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28 ささくれ

「いらっしゃいませーっ」

 扉が開けば声を掛けるのが商売人の習性だ。店内にお客さんが居ない以上、必然的に迎える言葉になる。

 入って来たのは3人。剣を携えた如何にも冒険者の風采の男性、整った身形(みなり)をした男性、そしてエクローネだった。いつものエクローネなら無表情か微笑む感じなのだけど、今日は固い表情をしていて嫌な予感しかしない。

「貴女がチカさんですか?」

 扉が閉まるのとほぼ同時に整った身形の男性に尋ねられた。

「はい……」

「本日はチカさんにお願いがあって参りました」

「お願いですか?」

 やっぱりお店のお客さんじゃなかった。

「はい。貴女に是非、冒険者ギルドに戻って戴きたいのです」

「仰る意味が判りませんが?」

「僕としたことがすみません。貴女には冒険者を続けて欲しいのです。ランク3の待遇を保証しましょう」

「お断りします」

「そこを曲げてお願いします」

「だから、お断りです。一度登録を抹消すると再登録はできないと伺っていますが?」

 ちらっとエクローネを睨んだら、エクローネが目を泳がせた。

 大体、どうしてエクローネがこんな話をしに来てるんだ? あたしが嫌がってるのを知ってる筈なのにさ。今まであたしに便宜を図っていたのは、結局全部こんな下心が有ってのことだったんだ。ほんとに不愉快だよ!

「それは、僕の権限でどうにでもなります」

「権限ですか?」

「ああっ! 申し遅れました。僕は先日ギルド長として王都から派遣されてきたクワンザムと申します」

「ギルド長さんでしたか」

「はい。ですから、多少のことなら特例として融通を利かせられます」

「ギルド長ともあろうお方が規則をねじ曲げるのですか?」

「規則は大切ですが、牙豚の魔物を仕留められる貴女の力量は市井に置いたままにするには非常に惜しいのです」

 既に思惑が透けて見えている。あたしを便利な道具にでもするつもりだ。

「ギルド長さんがどう思おうと、お断りなものはお断りです」

「そこを何とかお願いします。それに、貴女もギルドを利用できる方が何かと便利ではございませんか?」

「お断りです。もう、商売の邪魔ですから出て行ってください」

 ギルド長はショウケースを一瞥して何を思ったのか、薄ら笑いを浮かべた。

「それならば、ここの商品を全て購入させて戴きましょう」

 ギルド長はドヤ顔だ。

 あたしは引き攣るこめかみが痛い。

「どう言うつもりですか?」

「それは勿論、貴女とじっくりとお話をしたいからです。商品が売れてしまえばお店を気にする必要が無くなるでしょう? それに、何やら経営は芳しくないご様子。僕が購入することで貴女にも利になるのではありませんか?」

 血の気が引いた。

 閉店時間直前なら有り難いかも知れない申し出だけど、閉店時間はまだ先なんだよ。完売したから閉店するなんて、繁盛点じゃないと通用しないんだよ。そうじゃない店が営業時間中に閉めてたら、お客さんには潰れそうに思われるだけだ。売り切れ状態のままで店を開けてて、たまたまお客さんが来たらもっと酷くて、「潰れてしまえ」と思われるよ。

「……にしないで」

「はい? 何と申されました?」

 ギルド長はニヤニヤと嗤う。良い取引を持ち掛けたと信じている顔だ。だけど今の一言には、あたしを見下す根性が透けている。

 とにかくあたしはこいつが嫌いだ。最初の一言から嫌いになってたけどね!

「馬鹿にしないでって言ってるのよ! あんた馬鹿でしょ。馬鹿に馬鹿にされるなんて腹立たしいにも程があるわ! 商売のしの字も知らなくてよくギルド長なんて務められるわね! さっさと辞任してママのおっぱいでも吸わせて貰いに帰んなさいよ!」

「な、な、な……」

 ギルド長は目を血走らせてわなわなと震えている。

 鬱陶しい。そんなパフォーマンスはどっか余所でやってくれ。

「判ったら、さっさと出て行けーっ!」

「下手に出ていれば付け上がりやがって! おい! こいつを黙らせろ!」

 出て行けばいいのに出て行かない。それどころか、ギルド長は顔を真っ赤にして激高して、チンピラっぽい台詞を吐きつつ冒険者を(けしか)ける。

 まあ、剣をぶら下げて来ている時点で最後は力ずくのつもりなのが見え見えだったけどね。

 冒険者はギルド長の指示通りに剣を抜き放つ。

 だけどあたしはそんな奴は放っておいてエクローネを睨む。

 エクローネは忙しなく視線を彷徨わせた。

 もうこいつの名前なんて呼んでやらない。

「受付嬢さんさぁ?」

 ビクッ。

 あたしが名前を呼んだら受付嬢が小さく跳ねた。

 いい加減、この変な連中を止めろ。あんたが止めてくれなくてどうする?

「あんたは今どうしてここに居るのかしら?」

「そ、それは……」

 受付嬢はおろおろするばかりで話が進まない。

「さっさと答える!」

「は、はいっ!」

 ビクッと跳ねた後、受付嬢は項垂れた。

「す、すみません。私もチカさんに、ギルドに戻って欲しかったものですから……」

「そして、あたしに人殺しでもさせる訳ね?」

「ち、違います! チカさんが守ってくれるならこの町の人達が安心に暮らせると思って!」

 心が冷える。

「何から守るって言うの?」

「それは魔物……」

 明らかな誤魔化しだ。昇格の時に何て言ったか忘れたとは言わせるもんか。

 あたしが睨んだら、受付嬢は顔を引き攣らせた。

「……悪事を働く者からです」

「やっぱり、人と戦わせたいんじゃないの。もしもあたしが人と戦うなら、その相手はあたしが自分で決めるわ」

 受付嬢は何かを言い淀むだけで、意味のある言葉を口にしない。

「今まで親切ごかして、結局あんたはあたしの力を利用したかっんじゃない」

「否定は、できません……」

「ほんとに酷い人ね」

 自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出た。

「ごめんなさい……」

「こいつらを連れて、今直ぐ帰っていただけるかしら? そしてもう二度と来ないでくださいね。顔も見たくない」

「はい……」

「僕を無視して話を進めるな!」

 ギルド長が叫び出した。敢えて無視していたのに台無しだ。

「おい! お前も早く……何をやっている?」

 ギルド長は冒険者を振り返って、困惑したように顔を歪めた。

 冒険者は自分の首筋に剣を突き付けている。あたしが拘束魔法で冒険者の手首を捻り上げてやってることだけどね。

「手、手が!」

 冒険者は苦悶の表情で、それだけを言った。必死に手を動かそうとしているみたいだけど、いつかのトカゲでも身動きできなくなった拘束魔法を人の力でどうにかなんてできないさ。

「使えん奴め! ならばエクローネ、お前がやれ!」

 受付嬢は眉間に皺を寄せて首を横に振る。

「ギルド長、もう止めてください。彼女に無理強いしようとした時点で私達は失敗しているのです」

「何を馬鹿なことを!」

「何度も言わせないでください」

 受付嬢が背中に忍ばせていたナイフを抜いてギルド長に突き付ける。

「何をしているのか判っているのか?」

「はい。ですが、この町のためならあなたの首を落とすことだって厭いません」

 この町のためね……。どうせあんたにとってはあたしは余所者だもんね。市民権を買って、家を買って、全然流行ってないながらも商売を始めて……。それでもやっぱり余所者なんだ。

「こ、こんなことをしてただで済むと思うなよ」

 ギルド長は顔を引き攣らせ気味にして、忌々しげに吐き捨てながら店を出た。自分の首筋に剣を突き付けたままの冒険者が続いて、最後に受付嬢が店を出る。

 全員が店を出たところで冒険者に掛けた拘束魔法を解除して、あたしは大きく息を吐いた。


 後で聞いた話では、この日の午後6時半頃に町の北東方向で大きな地響きが続いたせいで、町がパニックに陥ったらしい。

 丁度その時間に町の北東の草原に行っていたあたしは、どんなパニックだったか見ていない。町に戻ったら、夜なのに道端に人が溢れているのを見ただけだ。

 あたしだって怒る時は怒るし、そのやり場に困ることだってある。地面を殴りたくなることだってあるんだよ!

 あたしはこの町の冒険者と冒険者ギルドが嫌いだ。益々嫌いになった。だけど、嫌いだからって拒絶するだけじゃ商売が成り立たないのが悩ましい。

 ここで逃げたら負けだと思うし、逃げた先で同じことの繰り返しなったら立ち直れなくなる。だから別の場所でやって行けると思える何かが掴めるまでは我慢をしなきゃだ。


 夜になって、少し気も鎮まったところで通話石の実験。呼び出すだけで方向が判るのを確認できて一安心した。

 何せ通話石1つは50万円だもの。


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