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37 新製品を売りましょう

 雪も溶けて、草萌える4月。だけど……。

「困ったなぁ」

 非常に困った。薩摩揚げの主原料たる鱈の値段が許容範囲を超えてしまった。原価割れまでは起こさないけど、利益が殆ど出ない。夏になったら完全に原価割れだろうな。

 ひとまず仕入を後回しにして、他に良いものがないか、市場を探す。

 サメが叩き売られていた。

 サメも擂り身の原料の一つだけど、あたしの薩摩揚げに使うのは難しい。きっと味が変わり過ぎちゃうもの。

 それでも、10キログラムで100円程度でしかない値段は魅力だ。だからサメを使って……。

「新製品を作るしかないよね……」

 日本に有ったのは蒲鉾? 竹輪? だけど、蒸し蒲鉾は魚の臭みが前面に出て来やすい。竹輪は焼き目の香ばしさで臭みを抑えられけど、作るのが大変そう。間を取ったら焼き抜き蒲鉾かな?

 漠然と考えてたって始まらない。試作をしないと。今回は蒲鉾の試作を優先させて、材料の見直しは後回しかな?

 鱈をいつもの量だけ仕入れて、サメも大量に仕入れよう。


 いつものように薩摩揚げを作る傍らで、サメの身を細かく切って流水に晒す。尿素やアンモニアを抜くためなので、30分程度は晒し続ける。この時、身を細かくし過ぎたら水気をうまく切れなくなるし、細かくしないと臭みが抜けないので、切る大きさには気を使う。

 水に晒した身を絞って水気を切って、塩を加えて擂り身にして練る。十分に粘り気が出たものを丸めて蒸せば、蒸し蒲鉾の完成だ。蒸さずに焼けば、焼き抜き蒲鉾になる。

 両方を試作してみたけど、どちらも蒲鉾独特の臭みが気になる。自分で食べる分には気にするようなものじゃないのだけど、この町の住人にとっては気になる臭さだと思う。

 結局、開店の時間まで考えても、臭みを消すのに良い案が思いつかなかった。

 先にお店を開けなきゃだ。


 お客さんを待つ間も、蒲鉾の臭みを消す方法を考えていたのだけど、どうにも思考が空回りしているようで、何も思い浮かばない。

 配達の依頼が入ったから行こう。農地の中の集落に。

 ぶもぅ。

 牛の声。農道を走っていたら聞こえた。

 牛、牛、牛……。

 牛と言えば牛乳。牛乳と言えばバター。あ、あれ? お菓子じゃないんだからバターじゃ駄目だ。

 巻き戻って、牛乳と言えばチーズ。

 ん? これだ!

「チーズ入り蒲鉾が有った!」

 チーズ入り蒲鉾なら、チーズの風味で魚の臭みも抑えられるよね、きっと! それに、日本で沢山売られているから実績も有る。

 早速試してみよう。配達ついでにチーズを仕入れなくちゃ。


 どんな風にチーズを足そうかな……。

 角砂糖くらいの大きさに切ったチーズをぶどうパンのように混ぜ込むのがお手軽だけど、それだと多分、チーズ入り蒲鉾ではなくて、チーズ味蒲鉾になってしまう。混ぜる間にチーズが原形を留めなくなるんじゃないかな。これはこれで良いのかも知れないけれど、チーズがチーズらしくある方が味に変化が付いて良さそうな気がする。

 チーズを固まりで擂り身に合わせるとして、一つ一つのチーズに擂り身を巻き付けるか、擂り身でチーズを挟んだ大きなものを作って切り分けるか。

 大量生産し易いのは切り分ける方だよね。だけど道具が無いんだよなぁ。形を整えるためにも、加熱の途中でチーズが流れ出たりしないためにも、枠が必要になる。だけど、受け入れられ易いと思える焼き抜き蒲鉾にしたいから、木枠は使えない。焦げ目が付くくらいの火力にしたら、木の枠なんて燃えちゃいそうだからね。そうしたら鉄枠しかないんだけど、自作が無理で特注することになる。特注品なんて、出来上がるのがいつになるか判らないから待ってられないんだ。

 卵焼き器みたいなのじゃなくて枠なのは、焼き加減を確かめられないから。卵焼き器じゃ、引っ繰り返して焼くのが難しいもの。

 やっぱり一つ一つ巻き付けないとだよね。その方が直ぐに試作できるし、何より美味しそうだ。

 形や大きさは薩摩揚げと同じにしよう。薩摩揚げより一回り小さく、厚さも半分くらいにチーズを切り分けて擂り身でくるむ。くるんだものは薩摩揚げとほぼ同じ大きさだ。

 それをフライパンに載せて焼く。膨らんで、こんがり焼き色が付けば完成。

 なんだか四角い笹蒲鉾みたい。あれはどうやって形を作っているんだっけ……。

 そっか、型だ。

 考えてみれば、薩摩揚げも型が有ったら生産性が上がる。だからって、型を慌てて作る必要はない。薩摩揚げの1個分の分量は、それ専用にしているお玉の擦り切りの半分にしているので、型が無くても何とかなっている。追々作ろう。

 それはさておき、出来立てを試食。

 ぱくり。もぐもぐもぐ……。

「うふふふふ、我ながら癖になりそう」

 早速、明日から販売開始しよう。値段は薩摩揚げと同じ50円だね。


 チーズ入り蒲鉾、略してチーカマの販売初日は、簡単なポップ広告も用意した。ポップ広告には、チーカマ新発売とおまけキャンペーンの告知をしている。

「いらっしゃいませーっ」

「ケールのテンプラを8個頂戴」

 いつの間にか薩摩揚げのことが「テンプラ」と呼ばれるようになってしまっている。あたしが「テンプラ」と言ったのはメリラさんに言った一度きりの筈なので、それが広がる筈は無い。多分、薩摩揚げしか売ってない所為で屋号が混同されてしまったんだ。

 そして、冒険者以外のお客さんも増えつつある。このお客さんもそんな一人だ。

「本日に限り、薩摩揚げを10個お買い上げ頂きますと、新製品のチーカマを1個おまけしておりますが、お買い上げは8個で宜しでしょうか?」

 あたしはポップ広告を指し示した。

「あら、そうなの? じゃあ、テンプラを10個貰おうかしら」

「ありがとうございます。締めて500ゴールドになります」

 いつもより多く買って貰えるのだから、おまけの力とは凄いものだ。


 このチーカマのキャンペーンが1日限りなのは、おまけをが当たり前に思われないようにするため。そんなことになったら、販売促進の筈が裏目に出る。

 そんな1日限りのキャンペーンでもそこそこ効果が有った。薩摩揚げを10個買って帰ったお客さんの中には、翌日早々にチーカマを買いに来た人も居たのだ。

 その時たまたま来店したお客さんも、前のお客さんがチーカマを買っていたためなのか、チーカマを1つ買ってくれた。

 誰かが買っているのを見ると自分も欲しくなる心理って有るんだろうな。

 しかし、1個50円と言うこともあって、ものは試しで買っていくお客さんも多い。もしかしたらキャンペーンをしなくても大丈夫だったのかも……。

 どんまい、あたし。


  ◆


 5月になったら鱈がいよいよ品薄になって、売れば赤字になるまでに高騰してしまった。赤字になっては商売にはならないので、薩摩揚げの材料を鱈からシーバスとボラに切り替えた。

 しかし、擂り身になってるのに、素材の違いを感じ取るお客さんは居るものらしい。

「テンプラの味が変わったか?」

「はい。季節によって捕れる魚が違うものですから、材料の魚を変えました」

 こんなやりとりを何回か繰り返してしまったから、混ぜる野菜をアスパラガスとチャイブに変えた。明らかに見た目が違えば判りやすいんじゃないかなって。人参も品薄だったからちょうど良かったのかもだ。

 その結果、薩摩揚げを避けてチーカマばかりを買うようになったお客さんや、足が遠退いたお客さんも居れば、逆に薩摩揚げを求めて頻繁に来店するようになったお客さんも居る。

 全体の売り上げとしては特に影響は無かったから一安心。


 下旬には、薩摩揚げやチーカマの木型を作ったことで、若干ばらつきの有った形が安定したものになった。

 売り上げも順調に伸びている。


  ◆


 6月には目標の500個が完売する日も出始めた。

 ここ暫くは平穏無事な日々が続いている。商売も順調で気分は明るい。

 これって、あたしの望んだ生活が完全じゃないなりに実現したんじゃないかな?

 まあ、ほんとは全くの平穏って訳じゃないけどね。

 あたしの配達中を狙って店に侵入しようとした泥棒が捕まったことが2回有った。泥棒達は侵入できそうなのにできなくて、ムキになったらしい。

 ふふん、拘束魔法での戸締まりは万全なのだよ。


 冒険者ギルドとは相変わらず疎遠だ。用事なんて無いし、このままでも不都合は無い。多分、二度と行かないんじゃないかな。

 迷宮の中からの配達依頼は、ここ3ヶ月来ていない。


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