52 開店したけど
雨上がりの快晴、開店日和。
薩摩揚げ2種類とチーカマをそれぞれ200個ずつ用意した。それぞれ半分に切ったものを、切り口がお客さんに見えやすいように盛りつけて見本にする。
商品と釣り銭を指差し確認したら、正午前には開店だ。
「よう、あんた。今からなのかい?」
「あ、はい」
お隣の屋台の店主に話し掛けられた。
屋台に仕切りは有るけど、あたしの肩くらいまでの高さしかない。140センチくらいかな? だから上から覗いたら、隣の店舗の中も丸見えだ。
「屋台は有るのにいつまでも店を開かないから、何をしているのかと思ったよ」
「ちょっと準備に手間取りまして」
「ふーん。いつもこんな時間から開けるのかい?」
「そのつもりです」
「遅すぎじゃないか? 一番売り上げがいいのはもっと早い時間だぞ?」
「え!?」
衝撃の事実に、一瞬思考停止してしまった。
「知らなかったのか? 魚を買うには朝早くじゃなけりゃいいのが無いからな。その帰りに寄る客が多いんで、9時前が一番売り上げが良いんだ」
「そうだったんですか……。だけど、あたしはその魚を材料にしたものを売るので、調理の時間を考えたら、これ以上は早くできそうにないです」
「そうなのか? 確かに魚だと鮮度が大切だろうな……」
「はい……」
そこまででお隣さんとの会話は止まった。お客さんが来たお隣さんが「いらっしゃーい」と接客に行ったから。
お隣さんはパン屋さん。毎日の食卓に上がるだろう柔らかそうなパンも有れば、保存重視っぽい見るからにカッチカチなパンも売っている。店頭がスッカスカに見えるのは、話からすれば売れてしまった後なんだろうな。
因みにあたしのお隣さんは、通りに向かって右側のこのパン屋さんだけ。反対側は空きスペースになっている。それも屋台エリアの端まで。あたしの屋台はほんとに端っこなんだ。
最初にこの場所を見た時から覚悟はしていたんだけどね……。
開店から1時間経ってもお客さんが全く来ない。市場の端っこだからなのか、屋台の前を通る人が殆ど居ない。
だけど表の通りの人通りはそんなに少なくない。単に屋台の方に入って来ないだけだ。パン屋さんが一仕事終えたようにしているところを見たら、いつもこんな感じっぽい。
参ったなぁ。もしかしたらクーロンスの時も時間を間違っててさっぱりお客さんが来なかったのかも……。もしも朝早くから開いていたら? 野菜なら前日に買っても大きな違いにならないし……。
まあ、過去をやり直すなんて無理だから、検証なんてできないんだけど。
それに重要なのはこれからのことだ。時間帯のことは考えておくとして、クーロンスでは利益が出せるようになっていたんだから、ここは焦らずに行こう。
「ねぇちゃん、こんな所に居たのか」
「あ、いらっしゃいませ」
リアルドさんだった。
そのリアルドさんが見本を凝視する。
「これが、ねぇちゃんの商品か」
「はい、薩摩揚げが二種類とチーカマです。どれも材料は魚ですよ」
「何でこれは黒いんだ?」
「それは、材料にしているのが鰯だからです」
「鰯って、あの安っぽい?」
「はい」
「1つ50ゴールドなら試してもいいか。判った。2つずつくれ」
「ありがとうございます」
包み紙の代わりには、また大豆粉のクレープを使っている。紙はやっぱり高いんだ。
この世界の物作りは殆どが手作業みたいなんだよね。糸車や織機のような機械は有っても、全て人力で動かすものばかり。だから生産性が悪い。紙も全て手漉きらしい。
だからクレープを焼くのは仕方がないとは思う。だけどはっきり言って負担にしかなってない。クレープを焼く時間が有ったら、もっとチーカマを焼けるんだし、休憩したっていいんだから。
他に包み紙の代わりになるものは無いのかな……。
周りを見回したら、少し離れた屋台でバナナを売っているのが見えた。
バナナ?
何か引っ掛かった。
「いらっしゃいませーっ! 薩摩揚げにチーカマでーすっ!」
人が通る度に呼び込みを掛けてみるけど、調子は芳しくない。一瞥して通り過ぎる人はまだ良い方だ。殆ど見向きもされていない。
何となく、他の屋台の呼び込みの声にあたしの声がかき消されている気がしないでもない。
この市場では楽器や物を鳴らすのは禁止されているけど、呼び込みは自由にできる。
だから地声の大きい人が有利。それに負けじと声を張り上げてみたけど、直ぐに喉が痛くなったから止めた。ハスキーな声にはなりたくはない。市場はハスキーな声で溢れているけどね。
そして、周りに圧倒されるばかりで、時間は過ぎて行った。
午後5時を周って、店仕舞いをする屋台も出始めた。街灯が無いから日の光が有る内に片付けてしまう訳だ。あたしの場合は片付けるものが殆ど無いし、魔光石も有るので暗くなっても大丈夫。だから、日が沈むまでは粘ってみるつもり。
「代理人さんじゃない?」
「え?」
魔法使い風の女性が話し掛けて来た。
「代理人さんはこんな所でお店をやっていたのね」
「あ、今日からなんです」
直ぐには誰だったか思い出せなかったけど、「代理人さん」って呼ばれ方で思い出した。バッテンの家を撤去してくれたパーティの紅一点だ。
「そうなの? まあ、これも何かの縁だし、1つずつ貰うわ」
「ありがとうございます」
ぱくっ。
彼女はその場で薩摩揚げを囓った。
「あら、結構美味しいわね」
「ありがとうございます」
美味しいと言って貰えるのが何より嬉しい。
だけど、彼女は薩摩揚げを食べながら怪訝な表情になった。
「あ、これは……」
「あの、どうかなさいましたか?」
「何でもないわ」
そう彼女は言ったけど、残りの薩摩揚げとチーカマを食べた後で眉間に皺を寄せられたら、何か変なものでも混じっていたのかと不安になるじゃないか。
「これって、本当に50ゴールドよね?」
「はい」
「そう。じゃあ、後、20個ずつ頂戴」
「あ、はい。ありがとうございます」
表情とは懸け離れた展開だっただけに、一瞬呆けてしまった。
「代理人さんは、毎日ここで店を出しているの?」
「水曜と日曜を定休にしようと思っています。ただ明日は、今日の明日で休むのも変ですから営業するつもりです」
「何時くらいに店を開けるの?」
「11時過ぎくらいでしょうか」
「そう、憶えておくわ」
彼女はそう言い残した。
その後は日が暮れるまでお客さんは来なかった。
覚悟していてもやっぱり辛い。クーロンスの時よりはマシだったけど。
自宅に帰ったら、買い置きしていたキャベツが目に入った。夕食にするつもりで買っていたものだ。
だけど、今から料理するってのもね……。
今日はもう気力が湧かないから、料理するのは今度にするとして、キャベツは何に使おうか。
ケチャップを作って貰ったら、ロールキャベツにするのもいいな。
牛と豚の合い挽き肉の方がいいけど、豚だけの挽肉でも大丈夫だものね。豚と鶏の合い挽きでもいいかも? 想像してたらちょっとワクワクして来た。
あっ。
ロールキャベツで思い出した。バナナを見て引っ掛かってたのは葉っぱだ。バナナの葉っぱは包み紙代わりにしたり、お皿の代わりにしたりで、使い方色々だった筈。バナナの葉っぱを大量に仕入れられるならクレープを焼かなくても大丈夫になる。今度、探してみよう。




