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04 酒場勤め

 朝だ。目が覚めたら朝だった。昨夜は疲れが酷くて、案内された部屋のヘッドに倒れ込むように身体を預けたのだけど、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 寝て起きたら日本に戻ってたなんてことも無く、やっぱり異世界。がっかりだ。

 やっぱりここで生きなきゃいけないのか……。

 身体の疲れは殆ど無さそう。昨夜酷かったのは気疲れの方だったみたい。まあ、まだ気疲れの方は残ってるけど。

 気怠くは感じても、依頼の報告はしなきゃならないので冒険者ギルドに行く。


 受け取った報酬は5000ゴールド。ゴールドなんて単位なもんだから、報酬が金貨ざくざくのような錯覚をしたけど、そんなことは無い。ここの通貨単位がゴールドってだけ。物価からするとあまり実入りは良くない。

 酒場の料理の値段が500ゴールドから1000ゴールドで、日本の居酒屋や食堂の料理と似たようなものだから、価値的には円とほぼ同じ。判りやすいのは良い。だから、こっそり円と呼んでおこう。

 単位はともかく、8時間ほど働いて5000円では時給が600円ちょいにしかなってない。休む暇も無いのに、その程度の時給ってかなりブラックなんじゃない? 酔っ払いに触られるとか以前に、あの酒場はキツい労働の割りに給料が安くて長続きしないだけなんじゃ……?

「もっと実入りのいい依頼を探さないと……」


 困った。碌なものが無い。

 墓穴掘り、1つ1000円。牧草刈り、1ブロック2000円。道路の清掃、1ブロック5000円。薬草採取、1単位1000円、但し3単位まで。などなど、どうにも生活できるだけの稼ぎになる気がしない。

 着た切り雀の現状では墓穴掘りなんて汚れる仕事は避けたいし、それ以前に1時間で掘れるものなの?

 牧草刈りのブロックの意味が解らなくて強面のおっさ……もとい、おじ様に尋ねたら、どうやら4ヘクタール程度の広さらしかった。そんな広さで2000円っぽっちって馬鹿じゃないの?

 道路の方のブロックは縦横の大通りに囲まれた範囲らしい。それ自体は良いんだけど、そのブロック境界の大通りがどのブロックに属するのか曖昧な上、達成条件が監査員の胸先三寸だと言う曖昧さ。受けるのが怖すぎる。

 簡単なのは薬草採取だけど、1日に3000円までしか稼げないのでは生活が成り立たない。単位となっているのは、薬草の種類で達成条件の数が違うから。ランク9の場合はゲンノコソウとか言う薬草の1種類だけだから、20本が1単位になる。

 こんなんじゃ、ブラックだと思った酒場が一番条件が良いっぽい。前途多難だ!


「あの、牧草刈りとか道路清掃とか報酬が安過ぎませんか?」

「ああ、それは魔法を使うのが前提になっているからな」

「もしかして、牧草刈りに使う魔法って誰でも知ってるものなんですか?」

「いや、1割位だろう」

 1割か。だけど、1割も居れば魔法を使える人に合わせた報酬になるのもしょうがないのか。つまり、牧草刈りはそのための魔法を知っている人専用の依頼ってことだ。

「もしかして、道路清掃に使える魔法なんて言うのもあるのですか?」

「有る」

 即答だった。怖いとか関係なく、箒で掃く位しかできないあたしが道路清掃なんて受けると地獄を見るだけのような気がする。

 この分だと、墓穴掘りみたいなものも魔法前提だろう。

 そうすると、薬草採取くらいしか残っていない。

「あの、薬草採取は何故3単位までなんですか?」

「それは以前、薬草を根刮ぎ採取してきた奴が居たせいだ。薬草採取は慈善事業も兼ねていて、独り占めのようなことをされては意味が無い。だから制限を掛けるようになった」

「根刮ぎって、そんなことできるんですか!?」

 驚きである。普通に信じられない。

「普通には無理だな。そいつがどうやったかは未だに謎だ」

「本人には訊かなかったんですか?」

「他にも問題を起こしたので、そいつには制裁が加えられた。だから訊くことはできなくなった」

「ええ!?」

 話が訊けなくなる制裁って怖すぎるんですけどーっ!

「薬草採取の他にも、低ランク依頼でありながらやり過ぎると制裁が加えられるものが有るが、普通の者なら気にする必要は無い」

「そう、なんですか……」

 おじ様の目がキラリと光った気がしたけど、気付かなかったことにする。もし尋ねたら怖い答えが返ってきそうだったから。

 そして結局、薬草採取を1単位だけこなし、また酒場で働くことにする。他に選択肢が無かったんだよ!


 薬草採取は厄介だ。薬草は他の草に紛れている上、ウマノシリアトと言うよく似た毒草も有って判別に手間取ってしまう。こんなのを根刮ぎだなんて話、チートでも無ければ無理じゃなかろうか。いや、そのまさかと見るべきか。あたし同様にチートを与えられてこの世界に送り込まれた人が他にいても不思議は無いもの。まあ、居たからって何が変わる訳じゃないんだけど。

 あれでもない、これでもないと、草原を歩き回って1単位集め終わる頃には、とっくに昼を大きく過ぎていた。こんな調子じゃ、制限の3単位さえ無理だ!

 妥協点としては、3単位は無理でも1単位だけは薬草採取をして、夜には酒場で働いて、かな。


 仕事を2つこなすようにした3日目、酒場だけだったら4日目の閉店後。

「あんたには、戦う時のナイフの使い方を教えてやるよ」

 おかみさんに呼び止められた。

「え!? なんでいきなり?」

「あたしにとってはいきなりでもないんだけどね」

 おかみさんは腰に手を当て、口を歪める。

 でも、あたしにとっては十分いきなりだよ! あたしは戦うつもりなんて無いんだから!

「でも、なんでです?」

「あんたはどうにも危なっかしくて見てらんないのさ」

「ゼンゼン、アブナクナイデスヨ?」

 なんとなく片言になってしまった。

 そんなあたしに、おかみさんは溜め息を吐く。

「あんた、力加減が判らないだろ?」

「なんで、それを!?」

 慌てて口を押さえた。けど、叫んでしまった後じゃ、もう遅いわよね……。おかみさんの見立て通りなのさ。

 拘束魔法で軽減していても、この世界に来る前と比べて今は腕力が強すぎる。調節が上手くできずにその力を扱い(あぐ)ねているのが現状だ。今までの感覚で物を触ったら壊してしまいそうだから、かなり慎重にならないといけない。有り体に言えば自分の力に振り回されている訳。それを傍から見抜くんだから、元ランク2冒険者侮り難い。

「もし喧嘩でもしようものなら、今のあんたじゃ素手よりナイフを振り回した方が相手の被害が少なそうだからね」

 言葉も無い。そんな危険人物に見えてたとは知らなかった。

 呆けたままのあたしにおかみさんがナイフを1本差し出してきたので、無意識に受け取った。

「じゃ、素振りから始めるよ!」

 えっと……。

 こんなことをして意味があるのかは判らない。人にナイフを突き付けるような習慣は無いし、これからも無いつもりだから、「ナイフを出せ」って言われても出せるとは思えないんだ。

 だからって、折角あたしのために考えてくれたのを無下にもできないし……。

「いつまで呆けてるんだい! さっさとおし!」

「は、はいっ!」

 おかみさんの迫力にビクッとなって、あたしは慌てておかみさんの横に並ぶ。

「いいかい? ナイフは基本的に突きで使うからね」

「はい」

「じゃあ、構えな」

 あたしは言われるままにナイフを構える。右脚を前に出した半身で、ナイフを持った右手を前に、左手を後ろに引いた形。フェンシングみたいな感じだ。

「それじゃ、お手本を見せるよ。こうだ!」

 おかみさんは右脚で踏み出しつつ右手のナイフを突き出して見せてくれた。なんだか格好良い。

 この構えと突き方は基本の1つでしかなくて、使えるのも1対1で対峙した場合くらいらしいけど、あたしにはよく判らない。

「ほら、あんたもやってみな!」

「は、はい!」

 おかみさんを真似てナイフを突き出してみる。自分で不格好なのが判る。ちょっと涙目だ。こんなんじゃ、練習したって高が知れてるんじゃないかな。

「いいから、どんどん続けな!」

「はい!」

 おかみさんの迫力に押されるままにナイフを突き続ける。

 夜も更ける。

「はい、止め!」

 おかみさんの合図であたしはナイフを振るのを止める。少し息が上がっているけど、大したことはない。チート恐るべしだ。

「少しだけ形になって来たね。いいかい? そのナイフはあんたにあげるから、毎日練習を欠かすんじゃないよ?」

「はい……」

「もっと、しゃきっと答えな!」

「はいっ!」

 思わず取ってしまう気を付けの姿勢。背筋がピンと張ったおかみさんのピリッとした声を聞いたら、そうなっちゃうんだよ。単純な腕力だけならおかみさんにだって勝てそうな気がするけど、その他諸々ではまるで勝てる気がしない。

「それと、これからは何かの都合で誰かと対峙するような事が起きたら、必ずナイフを出すんだよ? そして、絶対にナイフを放すんじゃないよ」

「え? 何故?」

「何故も何も、下手に手を出せば怪我をするって、ナイフを持ってれば誰にだって判るだろ?」

「はあ、まあ」

 言わんとすることは判るのだけど、あたしは見た目にはか弱い女の子の筈だ。そう、恋人ときゃっきゃうふふした事なんて無いんだから、まだまだ女の子さ! そんなあたしがナイフを振り回したからって、相手が怯むものなのかな?

 あたしなら子供が振り回す刃物も怖いけどね!

 そんなあたしのはっきりしない様子に、おかみさんがやれやれと言った感じの表情をするのだけど、そんな切った張ったの世界に生きてた訳じゃないんだから無理なんだよ。

 それにしても、そんなあたしがチート持ちだって見抜いてしまう、おかみさんみたいな人が冒険者を引退したのが信じられない。

「あの、おかみさん? おかみさんみたいな人が何故冒険者じゃなく、酒場の経営をしてるんですか?」

「おや? 聞きたいのかい?」

 おかみさんがニヤッと笑った。なんだか嫌な予感。

「は、はあ……」

「そうかい、聞きたいんだね? いいだろう。聞かせてやろうじゃないか」

 おかみさんのニヤニヤとした笑いが濃くなった。直感が警報を鳴らしっぱなしだよ!


 結局、明け方まで惚気を聞かされてしまった。おかみさんのニヤニヤした笑いがトラウマになりそう。

 端的に言うと、旦那さんに胃袋を掴まれてしまったのだそうな。


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