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22 暗雲と暁光

 また夜が明けて、朝食は昨日の売れ残りのケールの天ぷらで済ませた。朝から天ぷらは微妙だけど、節約は大事だ。

 昨日の反省を踏まえて、今日用意するのは全部で200食分。昨日の売れ残りのじゃがいも、セロリアック、かき揚げは、少し水で湿らせてから揚げ直して試食品にするつもり。全てを揚げ直す時間は無いので、大半は処分するしかないかな?

 掃除をして、草原に行って大きめの爪楊枝を作って、その足で買い出し。店に戻ったら油を絞って、クレープを焼いて、食材の下拵えをする。

 今日はこの後、昨日売れ残った天ぷらの一部を揚げ直して、開店前に大通りに出て試食品として配るのだ。


「天ぷら屋です。試食をやってます。味見してみてください」

 今日は、皿に盛ったてんぷらを手に道行く人一人ずつに声を掛ける。大声を出すとまた怒られちゃいそうだからね。

 残りの天ぷらは鍋に入れて、その鍋を袋に入れて肩からぶら下げている。

「なんだ? これ」

「天ぷらです。美味しいですよ」

 男性が1人興味を示してくれた。皿に盛った天ぷらと爪楊枝を差し出したら、男性は(おもむろ)に天ぷらを口に運んだ。無言のまま少しずつ手の動きが速くなって、天ぷらがみるみる減って行く。全部食べられたら困るんだけど……。やっぱりこの町の人達は遠慮を知らないらしい。

 男性の様子を見咎めた他の男性も寄って来た。

「それは何だ?」

「はい、天ぷらです。試食をやってます」

「試食? タダなのか?」

「はい」

「なら、俺にもくれ」

「どうぞ」

 後から来た男性が食べ始めたら、先に食べていた男性の手が更に速くなった。それに負けじとばかりに後から来た男性の手も速くなる。競争するように二人は天ぷらを口に運ぶ。

 するとまた別の通行人が、「俺にも」「あたしにも」と寄って来る。あれよあれよと言う間に20人近くに囲まれた。

 他人が食べていると自分も欲しくなる心理なのかな? どうしてこう極端なんだ……。

 しかしこれじゃ鍋から皿に盛れない。仕方ないから、袋から出した鍋をそのまま差し出してみる。

 鍋に手が殺到した。

 もう、遠慮とかそんなレベルじゃないよ! 何なの!? ここの人達!

 驚き半分、呆れ半分で溜め息を吐いてる間にも、試食に用意した天ぷらは無くなった。

 今度の試食も失敗だね……。もう帰ろう。

 ……と思ったけど、食べ損ねたらしい人に取り囲まれたままだ。いつまでも立ち去ろうとしない。

「おい! 俺にも寄越せ!」

「もっと有るんだろ!?」

「出せよ!」

 え? 何これ? 怖い。

「すいません! もうおしまいです!」

「は? 何だそりゃ? ふざけんな!」

「何であいつらだけなんだ!?」

「さっさと寄越せよ!」

 もう無いのだと繰り返し言っても聞いてくれない。挙げ句には小突いてくる。そして、それが段々と強くなる。

 もう、やだ! やってられないよ!

 取り囲んでいる奴らなんて構っていられない。押し退けて歩く。肩や腕を掴んで引っ張ろうとする奴も居るけど、そんなのには負けない。髪を掴んできた奴は指を切ったらしくて叫び声を上げた。

 ざまぁみろだよ、まったく……。

 玉突きにでもなって誰かが倒れたらしい怒声もするけど、そんなのは気にしていられない。

 チートなあたしの歩みを止められる奴なんて居ない。ゆっくりだけど、あたしは囲みの外に進んで行く。

 そしてどうにか囲みを抜けた。

 その後は勿論、一目散に逃げ出たよ。


 進んだ方向が店とは違う方向だったので、店には遠回りして戻った。

「へへへ……」

 乾いた笑いしか出ない。試食は失敗だ。もしかしたらやり方が間違っていたのかも知れないけれど、これ以上どうすればいいのか判らない。

 もそもそと昨日の売れ残りで昼食。それでも残った売れ残りは全て乾燥させる。

 乾燥天ぷらなんてものが美味しいかは知らないけど、腐って臭いを発するのだけは避けたいものね。

 それから今日の分の天ぷらを揚げる。


 午後2時開店。あたしはカウンターの中でじっとお客さんを待つ。

 呼び込みも駄目、試食も駄目となると、待つ以外に何も思い付かないんだよ。

 開店2日目の今日、お客さんは1人も来なかった。


  ◆


 開店3日目、食材は200食分用意しているけど、予め揚げるのは100食分だけにした。

 お客さんはやはり1人も来なかった。


  ◆


 開店10日目、お客さんは1人も来なかった。

 これまでに来たお客さんは、エクローネとギルダースさんが2回ずつだけだ。

 つらい。

「えぐっ、えぐっ、えぐっ」

 布団に潜ると、変な声が漏れ出てしまう。だけど、泣いてない。泣いてなんてない……。


  ◆


 開店11日目の日が暮れた頃。初めて一見(いちげん)のお客さんが来た。ちょっと洒落た感じのする女性だ。

「こんな所に、新しい店が出来てたのね」

「いらっしゃいませ!」

「ここは、何のお店なの?」

「はい、天ぷらを売っています」

「テンプラ?」

「はい、これが見本です」

 あたしは、カウンターの上の皿を指し示す。

 そうしたら、お客さんは眉を顰めた。

「これは、人参と玉葱。これは、じゃがいも。こっちは、セロリアック? ケール。それと、ビーツね?」

「はい、その通りです」

「そんなものが、この量で80ゴールド? 市場だと同じ金額で3倍は買えるわよ?」

 お客さんは皿を覗き込んで、少し口を尖らせた。

「はい、食材はそうなんですが……」

「まあ、油を使っているみたいだからこんな値段になるのかも知れないけど、食材が悪いわ」

「はあ……」

「魚、とは言わないけど、せめて肉じゃなきゃ駄目よ」

「魚か肉ですか?」

「そうよ?」

 魚は貴重で、東に山を2つ越えた向こうの港町まで行かないと新鮮なものが食べられない。無いものと思った方がいい。

 肉は日持ちする干し肉を少しずつ使うことが多く、新鮮な肉を誰もがいつも食べられるものでもない。平たく言ってしまえば、貧乏な人が多い。そんな人達は普段に食べないせいで、肉料理ができない人も多い。たまに奮発するなら下手に不味い料理を作るよりも外食にした方が美味しいので、ますます肉料理をしなくなる。肉料理をしないから、外食は肉料理ばかりで野菜料理には見向きもしない。

 冬ともなったら新鮮な肉自体が少ないので、ますます肉料理ばかりの外食になる。料理を出す店なら新鮮な肉を仕入れるルートを確保しているから季節に関係無く食べられるからだ。

 彼女の話はそう言うことだった。

 この町の人達に遠慮が無いのは、裕福じゃなかったからかも知れないね。物価は高いのもそのせいなのかも。

 冬に肉が少ないのは冬前に家畜の多くを潰して干し肉などに加工するかららしい。夏場ならそこら辺に生えている草を食べさせればいいのだけど、冬はその草が生えてないから餌を用意しなくちゃいけない。その餌を確保して家畜を飼い続けるよりも、翌年に必要な分を除いて潰してしまった方がお手軽で安上がりだってことだ。

 あたしが市場で豚の頭なんかを沢山見掛けたのは、たまたまそう言う時期だったんだろうな……。

 だからって確かめようとは思わないけどね!

 多いか少ないかの違いだけで、市場に豚の頭が並んでいることに違いはないんだろうし、あの見た目のきつさがあたしには耐え難いんだ。この世界で生きて行くなら慣れる必要があるのかも知れないけど、あたしにはまだ無理だ。

「こんな、みんな食べ飽きたような野菜じゃ、誰も買わないわよ」

「はあ、すいません。でも、折角ですから試食をどうぞ」

 あたしは試食品を皿に載せて、お客さんに差し出した。勿論、前日の売れ残り。愛想笑いを忘れているのに気付いたけど今更だ。

「そう? じゃあ、折角だから頂くわ」

 お客さんはあっさりと口に運んだ。やっぱりこの町の人達は遠慮が無いのが通常らしい。

「あら?」

 お客さんは首を傾げて咀嚼する。そして全て飲み込んだ後で考え込む。

「まあ、色々言っちゃったから、セロリアックとケールを1つずつ買ってあげるわ」

「ありがとうございます!」

 確かに辛辣に言われてしまったけど、間違ってはいない。耳には痛かったけど。

 それより何より実質で初めてのお客さんだよ! ちゃんと売れたよ!

 いそいそとセロリアックとケールをクレープに包む。それぞれ1切れずつおまけした。

「お待たせしました。160ゴールドになります。1切れずつおまけしています」

「そう。ところで、この包んでいるのは?」

「大豆粉やとうもろこし粉を焼いたものです。美味しくはないと思いますが、食べられます」

「そうなの? それじゃ、そっちのは?」

 お客さんはショウウィンドウの中を指差した。

「はい、それは紙袋です。小さいのが100ゴールド、大きいのが200ゴールドです」

「じゃあ、その小さいのに、こっちの包みを入れて貰える?」

「あ、はい。締めて260ゴールドになります」

「それじゃ、これ」

 ピッタリの金額だった。

「まあ、せいぜい頑張ることね」

 ツンと澄ました感じで言って、お客さんは店を出て行った。

「ありがとうございました!」

 扉が閉まる直前、クスッと笑う声が聞こえたような気がした。

 随分ずけずけとした物言いだったけど、彼女の話は為になることも多かった。特に、東に山を2つ越えれば港町が有ると言う話は有り難い。是非とも行ってみたい。


  ◆


「貴女、まだこんな野菜ばかり売ってるの?」

「は、はい」

「こんな野菜じゃ駄目だって言ったでしょ? せめて種類を増やしなさい」

「は、はあ……」

 ジャガイモやセロリアック、ビーツは拍子木切り――フライドポテトのようなスティックタイプ――のものも用意したけど、まだご不満らしい。

「それから、これから私のことは『お客さん』じゃなく『メリラ』と呼びなさい」

 更に10日ほどが経って、何故か2日と置かずに訪れるようになっているお客さんが、突き出した自分の胸を軽く叩きつつ言った。ぽよんと揺れる胸に少しだけ視線を奪われてしまった。

「メリラさんですか?」

「そうよ? ところで、貴女の名前は?」

「はぁ、チカです」

「ハアチカ?」

「いえ! 『はぁ』は要りません。『チカ』です」

「チカね? 覚えておくわ。じゃ、今日は1つずつ買ってあげるわ」

「はい、ありがとうございます」

 脱いでいた上着を着て商品を手に取ると、「また、来るわ」と言い残してメリラさんは店を出た。

 暇なのか知らないけど、何故かかなりの長居をするメリラさんは、店に入った途端に「ここは、暑いわね」と言って上着を脱ぐのが常となっている。端から長居するつもり全開だ。

 その一方、開店から3週間が経って、ちらほらとお客さんが訪れるようになった今でも1日の販売数は2桁前半しかない。


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