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31 吹雪

 新商品の薩摩揚げを売り出すなら、原価計算が必須だ。

 鱈、鯵、イカそれぞれの身の割合は、概ね4割、5割、5割くらい。混ぜる割合が8対1対1だったら、擂り身10キログラムを作る材料費は、鱈が2000円、鯵が100円、イカが200円になる。しかし今は底値に近そうなので、3倍の値段にはなると見越そう。これに、玉葱と人参を2キロずつと、生姜粉末を20グラム加えるので、各400円ずつを足したら、合計は8100円。

 薩摩揚げ1個が30グラムなら460個くらい出来て、1個当たり約18円。40グラムなら350個出来て、1個当たり約23円。大豆油を1個につき10円と見込んだら、単価は30円前後になる。これなら50円で売っても大丈夫そう。でもその代わりに販売目標個数は500個になる。

 客単価が500円になれば、50人のお客さんで大丈夫なので何とかなる。

 ……といいな。そして、来年は穏やかに暮らせるといいな。

 もう年の瀬だから来年を思ったりするのさ。


  ◆


 この世界の1年は、1ヶ月が31日の12ヶ月で、372日になっている。数年に一度、閏日の12月32日が設けられるらしいけど、今年の12月は31日までだ。

 そして今年も残り2日になった今日。外は昨日から吹雪いている。

 クーロンスの町は積雪が少ない。温暖だからじゃなくて降雪量が少ないからで、一旦積もった雪は春まで融けないらしい。

 メリラさんさえ来店し今日は開店休業状態だ。

 いつもと一緒と言えば一緒だけどさ。

 小さな窓は曇っていて、カウンターの中からは外の様子が全く判らない。どこかの隙間を風が吹き抜ける「ヒューッ」と言う音と、何かが風に揺られてぶつかる音だけが聞こえる。

 静かだ。風の音は五月蠅いくらいの筈なのに、何故か静かに感じる。

 ギンゴン、ギンゴン、ギンゴン。

 静けさを破って通話石が鳴った。

「はい、天ぷら屋です」

『食い物を届けてくれるってのは本当か?』

「はい、配達範囲であればどこにでも伺います。今はどこにいらっしゃいますか?」

『多分、町から3イグくらいの魔の森の中だ』

「はい、その距離であれば配達可能です」

『良かった。それじゃ、男6人が腹を満たせるだけ何か持って来てくれ』

「あ、はい。ご注文内容を検討いたしますので暫くお待ちください」

 むむむ。天ぷらで腹を満たすとなったら、今揚がっているものだけでは明らかに少ない。でも、揚げている時間は無さそうなんだよね。通話石の向こうから「寒い」だとか「しっかりしろ」だとか言う声が微かに聞こえてくるんだもの。遭難寸前なんじゃないかな?

 まあ、冒険者が生きようと死のうと、この際あたしには関係ないけどね。今更同情心なんて湧かない。それでも一応お客さんだから、配達前には死なないで欲しいものだ。代金が貰えなくて、ただ働きになるもの。

 それはさておいて、足りない分はまた溜まって来ている乾燥天ぷらで補うのがいいかな? 食べられるかどうかにだけ着目してクレープを食べて貰うのがいいかな?

 代金を回収できない可能性を考えたら、安上がりに腹を満たせるクレープの方がいいかな? だとしたら、クレープが汚れないように包装しないとだ。運ぶのに使う麻袋も一緒に売ってしまおうか。それなら麻袋ごと渡せばいいもの。一応そう言うことにしておこう。相手の都合次第だから、麻袋までは売らないかも知れないけど。

 6人らしいので、6の倍数にするのがいいよね。平等だ。この場合に今直ぐ持って行けるのは、天ぷらセットが24セット。1人当たりなら4セット。クレープを4枚も食べれば腹はくちくなると思うけど、乾燥天ぷらも1食分だけ持って行って、必要なら追加注文を受けることも考えておこう。

「お待たせしました。今直ぐ配達可能なのは天ぷらセットが24セットになります。これに配達料2000ゴールドを加えまして、合計が1万1600ゴールドになります。また、配達時に使用した麻袋をご入用でしたら、その代金として2000ゴールド、洞窟などの奥にいらっしゃる場合は追加費用が掛かる場合がございますが宜しいでしょうか?」

『ああ、それでいい。洞窟の中には居るが、入り口から1ヘグも離れてないから着いたら呼んでくれ』

 ヘグは、この世界の長さの単位で約70メートルだ。

「承りました」

 さて、急ごう。辿り着いた時には相手が冷たくなっていた、なんてことになったら寝覚めが悪いし、ただ働きにもなる。

 天ぷらセットはケールを半分の量にして、試作段階の薩摩揚げを半分にして入れる。野菜より魚の方が力が出そうだものね。だけど薩摩揚げは揚げた数が少ないから半分だけなのだ。


 外は益々吹雪いている。風が防寒着の中まで染み込んで来るようだ。こんな時は火魔法で服の中を暖めよう。服の中が暖まったらちょっと一息。やれやれだ。

 そんなことをしている間も走ってはいるんだけどね。

 ところが、西の森に一番近い西側の門は閉ざされていた。

「あの、外に出たいんですけど……」

「こんな日にか?」

 門番が驚いたように聞き返して来た。

「はい」

「止める訳じゃないが、この門は今日は閉鎖だ。開いているのは南門だけだ」

「閉鎖なんですか?」

「ああ、壁も門も魔物が襲って来た時のために備えているんだ。凍り付いて閉まらなかったら意味が無いだろ?」

「なるほど」

 言われてみれば、門が凍り付き始めている。開けたが最後、閉まらないなんて有りそうで怖い。これは迂回しないといけないな。


 南門から町の外に出て、一路西に突き進む。視界が悪い。方向も怪しい。10キロメートルほど進んだと思ったところで立ち止まって、相手の通話石を呼び出してみた。

 やっぱりずれていた。相手は若干北だ。

 進路を変更して進む。その先で、洞窟を見つけた。

「お待たせしましたーっ! 天ぷら屋ですーっ!」

 中は暗かったけど叫んでみた。すると、走る足音が聞こえて、仄かな明かりが近付いて来た。

「おおっ! ほんとに来たのか! それで食い物は?」

「それは、ここに」

 天ぷらを入れた麻袋を掲げて見せた。

 相手の冒険者その壱が目を輝かせて袋を見詰める。

「有り難い。こんなに早く来て貰えるとは思ってもみなかった」

「ここでは何ですので、中に入っても良いでしょうか?」

「勿論だ」

 さすがに強い風が吹く場所で品物を受け渡しするのは躊躇われた。

 洞窟の中は奥に行くほどどんどん暗くなる。明かりが無いの?

「暗いですね」

「すまない。みんな魔力を使い果たしていて、この魔光石が精一杯なんだ」

 あれ? 魔力って使い果たすものなの? あたしはそんな感覚全く無いんだけど……。

 冒険者その壱は手に持った魔光石を見せてくれた。魔力が切れ掛かっている様子。

「そうですか。それでは、あたしがその魔光石に魔力を籠めてもいいでしょうか?」

「いいのか?」

「はい。暗くてはやりにくいので」

「それじゃ、頼む」

 あたしは冒険者その壱の持つ魔光石に触れて魔力を込める。

 ピカーッ。

「うぉっ!」

「あっ!」

 あー、びっくりした。

 目が眩んだ。暗い中でいきなり魔光石が目映く光ったら、そりゃ目も眩むよね。だけどこれで落ち着いて受け渡しができる。

 洞窟はほんの50メートルほどで、その一番奥に冒険者5人が蹲っていた。

「おい、食い物が来たぞ!」

「ほんとか!?」

「ああー、神様!」

「……」

 冒険者その壱の呼び掛けに叫んで答える冒険者その弐。蹲ったまま微かに答える冒険者その参。無言のその四、その五、その六。その四は意識が無さそうで、その五、その六が介抱している様子。

 あー、うん、色々ヤバそうだ。だけど商売は商売。とにかく受け渡しをしてしまおう。

 麻袋を開いて……。

 カッチカチだった。天ぷらがクレープ諸共凍っている。これはいけない。袋を覗き込んだ冒険者その壱も明らかに落胆している。

「すいません。今、暖めますね」

 冒険者達はきょとんとしているけど、気にせず火魔法で袋ごと加熱する。火魔法と言っても燃やすばかりじゃなくて、保温器みたいな使い方もできるんだ。

 そして間もなく袋から湯気が立ち上った。

 あたしはアッチッチになってしまったクレープを2つ取り出して、包みを開いて見せる。普通の天ぷらと乾燥天ぷらだ。そして、天ぷらを指差しながら説明する。

「この中のものが天ぷらで弊店の商品です。この包んでいるクレープは天ぷらが汚れないためのもので、美味しくはないと思いますが食べられます。もし、足りない、或いはクレープが口に合わなくて食べられない等の理由で追加のご注文をお望みでしたら、多少お時間を戴くか、こちらの乾燥した方の品物で対応いたします。今回は一度全部凍ってしまったので、味が落ちているとは思いますが、このままで宜しいでしょうか?」

「あ、あ、ああ……」

 何故か、気もそぞろな返事だ。幽霊でも見たようにしている。

「麻袋の代金を頂ければこのままお渡ししますが、中身だけご所望になられますか?」

「ああ、袋ごとで良い」

「はい。それでは代金合計は、1万3600ゴールドになります」

「判った」

 そして代金と品物と受け渡しをした。

 うん。何事もなく商えるのは良いことだ。

「そちらの乾燥したものは、今回、おまけさせていただきます」

「お、おう」

 乾燥天ぷらを持って帰っても仕方ないだけなんだけどね。

「ほら、食い物だぞ」

「あ、ああ……」

 蹲ったままだった冒険者その参は、天ぷらを受け取って1口囓ったところで動作が止まった。

「み、水……」

 どうやら食べ物より先に水だったようだ。それを見かねたらしい冒険者その弐があたしに振り返った。

「なあ、あんた水を持ってないか?」

「鍋か何か有れば出しますよ」

 ほんとはそこまでしてやる義理は無いんだけど、彼らだって遭難しかけて必死なんだと思うから、少しくらい大目に見よう。

「ほんとか!? 助かる!」

 冒険者その弐と冒険者その参が並べる携帯用の鍋に、魔法で水を出して人肌に温めた。

 一番元気な冒険者その壱がその水を冒険者その四に飲ませる。少しだけ、冒険者その四が生気を取り戻したように見えた。

 それには、先に水を飲んで、天ぷらを頬張っていた冒険者その弐と冒険者その参も安堵した様子だ。彼らはこの後その五、その六と交替して、その四の介抱をするみたい。

 彼らは昨日町に戻る予定だったのを吹雪で足止めされたらしい。水も食料もギリギリだったので、一か八か吹雪の中を歩いたものの、冒険者その四が倒れてこの洞窟に非難したらしい。そして燃料も魔力も尽きて、切羽詰まっていたのだと言う。

 聞かなきゃ良かったな……。

 今まで関わった冒険者と違って悪い人達じゃなさそうだ。そんな彼らをこのまま放置するのも寝覚めが悪くなりそうだし……。

 しょうがない。少なくとも彼らが明日まで生き延びられる程度には支援しておこう。

 木を1本切り倒して切り刻んで、乾燥させて薪にして、焚き付ける。洞窟は割と広いので、少しなら焚き火をしても平気だ。追加の水も出しておく。

 一番の問題が暖を取れないことだったみたいだから、これだけしていれば大丈夫じゃないかな。

 店を空けたままなんだから、あたしはもう帰る。


 あっ! 追加料金を貰うのを忘れたっ!

 だけど、薪はあたしが勝手にしたんだし、今更請求もできないよね……。

 とほほ……。


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