45 家を探して
味噌と醤油が手に入るからってだけでこの町に住むって決めたのだけど、そう決めた以上は、いつまでも宿屋暮らしではお金が勿体ない。だから家探しだ。
あっ、と商売も考えなきゃだった……。ま、1、2ヶ月の間に決めればいいか。
とにかく借家について、この宿屋のオヤジさんに聞いてみなきゃだ。
朝食の時間が過ぎて、オヤジさんの手が空くのをぼんやり待つ。
「あんた、こんな所でぼんやりしてていいのかい?」
食器を下げに来たオヤジさんに見咎められた。カチャカチャと食器が音を立てるのを聞きながらオヤジさんを見る。
「あ、その、伺いたいことがありまして……」
「俺にか?」
「はい」
「何をだ?」
「この町で住む家を探したいんですが、何処に行ったら借りらるのかと……」
「家を借りる? そんなもの、そこら辺の空き家に勝手に住めばいいさ」
「勝手にって、いいんですか?」
「ああ。元々みんな勝手に家を建てて住んでたんだ。ある者は余所の町へ行き、ある者は死んで、家主の居ない家が残っている。この町の二割くらいは誰のものでもない空き家だ」
空き家がかなり多い。
「そうすると、この町の人口は昔より減ってるんですか?」
「いや、人は増えてるよ」
わざわざ建てるよりお手軽なのだから、新しく来た人は空き家に住み着きそうなものなのに?
「じゃあ、何故そんなに空き家が?」
「死んだ奴のせいだ」
もの凄ーく、嫌な予感がするけど、聞かざるを得ないよね……。
「それはどう言う意味でしょう?」
「聞きたいか?」
「はい」
ごくり。
無意識に唾を飲んだ。
「病死したり、殺されたりと、死に方に違いはあるが、家の中で死んでそのまま1ヶ月以上ってことがまま有る」
「ひぃっ!」
変な声が出た。
「まだ聞きたいか?」
「聞きたくないけど、聞きたいです!」
「まあ、そうだよな」
オヤジさんは軽く溜め息を吐いた。
「そんなのがどうして見付かるかって言えば、臭いだ。1ヶ月も経てばとんでもない悪臭が外にまで漂って来る。それで漸くな」
とんだ事故物件だ。想像しただけで鼻が曲がっちゃうよ! それより夢に見そうだよ!
「ぷっ」
突然、オヤジさんが吹き出した。
「どうして!?」
「くっくっくっくっ、いやいや、お嬢さんの顔がね。悪いとは思うんだが……、ひっひっひっひっ」
顔を笑われた!
オヤジさんは暫く笑い続ける。
「あたしって、そんなに面白い顔をしてますか?」
「いや、面白い顔をしているんじゃなく、面白い顔になるんだよ。普通にしてれば卵形の可愛い顔をしてるよ」
「はあ、そうなんですか……」
何だか、慰められた気分だ。
「話を戻すが、臭いまんまじゃ敵わないからそれは持ち出して埋葬するんだが、酷い臭いはもう家に染みついた後だ。当然住めたものじゃない。でもな。部屋を探す奴には外から見ただけじゃ判らない。だから中に入ってみるだろ? そしたらその酷い臭いが鼻を突く訳さ。そんなのに幾つかぶち当たったら、空き家を当たるよりおんぼろでも新しい家を建てた方がってなるだろ?」
「ご店主は、あたしにそんなのを勧めようとしたんですか!?」
ちょっと声が大きくなってしまった。
「待て待て、そんなのばかりじゃない。単に住人が余所へ引っ越しただけの空き家も有る」
「それをどうやって判断するんですか?」
「臭いで?」
「な!?」
今の話を聞いていて、入れる訳ないでしょ!
「わっはっはっは! 冗談だ、冗談。死人が出て住めそうにない家には、今は入り口に大きくバッテンを刻むようにしているから直ぐに判る。今言ったのは昔の話だ。空き家かどうかも、丸を描いた木札を打ち付けているから判る筈だ」
木札が無くなってたり、木札を外さないままで誰かが住み着いたりしてない限りらしい。
「脅かさないでくださいよ……」
「わっはっはっは! すまんすまん。ただなぁ、今でも中に入るか入らないかの違いくらいしか無いな。ついでに、そんな家の両隣も避けられてしまっている」
「両隣まで?」
「ああ、横にそんな家が有ったら気味が悪いだろ?」
「確かに……。取り壊さないんですか?」
「一応、誰でも取り壊していいって取り決めはしているんだが、誰も手を出さないんでそのままだ」
「皆さん、遠慮深いんですね」
「そんなんじゃない。変な臭いが染み込んだ板じゃ、薪にする気にもならんだろ?」
「確かに……」
直ぐに燃やすならまだしも、蓄積はしたくない。
「それに祟られそうだしな」
「祟り!?」
「そうだ。そんな家では幽霊が出るって噂も有るからな。わっはっはっは!」
「幽霊!? まさか、そんな……」
「それがな、臭いも気にせず住み着いた奴も居たことは居たんだが、『幽霊が出た』って言って出て行くんだよ」
「何? それ、怖い」
ほんと、勘弁して欲しい。
「何かの見間違いだとは思うが、万が一ってこともあるからな」
「そうですね……」
「だから、今はわざわざ手間を掛けて取り壊すって話も出ない。言い出しっぺが取り壊すことになるからな」
「ああー、そうでしょうね……」
言い出しっぺの法則はどこにでも有るのだった。
聞いた話を基にして空き家を探してみる。
なるほどバッテンの付いた家が有る。その両隣の家にはかなりの確率で丸を描いた木札が下がっている。
バッテンの付いてない空き家に入ってみようか?
いや、でも……。
どうにも足が前に出ない。家は密集していて隣と殆ど隙間が無いから、バッテンが気になって仕方がない。元から住んでいるならまだしも、新たに住むのは躊躇する。
みんながこんな感じだったら、そりゃあ空き家のままにもなるよ……。隣家にバッテンの無い空き家を探すしかないよね。
そして探した。あっちこっち、うろうろと。
だけど、空き家はバッテンとその両隣か、狭すぎるか、ボロボロなものばかりだった。
我慢してバッテンの隣に住むか。それとも新しく家を建てるか。
仮に建てるとして、木造なら大工さんを頼まないといけなくなる。あたしは大工仕事なんて知らないもんね。
でもだ。きっと前金を要求される。それもかなり高額な筈。家の建築費の一部なのだから。
だけどあたしにはそれが無理。また騙されたらって思ってしまって、見ず知らずの人に大金を預けられないんだ。どこかで誰かを信用しないと駄目なんだけど、お金に関してはどうにもね……。
あたしはそこまでこの世界の人を信用できていない。いや、信用する気が無くなったと言うべきかな?
前金の殆どは材料費なんだろうから、材木をあたしが調達したら前金もいらないのかも知れないけど……。伝手なんて無いもんなぁ。
木造の新築を諦めるしかないよね。どうしても時間も掛かるし。
だからって、土魔法でちょちょいって訳にもいかないんだよね。魔法をできるだけ人前では使わないようにしないと、クーロンスに居た時と同じ轍を踏んじゃうから。
結局空き家に入るしかないってことだ。でもねぇ。
「空き家は有るけど、バッテンの家がほんと邪魔」
誰でもいいから撤去さえしてくれたら、その横の家に住むのは許容範囲なんだけどね。そうなんだよ、誰かがバッテンの家を撤去してくれれば問題無いんだよ。
ポン。
手を叩いた。
お金を出して依頼すればいいんじゃない? ただ働きになるから誰も撤去しないだけで、相応の報酬が貰えるなら撤去してくれる人も居るんじゃない? まあ、それでもこの下町の住人は請けてはくれないかも知れないけどさ。
それ以外は、と言うと……。
そっか、冒険者だ。冒険者が居た。彼らなら請けてくれるかも知れない。下町に住んでるんじゃなければ、祟られそうだとかもそんなに気にならないんじゃないかな?
まあ、あんまり関わりたくないけど、冒険者ギルドに依頼を出す方向で考えよう。この町のギルドがクーロンスみたいに酷くないことを祈って。
そうと決まれば、バッテンの横で一番良さそうな家を探さねばなるまい。




