?」

「俺は知らん。その女を見掛けたら捕縛するよう命令を受けただけだ」

「誰がそんな命令を?」

「それは言えん」

 職務に忠実なのはいいことだけど、邪魔だな……。

「退いて貰えますか? 退かないなら力尽くになりますけど?」

「あっはっはっは! お前がか? やれるものならやってみろ」

 番人はあたしの見た目だけで判断しているみたい。

「手加減してあげられる気分じゃないんだけど」

「ほざけ、こっちはお前を殺しても構わないと命令されている。命が惜しかったら温和しく投降することだ」

 番人が剣を抜いて突き付けて来る。

 番人の言葉に反応したのは、またミクーナさんだった。

「殺してもいいって、何よそれ!?」

「大方、重犯罪人なんだろうよ。お前達こそ、どうしてこんな女と一緒に居る?」

「貴方には関係ないわね」

「ぬかせ! この女の仲間ならお前達も同罪だ。お前達も命が惜しかったら温和しくしいろ」

「え!? 貴方、私達に勝てるつもりでいるの!?」

 ミクーナさんがびっくりしたように目を見開いた。

 あたしも驚いたよ。どうみたって、目の前の兵士はミクーナさん達の誰一人に対しても勝てそうにない。

 だけど番人にも自覚は有ったらしい。今のミクーナさんの一言で挙動不審に目を彷徨わせ始めた。

「そ、それは……」

 何か言おうとしているけど、剣を持つ手も震え始めた。どうやら調子に乗って口を滑らせただけだったみたい。

 だけど早くしてくれないかな? いつまでも相手なんてしてられない。

「どうでもいいけど、そのまま動かないで」

 あたしは門番をこっそり拘束魔法で拘束する。

「何を……、な! 動けねぇ! 何をした!?」

「〃「は?」〃」

 突然の門番の叫びにミクーナさん達が呆けた声を出した。

「行きますよ」

 あたしはミクーナさん達に声を掛けて、門番の横を通り過ぎる。

「ちょ、ちょっとぉ!」

 ミクーナさん達もあたふたと付いて来た。

「今のは代理人さんの仕業なのか?」

「さあ?」

 フォリントスさんからの質問にははぐらかすように答える。ぼやぼやしてられないからね。

 そしてあたしは迷宮に入った。


「……と言う訳で、ここに来たんです」

 ひとまず落ち着いたところで、あたしは事の次第をミクーナさん達に話した。今は迷宮の隠し部屋の1つで休憩している。ここはミクーナさん達しか知らないものだったらしい。

 最初は地図も描かなきゃいけないと思って、迷宮を歩きながら話そうとしたのだけど、落ち着かないからって言うミクーナさんに案内されて来た。彼女が持っている地図を描き写させてくれるって言うから、断る理由も無かった。あたしは今も話しながら書き写している。

 隠し部屋の外では兵士があたしを捜して彷徨いているけど、今はまだルーメンミ駐在の兵士が数人居るだけみたい。ファラドナからの追っ手が到着しなくちゃ、本格的な捜索は始まらないんじゃないかな。

「俄には信じにくい話だけど、ランク3のギルドカードを持っているのでは信じるしか無さそうね」

「どう見ても本物だ」

 フォリントスさんが、あたしの名前の入ったギルドカードを矯めつ眇めつ見て言った。

「いいわ。貴女を信じるわ。それで、私達も一緒に行っていいかしら?」

「危険だと思いますよ?」

「だったら尚更貴女独りにしておけないじゃない」

 あたしの見た目の印象で心配してくれてるみたいだけど、あたしの方が心配になる。

「えーと、独りはともかく、皆さんの生活の糧を奪おうとしているあたしに付いて来ると?」

「生活の糧って、それがどう関係するの?」

「迷宮を攻略したら、迷宮の魔物が消えてしまうそうだから……」

「そう言えば、そんな話も有ったわね。でもいいわ。その時には、貴女が居たって言うクーロンスにでも行ってみるわよ。雪も見てみたいしね」

 レクバさんが小さく「そうするか」と呟いた。

「それに、どうせ貴女は迷宮を攻略するつもりなんでしょう? 結果が同じなら見届けたいじゃない?」

 他の3人も頷いた。

「そうまで仰るならご一緒しましょう」


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