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19 目眩しそう

 おかみさん達に天ぷらを試食して貰った翌朝。冒険者ギルドに行く。

 覚悟はしていたけど、冒険者ギルドに入ったら聞こえよがしな陰口が飛んで来た。酒場はおかみさんの目が有るからか、冒険者の客が多くてもそんなにでも無かった。

 だけどここは酷い。くらくらする。逃げ出したい。でも我慢だ。

 受付に居るエクローネが回って見える。

 そのエクローネが気遣わしげに問い掛けてくる。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 大丈夫だよ? そう、あたしは大丈夫さ! 頼むからそんなことを訊かないでよ!

 だからそんな質問には答えずに用件を言う。

「あのー、とうもろこしの胚芽だけを買うことはできないでしょうか? それと、大豆は毎日40リブを購入できるだけの量は確保できるでしょうか?」

「とうもろこしの胚芽に大豆ですか? それは穀物商に問い合わせてみないと判りませんけど、少しお待ちいただけますか?」

「はい」

 エクローネは問い合わせるからと、奥の部屋に行った。

 はぁ……。言われてみれば穀物商に尋ねるようなことだった。何であたしはギルドに来てしまったんだ……。こんなのエクローネだって、いい迷惑だよね。まだしつこく陰口も聞こえるし、地面にめり込みたくなって来た。

 無心だ。何も考えないようにしよう。

 そんなことばっかり考えていたらエクローネが戻って来た。何だか冴えない顔色をしている。

「とうもろこしの胚芽だけの販売は、できなくはないそうですが、とうもろこし粒と値段が変わらないそうです。つまり、1万ゴールド分のとうもろこし粒から採れた胚芽は1万ゴールドになります」

「ほへ?」

 変な声が出た。そんなに手間賃が掛かるの? 実際、めんどくさくはあるんだけどさ。

「それと、大豆の方は、毎日1000リブでも大丈夫だそうです」

「ありがとうございます」

 うん、少しだけ安心した。大豆は店頭に並べている量が少ないだけだったんだ。軽く会釈をして、あたしはギルドを出る。

 陰口は最後まで途切れなかった。目の仇にされている気がするけど、どうしてそうまで熱心なのか理解できない。あたしが何をしたって言うんだ。

 やっぱりもう冒険者ギルドには関わらないようにしようかな……。


 冒険者ギルドを出た足で材木屋に行って、長さ40センチメートルくらいのオークの板を買う。そしてそれを持って草原に行く。

 ここで菜箸と串を作るつもり。特注も考えたけど、お金も時間も掛かるので今は自作にする。

 板は風刃魔法を使って切る。これならノコギリがいらないので、買うお金も節約できる。それに、あたしがノコギリを使ったんじゃ、真っ直ぐ切れなさそうだしね。

 板を綺麗に切るには、一撃の魔法で決めないといけない。でもそれだとかなり強い魔法になる。変な所に飛んで行ったら大惨事だ。だから地面に向けて放つように板を構える。そして狙いを定めて魔法を放つ。

 ピシッ。

 板の端っこは使わない。これは(かんな)か何かで削る代わり。そして、菜箸の太さになるように狙いを定めてもう5回ほど魔法を放つ。

 ピシッ。ピシッ。ピシッ。ピシッ。ピシッ。

 今度は、菜箸の太さに割った板の真ん中を割る。

 ピシッ。

 半分に割ったそれぞれを、箸らしく先細りさせるように割る。

 ピシッ。ピシッ。ピシッ。ピシッ。

 それを割った分だけ繰り返す。

 失敗もした。だから上手くできたのは3膳分。

 成功した箸は失敗した箸に擦りつけて角を丸める。最後に、端を削る代わりに切って綺麗にしたら完成。

 串も作り方は同じ。馴染みの竹串よりかなり太くて幅広だけど、まあ大丈夫だろう。試食品を配る時に使おうと思っている。


 帰りがけに紙を50枚買った。半紙ほどの大きさで1枚100円。これを米糊を使って袋にして、入れ物を持っていない人に原価で販売しようとも思っている。

 他にも足りないものを幾つか買い足した。

 これで準備完了。

 開店は1週間ほど先の11月1日に決めた。それまでの間はできるだけコーン油を絞ってストックしておこう。


 開店当日は朝から少々忙しい。これは今日だけのことじゃなく、市場が休みの日曜日以外は毎朝のことになる予定。

 店舗を魔法で水洗いして、調理道具やお皿も水洗いする。まな板、包丁とお皿は熱湯消毒の代わりに魔法で熱を加えて殺菌だ。これならついでで乾かせる。

 掃除が終わったら買い出し。出掛ける時はおかみさんを見習って、走るようにした。体力やスタミナは問題にならないから。多分、一日中走り続けても大丈夫。だから速い分だけお得だ。少しずつ人の間を擦り抜けられるようになって来たし、取り敢えずの目標はおかみさんに置いてきぼりにされないことかな。

 買うのは人参、玉葱、じゃがいも、セロリアック、ケール、ビーツ、それに大豆。ナスは旬が過ぎてしまったので買わない。魚介類は干物がほんの少し売られているだけだし、高価すぎて使えない。

 揚げ物の範疇で考えるなら、鶏のから揚げや豚カツの方が商売として成り立ちやすいとは思う。だがしかし、肉類は鮮度が心配だ。

 市場の肉を売っている一画には腐った臭いも漂っている。それが店頭に並んだ品物からなのか、ゴミ箱からなのかは判らないけど、そのせいで鮮度がはっきりしない。目で見てもよく判らないんだ。

 何より原型を留めた豚の頭やら、裂かれた蛙やら蛇やらが並んでいる光景があたしにはヘビィだ。へび、だけに。なんて冗談はさておいて、酸っぱいものが込み上げそうにもなって、落ち着いて品物を選ぶなんて無理。だから、市場に行っても肉は買わない。買えないとも言う。

 それに何より、開こうとしているのは天ぷら屋なのだ。端から違う料理を混ぜるのもどうかと思う。肉類の天ぷらも考えられるけど、天ぷらって野菜とか魚介とかのイメージだよね。肉はちょっと違う感じがする。

 そんな訳で、メニューは旬の野菜か殆ど通年の野菜を使ったものにしている。今のメニューは、人参と玉葱のかき揚げ、じゃがいも、セロリアック、ケール、ビーツの5種類。じゃがいもとセロリアックは角切りで、ケールは掌サイズに切り分けて、ビーツは薄切りで、それぞれ原価が25円程度になる量を1食分にする。かき揚げの1食分は、勿論1個だ。それらの1食分を小皿に盛ってカウンターの上に見本として展示して、注文を受けたらカウンターの下の大皿から取り分ける手筈にしている。

 1日200食を売るつもりではいるけど、初日の今日は全部で300食を用意する。試食用にも20食ずつだ。

 試食は、1食を8等分したものを5種類、串に刺して提供する。

 売価はそれぞれ80円。経営が成り立つのかどうか微妙な線だけど、200食を完売できればなんとかなる。


 買い出しから帰って、最初にするのは大豆油絞り。1週間の間にコーン油を7キログラムほど絞っているので、3日間は絞らなくてもいい勘定だけど、コーン油100パーセントから大豆油に換わったら天ぷらの味も変わってしまう。そんなことにならないように最初から半分は大豆油を使う訳だ。コーン油に余裕が有る間は大豆を8キロも絞れば十分かな?

 油を絞った後の油かすは粉末にして、とうもろこし粉と小麦のグルテンを混ぜて、捏ねて、クレープを焼く。味付けもしていないし、グルテンにはふすまがたんまり混じっているけど、包み紙代わりだから問題無い。食べられるけど食べない前提だから。

 お客さんが鍋や皿を持ち込むのなんて期待していない。紙袋は用意したけれど、天ぷらの他に100円や200円の代金が必要となったら、買うのを躊躇うと思う。だから考えて、油を絞った残りを使ってクレープを焼くことにしたんだ。

 結局はこれが一番安くつくんだ。クレープ1枚当たり数円ってところだから。

 小麦のグルテンは、小麦粒を潰して小麦粉を(ふる)って(ふるい)の中に残ったものから取る。篩にはふすまと粉にならなかった胚乳が残るので、これをもっと細かく粉砕して水を加えて捏ねて、布にくるんで水の中で揉む。そうすれば、水には澱粉が溶け出して、袋にはグルテンとふすまが残る。澱粉は沈殿させてから乾かして、衣に使う。

 包み紙代わりのクレープを焼いた後は、食材の下拵えをして早めの昼食。それから小麦粉を篩って衣を作って、天ぷらを揚げる。今日は数が多いので、全て揚げるのに3時間ほど見込んでいる。開店は午後2時を予定しているので、午前中から始めないと間に合わない。

 全部揚げ終わったら、試食の分を切り分けて串に刺す。試食品は都合200個になる。


 午後2時少し前。忘れ物が無いか指さし確認。忘れ物は、無い。

「ふんっ!」

 両脇で握り拳を作って気合いを入れる。空手か何かでやってる感じなのかな?

 それはともかく開店だ。まずは店の前で呼び込みをしよう。

「いらっしゃいませーっ! 本日開店、天ぷら屋でーすっ!」


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