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40 噂

「はあ……」

 溜め息は、目の前の海の波間にただ消えて行く。


 あの後、一旦西門に向かったけど、せめておかみさんと旦那さんに挨拶をと思って、途中で酒場へ進路を変えた。

 待ち受けていたのは兵士の一団だった。あたしの店に来た兵士達とは違って問答無用で拘束しようとして来たから、おかみさん達に挨拶することは叶わなかった。

 西門に着いたら、馴染みの門番さんが並んでいる人達を無視して先に通してくれた。町から出て一度だけ振り返ると、門番さんが手を振ってくれた。

 彼も町の様子がおかしいのに気付いていたんじゃないかな。

 クーロンスを出たあたしは、最初少し西寄りの南に走っていたけど、途中から東に迂回した。クーロンスから見て南西に在る王都からできるだけ離れたかったんだ。そして辿り着いたのがこの海岸だった。


 どうしてあたしにちょっかい掛けて来るんだろうね……。みんな頭ごなしに要求を突き付けて来るだけだから嫌になる。

 あたしはチートなんて持っていても、身の安全と、少し生活で楽するくらいにしか使ってないのに。使えないのに。

 あ……、魔物は何度か蹴っ飛ばしたか。

 だけど、未だに市場の肉売り場にも怖気が走るんだから、それ以上は無理だ。戦うなんてできる筈がない。

 なのに、みんなあたしを利用しようとする。

 ……今考えてもしょうがないかな。波音に誘われて、ついつい足を止めたけど、この国を離れるのを急ごう。休憩ももう終わり。

 ギンゴン、ギンゴン、ギンゴン。

 通話石が鳴った。走り出そうとした矢先だよ。

「はい」

 恐る恐る応答してみた。だけど、相手は何も言わない。

 無言電話?

 血の気が引いた。

 無言電話で連想されるのはストーカーじゃないか! 通話石は呼び出しただけで相手の方向が判る。誰かがあたしを追って来ようとしているんじゃないの!?

 考えてみたら、番号が知れ渡っている通話石を持ったままだった。これだと簡単に居場所を特定される。

 捨てるべきだよね……。だけど高価なんだよね……。

 暫し、通話石と海を見比べる。

「とりゃっ!」

 未練を振り払って、沖合に向けて通話石を思い切り投げた。


 海岸沿いを南に走る。町が有ったら迂回して、南にひた走る。

 国境には検問が有るけど、街道沿いだけのこと。原野や森を駆け抜ければ問題無い。

 日は沈んだけど、どうにか隣の国の町まで辿り着いた。


 一夜の宿を確保する。そしてベッドの中で考える。

 どうしてこうなったんだろう……?。

 ……やっぱり、チートを人前でもあまり気にせずに使っていたからなんだろうなぁ。これからは気を付けなくちゃ。


 そして朝の目覚め。

「あれ?」

 見知らぬ天井だ。飛び起きた。

 周りを見回す。

「そっか……、宿だった……」

 暫く呆けた後で、昨日のことを思い出した。脱力して、溜め息が出る。

「はあぁ……」

 一からやり直しだよ。だけどまあ、この世界に来た1年前よりはマシだ。最小限の着替えも、日用品も持っている。お金も380万円ばかり残っている。それに料理道具も持っている! これならきっと何とかなる。

 過ぎたことをくよくよ考えていてもしょうがない。

「ふんっ!」

 気合いを入れて、れっつらごーだ!


 身形を整えて荷物を纏めたら、宿屋の一階の食堂で朝食。

 食堂は割と空いている。来た時には意外に思ったけど、朝食を詰め込むようにして足早に出て行く人が多いだけだった。

 あたしはそこまで急がないから、もっと胃に優しい食べ方だ。

「チカさん?」

「はい?」

 名前を呼ばれたから思わず返事したけど、知り合いは居ない筈……。

 だけど一応振り返って確かめる。

「やはり、チカさんでした」

「ランドルさん?」

「はい。相席しても宜しいでしょうか?」

「あ、はい。どうぞ」

 ランドルさんはあたしの前に座って、朝食の注文をした。

「驚きました。私は可能な限り急いだつもりですが、それでもここまで1ヶ月掛かったのですよ?」

「はは……」

 町を1ヶ月も前に出た人に1日で追い付いてしまったんだから、驚かれるよね……。

 ちょっとばかり冷や汗だ。

「まあ、熟達した風魔法の使い手なら、1日で1000イグを走るそうですけども」

「そうなんですか?」

「他にも、風で支えて重い荷物も運べるそうです」

「へぇ……」

 感心するあたしを見て、ランドルさんは肩を竦めた。

 あれ? あ、そっか。あたしは風魔法を走る時の補助にしか使ってないけど、一般的には風魔法だけで速く走ったり、重い物を持ち上げたりするんだね。常識が足りないと思われたんだね……。

 何せあたしの場合はチートな脚力や腕力だもんなぁ。風魔法や拘束魔法は補助に使ってるだけで。

 話をしている内にランドルさんの朝食が届いた。既に出来上がっている炙ったハムやスープをよそうだけだから早いのだ。

 ランドルさんは店の人が立ち去るのを見送ってから、少し真剣な面持ちになった。

「ところで何故、貴女はここにいらっしゃるのですか?」

 ランドルさんはあたしがクーロンスに居ると思っていたんだろうから、当然の疑問だと思う。

「それが、左大臣と名乗る人が来て『国王の招聘だからこの馬車に乗れ』って言われて、それを断ったら『打ち首だー』とか『引っ捕らえろー』とか言うので、逃げたんです」

「何ですか? それは……」

「あたしの方が聞きたいです」

「もう少し詳しく話していただけますか?」

 あたしに協力的だった兵士達のことも含めて経緯を話したら、ランドルさんは暫く考え込む。そして軽く唸った。

「どうやら、事態は深刻なようですね」

「深刻?」

 コテンと首を傾げたら、ランドルさんに微笑まれた。

「私がこの町に辿り着くまでの1ヶ月の間に聞いた噂には、戦争が起きるのではないかと囁くものも有ります」

「戦争!?」

 思わず大きな声が出た。周りからの視線が集まってしまったので愛想笑いで誤魔化す。かなり睨まれた。

「すみません、続きをお願いします」

 声を潜めて言った。

「国が少々強引な手段で兵士を集めていると言います。腕に覚えの有りそうな者を片っ端から勧誘しているのだとか。断った者は後日遺体で見つかったり、自宅が謎の出火で全焼したりするそうです。幾度かはその場で手討ちにされたとも言われます」

「強引で済ませられるものとは思えませんが……」

「そうです。しかし、それは表面的な噂に過ぎません」

「と、言いますと?」

「『国が』って少々漠然としていると思いませんか?」

「それは、確かに……」

「それに、国王自らがそんなことをする筈が無いのです。リドルが黙っていませんからね」

「おかみさんが?」

「リドルは、言うなれば国王直属なのですよ。そして、国王を諫められる数少ない人物でもあります」

「そんなに凄い人だったんですか……」

 あたしが呆けたように呟いたら、ランドルさんは頷いた。

「現役の頃は『閃光』なんて二つ名で呼ばれ、冒険者の憧れだったものです」

「『閃光』ですか?」

「はい。その速さによって、剣筋が一条の光にしか見えないために『閃光』です」

「へぇ……」

「きっと今でも、ギルダースとエクローネを含めたクーロンスの冒険者全員を一度に相手取ってもリドルが勝ちます」

「ええ!?」

「そんな彼女を敵に回すほど国王は愚かではありませんし、そこまで愚かな王であればリドルの方から袂を分かっている筈です」

「それでは一体誰が?」

 ランドルさんは一瞬だけ目を明後日の方に向けて考え込んだ。

「その前に、街道の怪童の噂はご存じですか?」

「え!? あ、はい……」

 そうだよ。あたしのことだよ。いきなりそんな噂を出されたらびっくりだよ!

「その力は、未だ真価を見せていないものの、垣間見せた範囲でも凄まじいものです」

「はあ……」

 顰めっ面になっているのが自分で判る。

「リドルに勝るとも劣らないものだと考えられませんか?」


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