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50 塩を求めて

 チーズを仕入れた翌日。今日はファラドナの商業ギルドに登録して、屋台のレンタルだ。

 屋台は直ぐに借りられる区画にした。良い場所には空きは無くて、空き待ちの希望者の多さには数を聞いてびっくり。空きが出来たらくじ引きになるらしいのだけど、当たるとは思えない数だった。楽観して当たるのを待つなんてできる筈が無い。

 くじ引きじゃなく行列だったとしても、何年先になるか判ったものじゃないから、やっぱり待てないだろうな。

 そして来た。割り当てられた区画。

 隅っこだった。前途多難だ。

 だけど仕方がない。台車に載せて引っ張って来た屋台を設置する。手伝ってくれたギルド職員にお礼を言って見送ったら掃除。一通り終わったら今日のここでの作業もお終い。


 雑貨屋で桶を買う。クーロンスの家から持ち出すのを諦めたんだよね。ほら、調理道具は嵩張るから。

 あ、明日に備えて麻袋を何枚か買っておかなきゃだった。

 青果市場では大豆、人参、玉葱、生姜を買う。大豆は油を絞るためだ。オリーブオイルや菜種油は安いのだけど、それぞれ少し問題が有ったから。

 オリーブオイルは、安いものだと濁っている。精製が不十分で、果肉なんかが混じっちゃってるんだ。こんな油だったら毎日交換しなきゃならないし、余計な味が付いちゃいそう。果肉が焦げて、変な焦げ臭さも薩摩揚げに付きそうなんだよね。

 まあ、十分に精製されて透き通ったものならそんな心配はいらなそうだけど、残念ながらそれなりにお高い。クーロンスで大豆を絞っていた時より高く付くのはいただけない。

 菜種油は、品種改良前の菜種から絞られた油の大量摂取が身体(からだ)に良くないって聞いたことが有る。お客さんには問題にならなくても、暫く薩摩揚げが主食になりそうなあたしには大問題だ。

 そりゃ、品種改良前の菜種と同じとは限らないんだけど、違う保証も無いから念のためにね。

 それから精肉市場では卵を買った。

 魚市場では試作用の魚を買う。ボラ、シーバス、サメ、そして鰯。

 魚の下処理は、この町にも下処理サービスが有ったから楽ちんだ。そこで身だけのフィレにして貰う。市場から自宅が近いこの町なら、フィレして貰っても大丈夫なのだ。下処理サービスを利用するのは、(ひとえ)にあたしより作業が早いから。


 家に戻って、早速試作。

 使う油は大豆油。大豆の値段がクーロンスの半分以下で絞った方が安上がりだし、使い慣れてるから。

 ボラとシーバスを使った薩摩揚げは、今まで通りに作るだけで今まで通りの味になった。味が変わる方が怖い。いや、生姜を粉末から絞り汁に換えた分だけ味が向上したかも。ただ、生姜は旬を外したらやっぱり粉末を使うことになるので、絞り汁を使えるのは生の生姜が有る間だけだ。

 チーカマは、入れるチーズを変えて3種類作った。2種類のチーズそれぞれのものと、両方を入れたもの。意外にも、似たようなチーズなのに、微妙に味が違った。1つは尖った印象で、もう1つはぼんやりした印象。図ってはいないのだけど、両方を入れるのが一番美味しい。少し手間が増えるけど、2種類を入れようじゃないか。

 最後に鰯の薩摩揚。材料は鰯、玉葱、生姜の絞り汁、塩、卵。

 鰯と玉葱を一緒に擂り潰して、塩と生姜の絞り汁を混ぜて練る。粘り気が出始めたら練るのを止めて、繋ぎの卵を入れてよく混ぜる。それを成型して揚げれば出来上がり。玉葱を一緒に擂り潰しているのは臭み消し。青魚はどうしても臭みが強いから抑えないとだ。

 揚げ上がりのパッと見は揚げ過ぎで、色が黒に近い焦げ茶になっている。だけど元々黒っぽい青魚を揚げているのと、少し焦げの香ばしさがが加わった方が美味しいからこうなる訳なのさ。

 そして試食。

 ぱくっ。もぐもぐもぐ。

 青魚のパンチの効いた味わいが口に広がる。玉葱の味と、焦げの香ばしさで、生臭さを殆ど感じない。上出来だ。

「うへへ」

 あたしは白身魚の薩摩揚げよりこっちの方が好きだな。もし売れなくても、自分用に時々作ろうっと。


  ◆


 また一夜明けた。今日は海に行って塩作りだ。クーロンスから持ち出した塩も心許なくなってるから。何よりチーズを買い出しに行く時に売る分を確保しなきゃだ。人目の有る町の近くじゃ作れないから、人目の届かない遠い場所に行ってからだけどね。

 荒野を抜けて、田園地帯の南の海岸に出る。そのまま海岸沿いを南下して、塩作りし易そうな場所を探す。

 安心して塩作りをするには、半径10キロメートル、できれば20キロくらいの範囲に町や集落が無い方がいい。近くに誰かが住んでいたら、不意に来られたりするかも知れないから。そして塩作りには海水が澄んでなければ意味が無い。干潟なんて以ての外なのだ。

 そんな風に考えたら良い場所なんて案外無いもので、行き着いたのはファラドナから300キロ近く南に離れた砂漠地帯に程近い海岸だった。

 取り敢えず下準備。岩場で適当な大きさの石を三つ拾って、水の刃と竜巻を組み合わせた魔法を使って抉って石鍋にする。以前ならこんなことはできなかったけど、毎日の家事や商品作りに魔法を使っている間に、できることが色々増えたのだ。

 拘束魔法の何とか養成ギプスのような効果も未だ健在で、腕力も日々向上中だから、自分に掛ける拘束魔法も少しずつ強めている。そのせいで熟練度みたいなものが向上しているのか知らないけれど、拘束魔法もまた強力になっている。

 このスパイラルでどんどん力が強くなったらどうなるんだろう……。

 きっといつか頭打ちになるよね! 自身無いけど。

 ああ、もう! 止め止め! 考えないようにしよう! 筋肉は付いてないから大丈夫だよ、きっと。

 そんなことに頭を悩ませるより、今は塩作り。

 作り終えた石鍋を持って、砂浜に行く。後はもう以前にしていたように塩と苦汁を作るだけだ。


 丸1日掛けて精製した塩を抱えて荒野をひた走る。調子に乗って塩を作っていたら、少し遅くなってしまった。ちょっと焦る。

 え!?

 いきなり目の前が真っ暗になった。その直後に「ぶよん」と「じゃりっ」が入り交じったようなものを突き抜けた。身体(からだ)に何か粘っこいものが絡み付いてる。

 全然気付かなかった。何なの? 今のは。

 立ち止まって、顔に付いた粘っこいものを手で拭ってみる。何かの粘液だ……。

 少し口にも入ってしまったようで、やたらにしょっぱい。急いで手と顔を洗って、口を濯ぐ。魔法が有って本当に良かった。

 あ、そうだ、荷物は?

 うあ……。塩を入れた袋が粘液に塗れてる。袋にも染み込んでるよ……。折角作ったのに、これじゃ中の塩も使えないじゃないか。

 なんたること!

 後ろに振り返る。遠くに見えるのは、イソギンチャクの口を持った巨大ミミズのような、のたうつ何か……。

 うっわ、気持ち悪い。

 あ、あれ?

「ぎゃあああ! こっち来たああ!」

 へびみたいにクネクネしながらこっちに這って来る。異様に速い。今となっては亜音速で走るあたしと比べたら遙かに遅いけど、馬より速いのは確実だ。

 うう……。逃げたいど1つ確かめておかなくちゃ。あたしの身体に掛かった粘液はもしかしたらあいつのかも知れないから。

 だけどあいつが原因であって欲しいような、欲しくないような。原因が究明されたら気持ち悪いし、究明されなかったら不気味だ。

「ひいぃぃぃ!」

 近付いてくる程に気持ち悪さが強くなる。

 体をくねらせるからあいつの頭も左右に揺れる。その頭が向かって右に振れる度に、ぽっかりと空いた穴が見える。その穴は目に見えて塞がりつつあるので、穴が空いたのはついさっきってことになる。そして、頭が逆に振れる時に穴は無い。つまり穴は1つ。出口は有っても入り口は無い。あたしも何かを突き破ったのは1回だけだ。

 これは認めざるを得ない。あいつは走っているあたしを飲み込んだ。とんでもない早業だ。その後で飲み込まれたあたしがあいつの胴を突き破った訳だ。

 やっぱりこの粘液はあいつのだったよ……。うう……、気持ち悪いよう……。

 粘液の異様なしょっぱさからして、あいつが話に聞いた塩蟲なんだ。亜音速の相手を捕食できるくらいだから、普通の人があいつの傍を通ったら一溜まりもないよね……。ただ、地面を這って近付いてくるくらいだから、地面には潜るだけで地中を移動できる訳じゃなく、音並みの速さも地中から飛び出す時だけなんじゃないかな。近くさえ通らなければ大丈夫そう。

 だけどそんな考察よりも差し迫ってるのは、近付いて来る塩蟲。あいつの粘液が滲んだ塩はどうせ捨ててしまうんだからここにぶちまけてみよう。

 それから少し距離を取った。

 そしたらどうだろう。塩蟲はあたしが塩をぶちまけた所まで来た途端に、地面に齧り付いた。塩を土ごと飲み込んでいる。見た目通りにミミズみたいだ。躍動的なその姿は何か嬉しそうにも見えるけど、あたしは今日1日を徒労に終わらされたんだ。イラっとするよ。

 燃やしちゃおっか? うん、燃やしちゃおう。

 自問自答は一瞬だけで決めた。

 火球を出して塩蟲に投げ付ける。火球は塩蟲に接触した途端に、爆炎を弾けさせて天をも焦がす。

 少しだけすっきりした。


 暫くして火が消えたら、(うずたか)く塩が残されていた。その量は明らかにトンの単位。

 ラジアンガの先人が塩蟲から塩を採ろうとする筈だよ。だけどこの粘液じゃね……。

 ずるずるとした音が聞こえた。考えるのを止めて周りを見たら、この僅かな時間で蠢くものが周りに集まって来ていた。

「ひえぇぇぇ!」

 思わず出てしまったあたしの悲鳴には、蠢くもの達は何の反応も示さない。真っ直ぐに塩の山に突き進んでいる。

 大小取り合わせて10匹は超えているだろう塩蟲が、塩の山で踊り狂い始めた。

 スパ、スパ、スパッ。

 反射的に風刃を飛ばして切り刻んでしまった。だけど、塩蟲の破片の多くはいつまでも蠢いたまま。それどころか、それぞれに再生し始めている。

 増えた!

 これはいけない。だから、また燃やす。そして残されるのが、更に大きな塩の山。だけど……。

 終わりじゃなかった! さっき以上に塩蟲が群がって来た! どんだけ多いんだ!

 流石に付き合いきれない。逃げよう。家に帰ったら、念入りに洗濯と入浴をしなくちゃ。


 明くる日は、再度の塩作り。

 その帰り道、昨日の轍を踏まないように、荒野では進行方向の地面を左右20メートルずつの幅で耕しながら走った。何匹か掘り当ててしまった塩蟲を燃やしたのは言うまでもない。


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