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41 裏事情

「えっと……」

 怪童の噂は聞いているけど、おかみさんがどれだけ強いのかを知らないから、何とも言えない。

 でもきっと、怪童……つまりあたしはおかみさんに迫力で負けてしまう。

「そんな怪童に第1王子は目を付けました」

「はあ……」

「何故だと思いますか?」

「多分、迷宮を攻略するためではないかと……」

 ランドルさんは大きく頷いた。

「普通ならそう考えます」

「え?」

 違うの?

「しかし、あの男にとっては迷宮も単なる道具です」

 あれ? 第1王子を『あの男』って言った?

「あの男が望んでいるのは人々からの賞賛だけです。そのための演出や小細工には力を入れますが、それ以外については無能どころか害悪でしかありません」

「はいっ?」

 随分な言い様だ。不敬罪で捕まったり……、あ、しないか。ここはもう隣国だもんね。

「迷宮でも幾度となく無計画な探索で犠牲者を出しました。きっと表沙汰にならないようにすると思いますが、ここ数年で最大の犠牲者でしょう。ところが、あの男は冒険者や兵士の前で演説し、『犠牲が出たのは犠牲者本人の責任だ』と言い放ちました。そして『自分はそれを寛大に許すのだ』と言います。無論、反発が起きますが、それを態度に示した者は次の無計画な探索へと送り出されるのです」

「酷い……」

 無計画どころか、殺そうとしているとしか思えない話だ。

「あ、無計画と言うのは語弊が有ったかも知れませんね。実態は迷宮を利用した対立派閥の粛正、或いはその芽を摘むことですから」

 やっぱり殺そうとしていた! だけど……。

「そんな人には見えませんでしたが?」

「ああ、はい。あの男自身にそんな知恵は働きません。計画も実行も側近どもの仕業です。ですが、その側近を侍らせているのはあの男に他なりません」

 ランドルさんは、水を一口飲んだ。

「そんな彼らにとって最も邪魔な存在はリドルです。彼らとしては彼女を排除したい。すると、どうするか……」

「殺し屋を雇う?」

「はい。しかし、並みの殺し屋の一人や二人じゃ、どうにもなりません。となれば、数を揃えるか、リドルに対抗できるだけの力を持った者を手駒にするかでしょう」

「それじゃ、兵士を集めていると言うのは、おかみさんを亡き者にするため?」

「単純に戦力を揃える意味も有ったでしょうが、リドルの謀殺が目的の一つであることは間違いないでしょう。それと同時に、単独でリドルに対抗できる可能性がある者へも触手を延ばそうとしました」

「それが、怪童ですか?」

 ランドルさんはまた大きく頷いた。

「そして、怪童を手駒にできないとなれば、怪童は彼らにとって極めて厄介な不確定要素となります」

「厄介ですか……」

「はい。そのため、少なくとも二人を同時に相手取る可能性を排除しようとするでしょう」

「もしかして、殺される?」

「恐らくは試みます」

 何だか口の中が苦く感じる。

「そうまでする目的って……?」

「恐らくは、王位の簒奪です」

「ええ!? でも、王太子なら黙っていても王位に就けるじゃないですか」

「第1王子は、そうです。ですが、それを操ろうとしている者達には年齢的に時間が有りません」

「操るって……」

「とても騙しやすかったことでしょう。あの男が王太子なのは、単に国王の長子であると言う理由でしかなく、中身は暗愚ですから」

「騙しているのは側近達ですか?」

「はい。しかし、側近だけではありません。そんな第1王子派とも言える集団の筆頭は左大臣です」

「え? え? それじゃ、もし馬車に乗っていたら?」

 やっぱり殺されていた?

「逃げて正解でしたね」

 あたしはすっかり冷めてしまったスープを啜って、朝食の続きを摂った。

 だけど、ランドルさんの話を全て信じることもできないよね。半分はランドルさんの想像でしかないんだから。

 それとちょっと疑問。

「あの、ランドルさんは第1王子に批判的に見えますが、何故無事だったんですか?」

「それですか……。それは、私が迷宮に行った理由が関係しています」

「あれですか」

 あたしがトカゲの買取で騙された件だ。当時のギルド長は他にも沢山騙していたらしい。

「あれの元締めも左大臣なのです。証拠は残っていませんが、素材の買い取りで誤魔化したお金の大半は、ギルド長から上納金として左大臣へと送られています」

「そこでまた左大臣ですか……」

「はい。左大臣はギルドを利用して公金横領もしていたようです。補助金の一部はギルドの帳簿に載せることもなく左大臣の懐に入っていたようですし、ギルドの使途不明金の行き先も左大臣。借入金の借入先も最終的には左大臣だったようです」

 それを冒険者ギルド側で管理していたのが当時のギルド長だった訳だ。迷宮89階で口論になった時に、その元ギルド長がうっかり口にしたらしい。

 その元ギルド長は堪えられずに迷宮から逃げようとして行方不明になっている。

 開いた口が塞がらなかった。

「そしてどうやら、第1王子の派閥には私が喋ったことは伝わってなかったようで、お仲間と思われていました」

 左大臣と直接繋がっていたのが元ギルド長だけで、その元ギルド長が左大臣に連絡を入れる暇も無く迷宮に送られたからだとか。

「よく判りました」

「それで思い出しましたけど、迷宮は今、少し大変な筈です」

「何か有ったのですか?」

「交代要員の筈の兵士達が、第1王子の帰路の護衛だと称して半分ほど取って返してしまったのです」

「ええ……」

「今は拠点防衛で手一杯なのではないでしょうか」

 昨日の兵士達のことを思い出した。彼らみたいな義理堅い良い人達が苦しんでいるのかと思ったら少し心が痛い。

「残念ながら、彼らの無事を祈るしかできませんが……」

 何だかもやもやする。

 迷宮にずっと籠もるのは無理だけど、あたしが迷宮を攻略できるようなら、してしまった方がいいのかも……。

「あの、もし……」

「おかしなことは考えない方が良いです」

「え?」

 あたしが考えたことは、ランドルさんにあっさり見透かされていたみたい。

「迷宮はクーロンスの産業そのものですし、迷宮で産出される魔石は重要な資源です。もし、迷宮が本当に攻略されてしまえば、迷宮の魔物も消えます。そうすると、魔石が手に入らなくなって不足します。国内も混乱するでしょう。そして、何よりクーロンスの住民が飢えることになります。住民の殆どは他の町に市民登録する程の蓄えは有りません。それ以前に、旅費すら危ぶまれる者が大半ではないでしょうか」

 ハッとした。市民登録の費用は1000万円もする。それだけ蓄えるのは難しいと思う。

「それでも他の産業が有るのなら良いのですが、クーロンスには、特に冬場には迷宮しか産業が無いと言って良い状態です」

 冬の迷宮を思い出して、思わず眉間に力が入ってしまった。

「それなら何故、迷宮攻略が国家事業なのですか?」

 攻略なんてしなくてもいいんじゃない? そうしたら油だって安くなるんだから。

「言い伝えによる通説が理由でしょう。迷宮を攻略しなければ、いつか邪神が復活してしまうと言われているものです」

「その話に根拠は無いと?」

「有りません。しかし、信じている者も多いのです。その不安を打ち消すためには対策している振りも必要です」

「振りですか」

 何だか身も蓋もない。

「はい。しかし、言い伝えが真実かどうかを確認する必要も有りますから、最深部を目指しているのもまた事実です。もしも事実だと判った時に、何もしていなかったら致命的ですから」

「防災みたいなものなんですね……」

「そうかも知れませんね。何にせよ、最深部の探索だけをして攻略はしないのが基本的な方針です」

「何だか釈然としません」

「こう言うものと言うしかありませんね……。もしも攻略が必要なら、あの町のランク2の3人を送り込めば良い訳ですし。それなら1日に1階ずつの攻略は可能でしょう。他の既に攻略済みの迷宮が100階だったことを考えれば、10日で終わってしまいます」

「そう言われれば……」

「あの町は危険と隣り合わせでなければ生きていけないのですよ。それでも尚、迷宮に派遣されている者達を救おうとするならば、一生を迷宮の中で過ごすことになるでしょう。それができますか?」

 あたしは首を横に振った。

「そう言えば、貴女はエクローネと親しくしていたように見受けられましたが、彼女は町の住民を全力で守る一方で、町の住民のためなら余所者を利用することを躊躇わないところが有ります。果たして、貴女は彼女にとって町の住人なのでしょうか? それとも?」

「え?」

 それだけ言い残して、ランドルさんは立ち去った。多分、あたしとエクローネが既に絶交状態なのを知らなかったのだ。

 今となっては、受付嬢のことはもう、あたしの中で「そんな人も居たね」程度になってしまっている。


 あたしは朝食の残りを食べてから、南に向けて旅立った。


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