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05 冬は近付くけど

「今日は、薬草採取は無しね」

 夜はもう明けてるけれど、あたしは眠い。完全に寝不足だ。起きようとしても眠い目を擦らずにいられない。薬草採取に行ったら、休む暇も無くなって、酒場の仕事に差し障るわよね……。仕方ないからどこか適当な場所で仮眠して1日を過ごそう。

 そうは思ったけど、ちょっと気になる。いや、随分と気になる。昨夜、少し汗をかいてしまったから、余計に気になる。

 お風呂に入りたい。着替えたい。

 そうなんだよ。着た切り雀なんだよ。もう5日目だよ。気にならない訳がないんだよ。

 拘束魔法は柔軟性を損なわないようにもできるから、セーターや綿パンも拘束魔法で保護して擦り切れ防止はしているのだけど、汚れるものはどうにもならない。

 ただ、酒場のお客がみんな結構臭かったりするせいか、今のところは誰にも気にされていないっぽい。だけど、そろそろ洗濯をしなければあたしが我慢できない。臭い女なんて願い下げだ。

 取りあえず、おかみさんに聞くところから始めよう。

「おかみさん、お風呂と、洗濯できる場所って有りませんか?」

「風呂? そんなものはないよ。洗濯は共同の洗濯場だね」

「では、普段は身体(からだ)の汚れはどうやって落としてるんですか?」

「水に濡らした布で拭くくらいかね」

 ノーッ! せめて、シャワーを!

 とか、叫んでも多分無駄だ。がっくりと肩から力が抜けた。

 仕方がないからお風呂は諦めて、まずは洗濯をしよう。

 はて? 洗濯場は共同? 下着は1着分だけずだ袋に入れていたのが有るからどうにかなるけど、セーターや綿パンの予備なんて無いぞ。人目に付く場所で下着姿になりたくはない。頭を抱えて天を仰ぐばかりだ。

「何、悶えてんだい? 変な娘だね」

 おかみさんの呆れた声が聞こえる。

 だけど、あたしはちょっとばかり涙目なんだよ。

「着替えが無いから、洗濯しようにもできないんです」

「ん? 若いんだから、裸くらい見せ付けてやればいいじゃないか」

「そんな、痴女みたいなことはできません!」

「あっはっは、そりゃまあ、そうだね」

「もう、からかわないでください! こうなったら、どこか人目に付かない川で洗濯を!」

「あ、それこそ駄目だ」

 あっさり、却下された!

「どうしてです?」

「川で洗濯なんてしたら凄い罰金を取られちまうよ」

「ええ!?」

 妙に環境保護意識が高い世界だった!

「排水って、結局川に流れるんじゃないんですか?」

「そうだけど、町から川に流れ込む前にスライムが排水を綺麗にするんだよ」

「は?」

 ファンタジーの定番のスライムは、干潟の代わりなのかも。

 そこで、おかみさんが急に肩を振るわせ始めた。

「あっはっは、あんたほんとに顔に出るね。ギルドにはスライムの間引きの依頼も有るから、今度見てみればいいよ」

 ええ!? 顔!? そんな笑うような顔になってたの!? 全く知らなかったよ!

 若干傷ついたよ。

「しょうがないね。あたしの服を貸してやるよ」

 おかみさんは腰に手を当てて、やれやれと言った風情で首を傾げた。

 だけど、あたしには救いの女神みたいなものだ。

「ほんとですか!? お願いします!」

「だけど、料金は取るからね」

「ええ!?」

 女神じゃなかった!

 それに服のレンタル料は1日1000円だって。なんだか高い。それなら買った方が安いんじゃないかな? だから一旦レンタルを断って、服屋の場所を聞く。


 勢い込んで服を買いに服屋に来てみたものの、衣類は異様に高かった。

 縫い目が(ほつ)れた古着で3万円ってどう言うこと!? 手持ちのお金じゃ全然足りないよ!

 やっぱりおかみさんに借りなきゃだ。

 そしてまた当分は洗濯する時だけおかみさんに服を借りることになりそうだ。


 そして気付けばもう転移してから1週間。週が7日なのは元の世界と同じだ。少し違うのは週が月曜に始まって日曜に終わる感じってところかな。

 それはさておき、毎日の酒場のウェイトレスに加えて薬草採取を何回かこなしたので、あたしのギルドランクは8に上がった。

 酒場の仕事が忙しいのは相変わらずだけど、体力もチートなあたしにとっては耐えられる範囲だ。別にチートでなくても耐えられるだろうけど、その場合だと薬草採取をできそうにない。

 そして、酒場に従業員が居着かない理由も判った。ランク8だと他にもっと割の良い店や工房の依頼が有って、みんなそっちに流れているだけだ。条件が良かったり、手に職を付けることができたりするなら、そっちを選ぶのは道理と言うもの。

 誰だ!? 酔っ払いにお触りされるからだとか言ったのは!?

 いや、まあ、実際にそれも有るみたいだけど。

 それと、強面のおじ様がいつも暇そうにしている理由も何となく判った。

 彼はこっちがとっくに覚えている単語も含めて、毎回全部読み聞かせてくれる。字を全く覚えていない時は大変有り難かったけど、多少なりとも憶えた後は少し苦痛だ。憶えているから省略してくれってのが通用しない。頑固すぎるんだよ!

 多分、誰しもがある程度文字を憶えてからは自習するなりしておじ様の窓口に行かずに済むようにしているのだ。言うまでもないけど、あたしもそうした。


 冒険者のランクは8に上がっけど、あたしは今も酒場のウェイトレスと薬草採取の日々。自分の店を持とうって考えているのだから、変にしがらみになりそうな工房には勤めたくない。そうは言っても、今のままだと店を持てるのはいつになるか判ったものじゃない。

 おかみさんに費用を聞いてみたところ、市民権を得るのに1000万円が必要で、店舗なりの購入費用も工面しなければいけない。調べてみると、安い店舗でも買おうと思えば1500万円ほどは掛かる。今の収入じゃ絶望的だ。

 絶望的でも、僅かなりともお金を貯めていかなければ望みすら失ってしまう。だからあたしは、今日も薬草採取とウェイトレスに明け暮れるのだ。

 スライムの間引きの依頼も一度受けてみたけど、全滅させたりしたら粛正対象になってしまうし、何より気持ち悪かった。1回切りでもうお腹一杯だ。依頼自体は簡単だったけど。

 排水路にはびっしりスライムが住み着いて、とにかく数が多い。放っておけば、排水路からスライムが溢れ出てしまうらしい。だから定期的に間引きしなけりゃならないって訳。スライムが攻撃してくることも無いので、適当に掬って回るだけのお仕事だった。

 だけどそのスライムがかなり気持ち悪いんだよ! 簡単でも、精神的ダメージが大きすぎたんだ。

 過去にはこれを全滅させた冒険者が居たと言うから驚きだ。数からして、全滅させるなんてできるようには思えないのだけど、やっぱりチート持ちだったのかな? 薬草の話と通じるから同じ冒険者だったのかも。


 転移から3週間を過ぎた。あたしの毎日は代わり映えしない。

 朝、酒場の仮眠所で目を覚まし、洗濯所で洗濯し、それから冒険者ギルドに行ってウェイトレスの分の報告をし、再度ウェイトレスの依頼を受け、市場で物価を確認したり文字を覚えたりナイフの素振(すぶ)りをしながら酒場の営業時間まで時間を潰し、ウェイトレスをやって1日を終える。これはウェイトレスだけの日の場合。

 薬草採取もする日は、酒場の仮眠所で目を覚まし、冒険者ギルドに行ってウェイトレスの分の報告をし、薬草採取の依頼を受け、合間にナイフの素振りをしながら薬草採取をしてギルドに報告し、再度ウェイトレスの依頼を受け、適当に酒場の営業時間まで時間を潰したら、ウェイトレスをやって1日を終える。

 こんな調子だからお金なんて殆ど貯まらない。魔物の討伐の依頼を受ければもっと収入は上がるんかな? でも、なんだか博打のようで気が進まない。

 だけど、お金はどうにかしないといけない。切実な問題として朝晩が冷えてきて辛い。防寒着を買わないといけないのにお金が足りないんだよ! 30万円もするよ! だけど貯まったのは7万円だ。毎日の食費も掛かるんだから、これでも溜まった方なんだよ! このままじゃ、凍死する未来しか見えない。お陰で毎日溜め息ばかりなんだよ。

 ナイフの素振りは一応やってる。あんまり身が入らないけど、折角おかみさんが教えてくれたんだし、何にもしないよりはマシなのかなって。尤も、身が入らないまま中途半端にしてたら却って良くなかったりするのかな? そこはよく判らない。

 おかみさんには着火魔法と飲み水魔法を教えて貰った。この魔法は薬草採取の途中で喉が渇いた時に便利。

 だけど、しっかり指導料として1万円請求されちゃったよ!

 おかみさんに言わせると、これで貸し借り無しにしておけば後腐れがないから、なんだって。酒場に勤めたらタダで魔法を教えて貰えるなんて話になっても困るらしい。


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