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53 溜まる在庫

 開店2日目は、店を開ける前に他の屋台を回ってみる。

 有った! バナナの葉っぱが有ったよ!

 幅30センチメートル、長さ1メートル程の葉っぱが、10枚の束売りで1束300円。なんとそれは、あたしの屋台から見えるバナナ屋さんの屋台だ。葉っぱは店の奥に積んでいて、遠目に判らないだけだった。

 ふぅ……。あまり遠くまでうろうろせずに済んで良かったぁ。

 このバナナの葉っぱを適当な大きさに切って使えばいい。洗う時に人目に付かないように注意しなきゃだけど。

 そして今日は商品の種類が倍増している。まあ、昨日の売れ残りをフリーズドライにしているだけなんだけどね。だけど1個100円と、値段を倍にした。あたしってば、なんて阿漕。

 フリーズドライにしているのは、3種類それぞれが150個。残りはあたしの昨日の夕食と今日の朝食になった。

 そのせいか、なんとなく暫く薩摩揚げを食べなくてもいい感じ。大誤算だ。今度から一度にはあまり食べないようにしよう。


「これは乾燥しているの?」

「いらっしゃいませ。はい、それは乾燥させた薩摩揚げとチーカマです」

 昨日の魔法使いさんが乾燥薩摩揚げを真剣に検分している。

「昨日は無かったようだけど?」

「実は、昨日の売れ残りを乾燥させたものです」

「それなのに、値段は倍の100ゴールドなのね」

「はい」

「ちゃっかりしてるわ」

「あはは……」

「だけど、その分手間も掛かっているのも事実よね。取りあえずその乾燥したのを1つずつ頂戴」

「ありがとうございます」

 ガリッ。ガリガリガリ。

 魔法使いさんは直ぐに乾燥薩摩揚げを囓った。

「もっと硬いと思っていたのだけど、普通にかみ砕けるわ」

「はい。お湯で戻すのも簡単ですよ」

「そうなの? 一体どうやって乾燥させたのかしら?」

「それは、企業秘密です」

 口に人差し指を当てて言うと、軽く肩を竦められた。

「それもそうね」

 魔法使いさんは目を瞑って何か考え込むような仕草をした。

 数秒間そうした後で、魔法使いさんは目を開けた。

「この、乾燥しているものは、後幾つ有るのかしら?」

「ここに有る在庫は、149個ずつになります」

「そう。それなら全部頂戴」

「全部ですか?」

 少々想定外。

「そうよ? 駄目かしら?」

「いえ、駄目じゃないんですが、まとめてお渡しできる袋が無いものですから……」

「そう。なら、ちょっと待ってて」

「はい」


 魔法使いさんは何処かに行って、麻袋を持って戻って来た。買って来たらしい。

「これでいいかしら?」

「はい、勿論です」

 あたしは袋と代金を受け取ると、乾燥薩摩揚げと乾燥チーカマを袋に全部詰めて手渡す。

「ミクーナ! 捜したぞ!」

 魔法使いさんが声に反応して振り向いた。

「どうかしたの? レクバ」

「待ち合わせに来ないからに決まってるだろ」

「もうそんな時間だった?」

「『もう』じゃねぇよ。みんな待ってるぞ?」

「それは悪いことをしたわね。移動には魔法を使ってあげるから、それでチャラにして頂戴」

 レクバと呼ばれた戦士風の人は眉根を寄せた。彼はバッテンの家の撤去の時にリーダーをしていた人だ。

「いつもは頼んでも嫌がる癖に、気持ち悪いな」

「使わなくていいのならそれでもいいわよ?」

「いや、そこは使ってくれ」

「素直で宜しい」

「ん? もしかしてご機嫌なのか?」

「あら? よく判ったわね」

 彼女はご機嫌だったんだ……。不愉快そうな顔をしている時以外はずっと無表情に見えるから、全然判らなかった。

「そりゃ、いつも『魔力の無駄遣いだ』って言ってるお前が、素直に魔法を使うって言うんだからな。雪でも降らなきゃいいんだが」

「ま、失礼な。だけど、雪って何よ?」

「雪を知らないのか? 白くて、冷たくて、ふわふわしていたり……。説明しようと思うと難しいな」

「さっぱり判らないわね」

「この町に住んでたら雪なんて見ないからなぁ」

 レクバさんは説明を捻り出そうと首を捻っているけど、捻り出せそうにないらしい。あたしにも無理だ。知らない人に説明するのは難しいよね。

「今度、メプサカスにでも見に行くか」

「それは楽しみね」

「素直すぎて不気味だな」

「貴方、ほんとに失礼ね」

「それはともかく、急ごうぜ」

「ええ」

 話は纏まったようだ。

 きっと、あたしはミクーナさんのご機嫌のお裾分けを頂いたんだな。だけど、大人買いを想定していなかったのは問題だ。やっぱり紙袋は調達しておかなくちゃ。


 2日目の今日、お客さんはミクーナさん切りだった。


  ◆


 開店3日目、今日は開店前に紙を20枚買って来た。暇な時を見計らって袋を作るつもり。

 大人買いの人には、袋じゃないと間に合わない。だから、紙2枚を貼り合わせた大きな袋だけを用意する。そして今回は、大人買いの場合にだけ、無料で袋を付ける。

 糊にはご飯粒を擂り潰して練ったものを使う。口に入っても安心だし、接着力も悪くない。

 2枚を重ね合わせて、長辺と短辺それぞれの片側を1センチメートルずつ折る。その紙の1枚をひっくり返して裏返せば、紙が無駄に重なるのを隅の1センチ角に抑えることができるって寸法。

 この作業は当然のように開店直後から始めた。お客さんが居ないからね……。

 紙を一通り折ったら、ご飯粒を練る作業。これは念入りに練らないといけない。滑らかじゃないと、紙を貼った時の出来上がりが悪くなってしまうから。

 黙々と練っていたら、無の境地に至れそうになって来た。お客さんが来ても気付かない、なんてことにはならないけどね。

 糊を十分に練ったら、手早く紙に塗って貼り合わせる。ぐずぐずしていたら糊が乾いてしまうから。紙が皺皺にならないように水気をできるだけ少なくしているので、悠長にはしていられない。

 そんな訳で、殆どの時間を糊を練るのに費やした袋作りだった。

 良いのか悪いのか、袋作りが中断されることも無かった。


 そして今日は結局、1日中袋作りをしていても大丈夫な日だった。


  ◆


 開店4日目、空は青い。

 真剣に営業時間を考えないと、お客さんがさっぱりだ。乾燥薩摩揚げと乾燥チーカマの在庫ばかりが増えるようじゃ、クーロンスの時の二の舞だもの。お隣のパン屋さんの言う通りにもっと朝早くから営業しなくちゃ。

 しかしそれには、もっと早くから、あるいはもっと速く調理をしないといけない。つまり、朝早くから揚げるか、一度に大量に揚げるかのどちらかが必要。

 人参と玉葱とチーズの下拵えを仕入の前にこなして、朝6時に魚を仕入れたとして、下処理サービスで捌いて貰うのに1時間、自宅に戻って擂り身を作って、薩摩揚げとチーカマの成型するのに1時間、そこから揚げたり焼いたりを30分程度で済ませられれば、9時前に開店できる。

 しかし、薩摩揚げは低めの温度でじっくり揚げなければいけないので、1回揚げるのに3、4分は必要。今は一度に10個ずつ揚げているので3時間弱掛かってる。30分で全て揚げるには、一度に100個くらいを揚げないといけない。だけどそんな大きさの鍋も無ければ、その場合の油代も問題だから、大量生産はやっぱり無理だ。

 揚げるのに要する時間から逆算すると、朝の6時前には揚げ始めなければいけない。そうすると、前日に仕入れた魚を使うことになる。それならいっそ、前の日に作って冷蔵した方が早い。

 平たく言ったら、前の日の魚を使って大丈夫かどうかかな? 特に鰯が不安だ。

 冷凍するしかないかな……。

 クーロンスでは最初こそ冷凍していたけど、自然に冷凍される気温じゃなくなった頃から氷漬けにしていた。やっぱり冷凍じゃ、味が落ちていたもの。だけどあの時は皮付きのままの魚だったから氷漬けで良かったけど、フィレをそうするのはどうかと思う。

 氷漬けじゃなく、冷蔵庫のようにするのがいいのだけど、魔法だけだと調節が難しい。冷やせばいい冷凍と比べたら、感覚が掴みにくいんだ。それに気温の影響も受けるから、1時間、2時間なら大丈夫でも、1日中だと冷えてなかったり冷えすぎたりになりそう。

 チーズや野菜なら、涼しければ大丈夫なんだけどね。


 そして、そんな考えに耽ることができるほどに今日は暇だった。


  ◆


 開店5日目は、魚を少し多めに仕入れて、一部を氷漬けにしてみることにした。

 朝、籠に氷を入れて魚のフィレを並べて、更に上から氷を乗せておく。籠を使うのは、氷が溶けた水に魚のフィレが浸かってしまわないようにするため。

 結果は、予想通りに氷焼けして水っぽくなっていた。氷焼けについては冷凍のようなものだから我慢もできる。だけど、水っぽくなるのはいただけない。擂り身がゆるゆるになって、薩摩揚げの見た目も悪くなってしまう。

 これは、本格的な氷室を作るかどうかしなくちゃだ。だけど、氷室をどこに作ればいいのかな? 大きくもなるし、何より氷が溶けた水をどうするか……。


 そして今日も、乾燥薩摩揚げと乾燥チーカマの在庫が合計600個増えた。


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