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21 もう一つの不正

「よう、頑張ってるか?」

 ギルダースさんだった。

「いらっしゃいませ」

「張り紙を見たぞ。今日からだそうだな」

「はい」

 開店告知の張り紙は、冒険者ギルド前と役所前に有る自由掲示板に張り出している。それ以外の告知方法は思い付かなかった。自由掲示板と自分の店以外への張り紙は禁止されているし、チラシを配るには紙が高価すぎる上に印刷の問題もある。

「5種類か」

「はい」

「では、3つずつ貰うとしよう」

「かしこまりました」

 天ぷら15個をクレープ3枚に包んで皿に置く。

「1200ゴールドになります」

「では、これを」

「2000ゴールドからですね。800ゴールドのお返しです」

「この包んでいるものは?」

「大豆粉やとうもろこし粉を焼いたものです。食べることもできますよ」

「なるほどな。では、また寄らせて貰おう」

 ギルダースさんは包みを掴んで直ぐに出て行こうとする。

「あ、ギルダースさん!」

「なんだ?」

「あの、エクローネさんに突然謝られたんですけど、理由が判らなくて……。ギルダースさんは何かご存じではありませんか?」

 ギルダースさんは難しい顔をした。そして、意を決したように口を開く。

「エクローネは、チカ殿に対する噂を気に病んでいるのだ」

「噂、ですか……」

「うむ。そもそもあのドラゴンは、俺とエクローネで討伐するよう強制依頼を受けた相手だった。ある村に甚大な被害をもたらしたため、王命としての依頼だ。発見報告を受けて討伐に向かったのだが、現場に着いた時には姿を消してしまっていた。それを捜索している最中にチカ殿が倒したのだ」

「はあ、それでお二人とも不在だったんですね」

 謎が1つ解けた! ……まあ、どうでもいい謎なんだけど。

「ん? ああ、あの不始末はその所為もあるのだったな。申し訳ない。ともあれ、チカ殿のお陰で被害が広がらずに済んだのだ。そうでなければこの町が襲われたかも知れぬ。本当なら町の者全てがチカ殿に感謝しても良いくらいだ。だが、現状はどうだ。ギルドの不始末のためにチカ殿はむしろ悪く言われている。被害者にも拘わらずだ」

 ギルダースさんは眉間に皺を寄せて目を伏せた。

「俺やエクローネの目が行き届かず、すまなかった」

「それは、お二人が悪い訳じゃないんですし……」

「そう言って貰うと助かる。しかし、何人かの職員が積極的に噂を広めていたのだ。その理由は逆恨みによるものだった」

「はい?」

 どうしてあたしが冒険者ギルドの職員に恨まれなきゃならないんだ……。

 ギルダースさんは深く渋面を作った。

「実は、もう1つ不正が有った」

「はあ」

「その話の前置きとして、ドラゴンが適切に処理されていればチカ殿が受け取っただろう金額は8億ゴールドほどだった」

「ええ!?」

 ちょっと、金額が大きすぎて想像できない。

「ドラゴンの素材を正しく査定すれば7億ほどだ。それに、強制依頼の依頼料もチカ殿に渡された筈だ。合わせて8億となる。だが、正式な書類上はドラゴンをギルドで討伐したことになっているため、依頼料もギルドの収入になった。素材については知っての通りだ」

「はあ」

「その一方で、ドラゴンの素材の売却益が10億だったのも本当だ。そこで何もなければチカ殿に賠償金として8億ゴールドだろうと支払えた筈だった。だが、エクローネは賠償金は1億しか払えないと言っていただろう?」

「はい」

「その利益の殆どは、事件が発覚した時にはもう別の負債の返却に充てられていたのだ」

「ええ!?」

 いつ倒産してもおかしくないような経営状態なのだろうか。

「ギルド長を調べる途中で判ったのだが、ギルド長や幾人かの職員による使い込みや使途不明金による隠し負債が有った。巧妙に隠蔽されていて、俺やエクローネはその負債の存在にも気付いていなかった。そして、ドラゴンの売却益もいつの間にかその返済に充てられていた。その結果として、十分な賠償金を支払うことができなかったのだ」

「それは、また何とも……」

 だけど、機密事項なんじゃないの? エクローネが言いにくかったのも判る気がするし、聞かされても正直困る。

 あー、聞かなきゃ良かった。

 あー、でも、聞かないままでももやもやしたままになるのかぁ。

「噂を広めたのも、その使い込みに加担した者達だった。ギルド長が迷宮送りになったために使い込みができなくなった腹いせらしい。取り調べの最中に聞いてもいない事をペラペラと喋ってくれた。そんな者達も迷宮送りにしたので噂も直に収まるだろう」

「はあ……。でも、機密事項ではないのですか? あたしに話して大丈夫なのでしょうか?」

「確かに機密事項と言えば機密事項だが、チカ殿は噂の当事者なのだから十分な説明が有っても良いだろう。こじつければチカ殿を機密の対象外にできなくはないからな」

「こじつけは必要なんですね?」

「そうだ。使い込みの件に関してはあくまでギルド内部の話になるからな」

「初めて聞く話な訳ですね……」

「エクローネは何も話していなかったのだな」

 あたしは頷いた。

「恐らくエクローネは冒険者ギルドやこの町を愛するあまりに話せなかったのだろう。チカ殿にこれ以上ギルドやこの町を嫌って欲しくないのだ」

「愛、ですか……」

 あたしは首を傾げてしまう。あたしが嫌ったからって何だと言うのかな? 何にも関係無いと思うんだけど。お互いに疎遠でいいじゃないか。

「チカ殿は、チカ殿が愛する者が他人を傷つけたとしたらどう思うだろうか?」

「それは、いたたまれなくなると思いますが……」

 突然何の話か判らないけど、愛する人と言われてもねぇ。母親を想像してみるくらいしかできないんだけど……。

「そして、その傷つけられた者に傷つけたのが自分の愛する者だと告げられるだろうか?」

 むむ? 難しい問題だぞ? でも、あれ? そうか。

「もしかすると、何も言わずに謝罪だけしてしまうかも知れません」

「うむ」

 ギルダースさんは深く頷いた。

 つまり、エクローネは冒険者ギルドを愛するが故にギルドやこの町の冒険者達があたしを傷つけただろうことに後ろめたさを感じていると、ギルダースさんは言いたい訳だ。

 でも、もやもやが1つ解消された代わりに別のもやもやが生まれただけだ。

 エクローネが心を砕いているのはあたしにじゃない。冒険者ギルドにだ。何となく感じてはいたけど、あたしにはきっと同情を寄越しているだけなんだ。

 そんな同情なんて欲しくない。

 それに、ギルドがあたしに嫌われないようにって言うのも、八方美人で居たいからとかそんなところじゃない?

「他に幾つか失言をしたようにも言っていたな。多分、エクローネからすれば色々積み重なったものも有るのだろうな」

「失言ですか? よく判りませんけど……」

 昇格の件でのエクローネは業務に忠実なだけだったって、あたしも理解はしているんだよね。その後の彼女の話は殆ど聞き流していたから判らない。

「まあ、失言については言われた方より言った方が気にしてしまうこともあるのかも知れぬな」

「そう言うものなんでしょうか?」

「どうだろう?」

 どうしてここでギルダースさんまで肩を竦めるんだか。

 そして、今度こそギルダースさんは帰って行った。


 少し長話になって遅くなってしまったけど、今晩中にしなければいけないことも残っている。

 小麦の澱粉を沈殿させるのにも時間が掛かるから、夜の間に翌日分のグルテンを作っておかないといけないんだ。

 それだけしたら今日は寝よう。少し疲れた。身体(からだ)は平気だけど気疲れが酷い。

 夕飯は、勿論売れ残りの天ぷらさ。


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