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20 開店はしたけれど

 とうとう天ぷら屋を開店したぞ!

 屋号はそのまま「天ぷら屋」なのだ。考えるのがめんどくさかったからじゃなく、判りやすさを重視してこうなったのさ。

「試食もやってまーすっ! 是非、味見していってくださーいっ!」

 ……殆ど無視されちゃってるね。

 それでもまあ、続けていたら興味を示してくれる人も居ないこともないらしい。買い物帰りの主婦らしき女性が近寄って来る。

「天ぷらです。試食してみてください」

「これは、(ただ)なの?」

「はい、この試食品は無料です」

「じゃあ、貰おうかしら」

「はい、どうぞ」

 試食品を載せた皿を差し出したら、女性は串を一度に10本掴み上げた。きっと掴めるだけ掴んだんだ。

「ああ!」

 想定外だったから変な声が出ちゃったよ……。

「どうかした?」

「いえ……、お一人様1本の予定だったので……」

「だったら、最初にそう言いなさいよ。言わないから全部くれるものだと思ったじゃないの」

 女性は不満そうに言って、10本の串は掴んだまま去って行った。

 やっぱり持って行っちゃうんだ……。戻されるのも戻されるので嫌な感じだけどね。

 しかし何だったんだろう? たまたま最初に来た人が厚かましかっただけだよね?

 だけど、現実は無情だった。呼び込みに応えてくれた人はみんな、最初の女性と似たり寄ったりだった。「お好きなのを1本だけどうぞ」と言うのが通じない。両手の指で数えられる人数だけで、用意した試食品の半分が持って行かれてしまった。100本だ。

 もう、営業妨害の域だよ。

 ……と、一度は思ったけど、貰える物は貰えるだけ貰うって言うのがこの国の、あるいはこの世界の常識なのかも知れない。今までの経験からしても「騙される方が悪い」「貰わないのは馬鹿だ」って感じだもの。こんなんじゃ、日本の常識を持ち込んでも上手く行く筈がないよね。

 だから皿に載せるのは1種類1本ずつだけにした。これならダメージは4本に抑えられる。元々試食して貰うつもりの1本はダメージに含まないから4本だ。

 ただね、できればこんな風にはしたくなかった。ほら、商品って、沢山有ったら手に取りやすいけど、残り少なかったら手に取りにくいじゃない? 必要な品物なら欲求の方が強くなるけど、不要不急ならこの心理の方が強く出ちゃうもの。1本、2本並べてたって、手に取って貰えないんじゃないかと思う訳よ。それに、試食品が少なかったら一度に1人しか相手にできないし、試食して貰う度に店の中と往復しなくちゃいけなくなる。出たり入ったりしてたんじゃ、試食が捗らないもの。

 だけどこの町の住人相手には1本ずつにして正解だったみたい。無視されるか、全部持って行かれるかの2通りなんだ。

 そして肝心の商品が全く売れない。それどころかお客さんが皆無だ。

 でも挫けてなんていられない。呼び込みを頑張るのだ!


 開店から3時間近く経った頃。初老の男性が1人、あたしの方に真っ直ぐ歩いて来た。

「いらっしゃいませ。試食をどうぞ」

「うるさい」

「はい?」

「うるさいと言っている」

「あ、あの……」

「テンプラだかテンプレだか知らないが、延々と物欲しそうに大声で叫びおって、耳障りだ!」

「す、すいません」

「判ったら、もう叫ぶのではないぞ?」

「え、でも、それだと、お店にお客さんを呼べなくってしまいます」

 あたしが反論した途端、男性の表情が険しさを増した。

「それが、俺に何の関係がある?」

「え……」

「お前の店に客が入るかどうかなど、俺に何の関係があるのかと問うている」

「その……、関係ありません……」

 男性の言い分は間違ってはいない。あたしにとっては男性が生活に困っても死んでも関係ない程度には、男性もあたしのことが関係ないことだろう。だからどうにも返事が尻窄みになる。

「当然だ。いいな? もう騒ぐのではないぞ?」

「は、はい。すいませんでした」

「ふん!」

 男性は吐き捨てるように鼻を鳴らして、振り返ることなく帰って行った。


 へへ……、怒られちった……。

 もう店に入ろう。だけど足取りが重い。とぼとぼだ。

 あたしの肩幅より少し広い程度の小さな出窓。その窓を開けて、窓枠に残りの試食品を全て置く。「試食品、ご自由にお取りください」の張り紙もする。

 そしてもうカウンターの中で来ないお客さんを(ただ)待っていよう。

 へへ……、今日はもう頑張れないや……。


 試食品は日が暮れる前には全て無くなっていた。だけど、お客さんは1人も来ていない。

 日が落ちるに従って気温もどんどん下がって、この時間ともなるともう肌寒い。窓を開けているから、その寒さが(もろ)だ。

 まるで今のあたしの気分だよ。

「はぁ……」

 感傷に浸ってないで窓を閉めよう。

 今気付いたけど、店内は真っ暗だ。昼間からそうだったのかな? だったら、お客さんが入る筈もないよね。

 取り敢えず窓を閉める。閉店予定にはもう少し時間があるので、店舗の壁に設えられている燭台の上に魔法で光を灯す。外に出て、外壁に付いている燭台にも魔法で光を灯す。ついでに火魔法で店内を暖める。

 気分が落ち込んだ時に身体(からだ)が寒かったら、心まで寒く感じちゃうものね。

 魔法を憶えていて良かった。魔法を簡単に憶えられるチートが有って良かった。光熱費がいらないのがほんとに有り難い。


 午後7時ともなると外は真っ暗だ。小さな窓ガラスからは暗いことしか窺い知れないけど。

 その小さな窓ガラスは小さな出窓に填め込まれている。窓の板に空けられた丸い穴に填め込まれている。

 もうそろそろ閉店時間だ。

「良かった。まだ開いてた」

 声がした直後に扉が開いて、1人の女性が入って来た。エクローネだった。

「こんばんは。開店おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 エクローネは朗らかに言うが、あたしの方は気が重い。

「お店の中は、明るくて暖かいんですね。外はもう肌寒くて」

「ええ、まあ」

 さっきまでは真っ暗で冷え冷えとしていたけどね。

「それで、調子の方はどうですか?」

「それが、その……」

 今はあまり聞いて欲しくない。答えたくないから目も泳ぐ。

 あたしの様子とショウケースの中とで察したのだろう。エクローネが「しまった」とばかりに顔を歪めてから、眉尻を下げた。

「すいません、変なことを訊いて……」

「いえ、そんな……」

 暫しの沈黙。

「えーと、5種類有るんですね。では、5種類を2つずつください」

「かしこまりました」

 クレープは5食分程度を包むのが限界なので、2つのクレープに包んでお皿に置いた。

「800ゴールドになります」

「では、これで」

「ありがとうございます」

 エクローネはピッタリの代金で支払ってくれた。用意していたのかも知れない。

 エクローネは品物を手に取ったら直ぐに帰るのかと思ったら、何故か佇んだまま。時折もの言いたげな視線を送って来る。

「あの、どうかなさったんですか?」

「ごめんなさい」

「ええ!?」

 何故か突然謝られた。

「ふふ、訳が判らないですよね。でも、本当にごめんなさい」

 エクローネはそれ以上何も言わずに帰って行った。

 全く訳が判らないよ!

 あの様子なら、さっきの調子がどうとか言ったことじゃなく、もっと前のことだろうな。そう言えば、前にもそんな素振(そぶ)りをしていたような? だけど皆目見当が付かない。あたしがどう思うかに関係なく、彼女は職務を全うしただけの筈なんだから。理由も言わずに謝られてももやもやするだけじゃないか。

 そうこう悶々と考えていたら、扉の開く音がした。


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