55 常連
営業時間を早めて3日目の土曜日は、10時までに合計200個くらい売れた。昨日は合計で140個くらいだったので順調に伸びている。特に伸びているのがチーカマ。今日売れたのも半分はチーカマだった。
この後の時間は昨日も一昨日も全く売れなかった。きっと今日も同じだと思う。だけど、いくらかでも売れた後だから落ち込まずに済む。ただただお客さんを待ち続ける時間になるんだとしても、売り上げが有った分だけ気楽なものなのだ。
「もう営業しているの?」
「はい」
問い掛ける声の方を見たら、ミクーナさんだった。
「店を開くのはお昼近くからじゃなかった?」
「それだと、ご覧の通りに人通りが無いから全く売れなくて……。だから人通りの有る朝からにしました」
「そうなのね。乾燥させたものは残っている?」
「はい。乾かしたものは全く売れてないので」
言霊なんて信じちゃいないけど、「売れてない」なんてあまり言わない方が良さそうだ。地味に気分が沈む。少しばかり精神的ダメージが蓄積しているっぽい。
「今は幾つ有るのかしら?」
「ここに有るのは3種類がそれぞれ200個ずつです」
「それなら、全部頂戴」
ミクーナさんは用意していたらしき麻袋を差し出して来た。本気みたい。だけど視線は乾燥していないチーカマに向いている。
「はい、ありがとうございます」
商品を渡して6万円を受け取ったが、あたしには疑問符がいっぱいだ。どうして大人買いをしてくれるのかがさっぱり判らない。
「ミクーナ! 置いて行くとは酷いじゃないか!」
「フォリントスじゃない、早かったわね」
ミクーナさんに話し掛けたのは、バッテンの家の撤去の時に居た魔法使いの男性だ。
「まったく、独り占めしようなんて狡い女だ」
「失礼な。貴方にも分けてあげたじゃない」
「代金を取っておいて、『分けてあげた』もないだろ」
「そうかしら?」
何やら揉めているけど、深刻な話でも無さそうだから、あたしはぼんやり眺めるだけ。
そんなあたしに気付いたのか、フォリントスさんがこっちに振り向いた。
「ん? どこかで会ったことがある?」
彼はあたしを忘れてしまっているらしい。
「ほら、この間の代理人さんよ」
「代理人? あ、あの時の!」
「ここで店を開いているんですって」
「そうなのか。ん?」
フォリントスさんが薩摩揚げの見本をじっと見た。
「これか!」
「バレちゃ、仕方がないわね」
フフン、って感じでミクーナさんはどや顔をした。
「代理人さん?」
「はい?」
「この乾燥している方で100ゴールドって本当なのか?」
「はい」
「ミクーナ、お前……」
フォリントスがミクーナさんを睨んだ。しかし、ミクーナさんは素知らぬふりをする
「酷いぼったくり女だ」
「まっ! 失礼な。貴方は喜んで買ってたじゃない」
「ぐぬぬ……」
フォリントスさんは悔しそうに唸ると、こちらを振り向いた。
「代理人さん、こっちの乾燥しているのはまだ有るのか?」
「えと、今日ここに持って来た分は、全部彼女にお買い上げ頂きました」
あたしがミクーナさんを指し示したら、ミクーナさんはフォリントスさんを挑発するように持っている麻袋を叩いた。
「お前と言う女は……」
フォリントスさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あ、あの! 乾燥させたものが宜しければ、明日また持って来ますので!」
「有るのか!?」
「はい。在庫はそれぞれ1000個以上有ります。必要な数を仰っていただければ持ってきます。お急ぎなら今日の閉店後に下町まで来て頂ければ……、と」
あたしがそう答えたら、今度はフォリントスさんがミクーナさんの方を見てニヤニヤ笑い、ミクーナさんは目を見開いた。
「何よ? その数」
「ここ1週間余りの分が殆どそのまま在庫になったもので……」
「そう言えば、売れ残りだとか言ってたわね」
「はい」
自分で言ったことなんだけど、情けなくなる。
「だけど、困るわね。私の買う分が無くなるほど売れて貰っても困るけど、売れなくて店を閉められたらもっと困るわ」
ミクーナさんがそんなことを呟いた。
「フォリントス、貴方、代理人さんの売り上げに貢献しなさい」
「何だよ、それは?」
「ほら、早く」
「ちっ、まあ、いいけどさ」
フォリントスさんは渋々と言った感じで同意した。
「それじゃ代理人さん、乾いてないのを10個ずつ貰おう」
「はい、ありがとうございます」
もぐっ。
フォリントスさんは味見とばかりに、渡した薩摩揚げを直ぐに囓った。1つ食べ終わったらまた1つ。手が止まる様子が無い。
「貴方、ここで全部食べるつもりなの?」
「いや、そんなつもりは無かったんだが、普通に美味い」
「何よ、それ」
何故か恨めしそうに、ミクーナさんはフォリントスさんを睨んだ。
「これは手が止まらん。特にこのチーカマだっけか? 全く飽きる気がしない」
フォリントスさんの食べる速さがどんどん速くなっている気がする。
「代理人さん。チーカマを後10個、いや、30個くれ」
「はい、ありがとうございます」
そしてまた、フォリントスさんは食べ始めた。
「あー、もう! 人が我慢している前でパクパクパクパク! 代理人さん、私にもチーカマを30個よ!」
「あ、はい!」
チーカマが大人気だ。チーカマの生産量を増やした方が良いのかな? 油で揚げないチーカマなら、今の倍までなら作れる。薩摩揚げを揚げるのと平行して焼くから、少し増産の余地が残っているんだ。
「前も思ったけど、このチーカマばかりは生がいいわね」
ミクーナさんがチーカマを食べながら、そんな風に言った。
「焼いているのに生って言うのか?」
「いいんじゃない? 乾燥してないんだから」
「それもそうだ」
「それにしても、この身体中を駆け巡る感じが堪らないわ」
「何? 感じちゃってるのか?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
なんだかんだ言いながら2人は食べ続けた。
「ミクーナ、フォリントス、お前達はこんな所で何をやってるんだ?」
レクバさんだ。
「見れば判るでしょ」
「そりゃ、何かを食ってるのは判るけどよ」
「だったら、それでいいじゃない」
「処置無しだな」
レクバさんは肩を竦めた。
それから程なくして、ミクーナさんとフォリントスさんはチーカマを食べ終わった。
「ふぅ。やっちゃった感が有るわね」
ミクーナさんはお腹をさすっている。きっと食べ過ぎだよね……。
「俺も少し食い過ぎた」
「だけど、何だか無性に魔法を使いたい気分だわ」
「奇遇だな。俺もだ」
「ふふふふふ」
「はっはっはっは」
あ、あれ? 2人がおかしなテンションになってる。
「お前達、なんか変だぞ?」
「失礼な。私達は至って普通よ」
フン、と鼻息を荒くして、胸を突き出すように身体を反らすミクーナさん。さっきまでのクールさは何処へ行った?
「まあ、いいけどよ」
いいんだ!?
変だと言いながら、レクバさんは特に気にしていない様子。そして、今し方あたしの店で買った白身魚の薩摩揚げを口に入れる。
「結構、いけるな」
次に、鰯の薩摩揚げを口に入れる。
「生姜が利いていて美味い」
そして、最後にチーカマを口に運ぶ。
「「あーっ!」」
レクバさんの様子を見ていたミクーナさんとフォリントスさんが声を上げた。
「何だ!?」
「何でもないわ」
「ああ、何でもない」
「変な奴らだな」
そして、レクバさんは途中で止めた手を動かす。
「「あーっ!」」
もしゃもしゃもしゃ。
今度こそ2人が叫ぶのを無視してレクバさんはチーカマを食べた。
「「あぁぁぁ……」」
何故か絶望的な声を出す2人。
「普通だな」
「なっ! チーカマの良さが判らないなんて、これだから脳筋は!」
「まったくだ」
「何なんだ? さっきからお前達は?」
「お前達は、何を喧嘩してるんだ?」
割って入ったのは、4人組の残る1人だった。
「ドラムゴ、何処かに行ってたの?」
問い掛けた筈なのに何故か問い返されたドラムゴさんは、何やら抱えていた。
「ああ、そこら辺の屋台を回ってた。この辺りの屋台はかなり安いのな。それに、何軒か回れば必要な食料が揃うのには驚いた。まるで示し合わせたみたいだ」
そうなの? 不思議なことも有るものだよね……。
何となく近く屋台を見回してみたら、パン屋さんが冒険者4人の方を見ながら悪い顔になっていた。してやったりって感じだ。
ドウヤラ、ケイカクテキダッタヨウダ。あ、片言になっちゃった。
「代理人さん、店は何時に閉めるのかい?」
「午後5時頃です」
「それじゃ、6時頃に下町に行こう。何処で待てばいい?」
「前に依頼を受注して頂いた時の、宿屋の食堂がいいかと」
「判った」
待ち合わせの場所と時間を決めたところで、フォリントスさん達は帰って行った。




