02 町へ
近くまで来たら、壁が人工物なのがはっきりした。高さ5メートルくらいのレンガ造りだし。これで自然に出来たものだったらびっくりだ。まあ、遠目でも確実だったんだけど。
とにかく門を探そう。
壁に沿って歩く。歩く。早足。小走り。駆け足。疾走。ちょっと疲れた。別に走らなくてもいいんだけど、延々見付からないんだから焦っちゃうわよ。
ともあれどうにか門は見付かった。
あ、拘束を緩めれば良かったんだ……。その方が疲れなかった筈。何だかがっかりだ。
門を通る人は結構多い。殆どひっきりなし。門番も居て、一人一人通行人のチェックをしている。
そんな所にのこのこ行って、「何か怪しい」とか言われて、いきなり捕まえられたらどうしようとか思わなくもない。とんでもない仕来りが有って、知らないままそれに引っ掛かるとかね。だけど今から他の町を探して見比べて、なんてできやしないんだから、行ってみるしかない。出入りする人の服装が日本から懸け離れているなんてことも無いから大丈夫なんじゃないかな。
とにかく行ってみよう。検問の列に並んで待つ。
そしてあたしの順番。
「身分証を」
「持ってないんですけど」
「辺境からでも来たのか?」
「はあ、まあ」
「なら、この紙に名前を書いて、その下に右手の手形を押してくれ」
門番が差し出してきたのは1枚の紙。板に乗せているところが親切だ。
ただ、手形を押すのにはちょっと抵抗がある。
「手形を押さないとどうなるんですか?」
「ここを通れないだけだ」
「判りました」
答えは単純明快。門番の表情は「こいつは何言ってんだ?」と言った風情。世間知らずと思われたんじゃないかな。まあ、ここの常識を何も知らないんだから、ある意味では世間知らずそのものだ。
だから素直に従う他にない。名前を書いて手形を押す。手にインクがべっとりなのがちょっと嫌な感じだ。
「見慣れない文字だな」
「いけませんでしたか?」
言葉が通じているのでうっかり漢字で書いてしまった。
考えてみれば言葉が通じているのも変よね。これも女神の仕業なのかしら。
「いや、文字を読み書きできない者も多いからな。名前を書くのはおまけみたいなものだ」
「そうなんですか……」
じゃあ、手形だけでいいじゃん、とか思わなくもない。でも考えてみると、偽名を使っていても判らないんだから「おまけみたいなもの」と言うのも仕方ないか。
「じゃ、これが仮の身分証明書だ。正式なものが欲しければ冒険者ギルドにでも登録するんだな」
門番が差し出してきたカードには何か書いているけど、読めない。
女神め、仕事が中途半端だ。どうせなら文字も読めるようにしておいてくれればいいのに。
「あの、これって何て書いているんですか?」
「ん? それは、日付と番号だ。『427年 9月 6日 南00135』と書いている」
「ありがとうございます」
忘れないようにメモ。
日付と通し番号だから、身分証を持ってない人がそれだけ出入りしているってことなのかな。あっさり終わったのもそのせいかも。身分証を持っている人が殆どだから、門を通る人はこの番号の10倍とか20倍とかになる筈。そんな人数を捌くんだったら、身なりが多少変な程度では一人にいつまでも拘っている訳にもいかないわよね。その証拠に、あたしの相手をしていた門番はもう次の通行人の相手をしている。
できれば、門番に冒険者ギルドの場所を詳しく聞きたかったけど、忙しそうで、どうにも気が引ける。町中で通り掛かった人に聞くことにしよう。
門から町の中心に向けては石畳の道が続いている。壁の傍には軍の施設らしき建物しか無い。他の建物は壁から30メートル以上離れている。
とにかく真っ直ぐ町へ。
表通りらしき通りは石畳で、横路に入ると土が剥き出しのままだ。建物はレンガ造りが2割、木造が8割くらいかな。間口は5メートルくらいの建物が多い。
道を尋ねようと通り掛かった人に声を掛けて、立ち止まってくれるのは半分くらい。だけど冒険者ギルドの場所を知っている人は少ない。普通に暮らしていたら縁が無いのだろう。だからか、知っている人でもあまり要領を得なかった。
レンガ造りの役所みたいな建物。ここが門番のお勧めらしき冒険者ギルドか。
そしてもうお昼過ぎ。見付けるのに時間が掛かってしまったから。この調子じゃ、今日は野宿になってしまう。溜め息だ。
とにかく中に入ろう。
中は役所か銀行の窓口みたい。違うのは待合室に鎧を着て剣を提げた人が混じっていることくらいかな。
そう、鎧を着た人はかなり少ない。殆どがごく普通の服を着た、どこにでも居そうな人。ゲームなんかでの冒険者ギルドのイメージとはかなり違う。
さて、じっくり観察するのは後回し。手続きの方が大事だから窓口へ。
「あの、身分証明書を作りたいんですけど」
「新規登録ですね。この用紙に名前と右手の手形をお願いします」
「はい」
また漢字で名前を書いて手形を押した。この世界の文字なんて知らないから、日本語でしか書きようがないもの。
「あ、異国の方ですか?」
「はい、まあ」
「こちらの字の読み書きはできるでしょうか?」
「いえ、できません」
「では、依頼をお受けになられる時はあちらの相談窓口でお受けください」
そう言って受付嬢は別の窓口を指した。門番の話からすると識字率が低そうなのに、何故かその窓口には誰も並んでいない。それもその筈、見れば強面のおっさ……もとい、おじ様が座っている。ちょっと怖い。あれじゃ、みんな回避するんじゃないかな。
「判りました」
「では、魔力紋を取りますのでこちらの水晶に指を乗せてください」
受付嬢は水晶が乗った何かの装置を差し出した。水晶は切手ほどの大きさの四角いもので、イメージにありがちな球状じゃない。
言われたように指を乗せる。そして暫く。ピカッと何やら光った。
「はい、終了です。これがギルドカードになりますので、失くさないようにしてください」
「はい」
「それでは、ギルドの説明をお聞きになりますか?」
「あ、はい」
説明って登録前にするものなんじゃないかな? とちょっと疑問。
まあでも説明を聞く。
何のことはなく、登録することそのものには特に不利益は無いみたい。
まず、ギルドのランクは9から始まって1が最高位になっている。殆どの冒険者はランク5までしか到達せず、ランク2はごく少数、ランク1に至っては殆ど幻のような存在らしい。
ランク9は登録してから規定数の依頼をこなしていない人のランクで、言わば見習い。失敗しても問題にならない依頼しか受けられないらしい。失敗せずに依頼をこなしていけば、10回の依頼をこなした時点で自動的にランクが8に上がる。依頼に失敗すれば、失敗1回につき規定数が5回ずつ増えてゆく。つまりは、ちゃんと依頼をこなす誠実さが求められている。失敗してもランク8に上がりにくくなる以外のペナルティは無い。
ランク8からは失敗すればペナルティも有る。ランク8でもランク1相当の依頼を受けられるが、失敗すれば相応のペナルティを受けることになるので、分不相応の依頼は受けない方が望ましい。ただ、大抵の高ランク依頼には受注可能なランクに制限が加わっていて、実際には遙か上のランクの依頼を受けようにも受けられない。
冒険者としての報酬からは税金が天引きされており、それしか収入が無いのであれば納税を気にする必要は無い。
依頼は、農場や工場などの臨時雇いから魔物討伐まで何でもあり。一部の職種では以前受注した者を指名する依頼も多く、そこから正式に農場や工場の従業員になる者も多い。
とまあ、そんな説明だけど、結局、冒険者ギルドは人材派遣業みたいなもので、冒険者と言うのは日雇い労働者のことみたい。
それと、ギルドには銀行機能も有るらしい。
「それから、ギルドカードは基本的にこの町でのみ有効です。協定を結んでいる町でも利用できますが、多くはありません。そのため、他の町では身分証明書以外には使えないと考えてください」
「はあ、世界中どこでも使える訳じゃないんですね」
「そのような質問をされる方が時々いらっしゃいますが、それは物理的に不可能です。他の町へ行かれる時には預金の引き出しを忘れないようお気をつけください」
「判りました」
考えてみれば、日本の銀行だってオンラインで結ばれる前は預金口座を作った店舗でしか預金の出し入れができなかったと言う。少し違う方向に文明が進んでいると見えるこの世界でも、そう言った部分は変わらないのだろう。