12 絡まれた
冒険者ギルドの登録を抹消する手続きは簡単に終わった。カードを返却して証明書を貰うだけだ。受付嬢のエクローネからは引き留められたけど、あたしは頑として譲らなかった。
これからは自力で仕事を探さないといけない。頑張るしかない。駄目だったらまた別の町で冒険者から始めればいいんだ。
とにかく酒場で雇って貰えないかおかみさんを訪ねてみよう。
冒険者ギルドを出る。こことはこれでお別れだ。自分で登録抹消を選んだけど、酒場に行く足取りはとぼとぼだ。後が無い感じがするからね……。
それなのに、ああそれなのに、3人組の冒険者らしき男達に通り道を塞がれた。
「よう、ねえちゃん」
何度か酒場で見たような気もする連中だけど、嫌な予感しかしないし、相手にする気にもならない。引き返して別の道を行こう。
だけどその先に2人が回り込んでまた通せんぼをする。
まったく頭に来る。
「おいおい、無視するなんてご挨拶じゃねぇか」
何が挨拶だ。挨拶なんてしてないぞ。
それはともかく両側を塞がれたんじゃ、引き返す意味も無い。元の道を行こうじゃないか。
「どいて」
「つれねぇなぁ。あんた、3億儲けたんだろ? 少しぐらいお裾分けしてくれたっていいんじゃないか?」
「そうさ、お前があんなドラゴンを倒せるようには見えねぇ。どうせ他の誰かが殺ったをくすねたんだろ?」
何を言ってるんだ? この連中は。3億ってどこからでてきたんだ?
黙っていたら、後ろの男が腕を掴んで来た。
「スカしてんじゃねぇぞ! お前は金を出しゃいいんだよ! さっきギルドから金を引き出してきたのは判ってるんだ!」
「放して!」
登録抹消したから冒険者ギルドに預けていたお金は現金で渡されたさ。それのこと言ってるんだろうとは判るよ。だけどこんな連中に渡す金なんてびた一文無い。だいたい、あたしが受け取ったのは300万円も無いんだ。3億円も無いのは見て判るだろ!
段々と殴りたくなって来た。だけどあたしが殴ったら、こんな連中の頭なんてトカゲより酷いことになるよね? 殺人犯になるのも御免だから殴れない。
「金を出しゃあ、放してやるよ!」
これって明らかに犯罪なのに、近くの通行人は見て見ぬ振り。もしかしたら気にも留めてないのかな。こんな恐喝はありふれた光景だったりするのかな?
だとしたら、とんだ野蛮人の国だ。こんな町は出て行った方がいいのかな。だけどこの町が特別野蛮ならともかく、他の町も似たり寄ったりだったら行った先でまた同じ目に遭うだけだ。やっぱり、できる限り我慢をした方がいいような気がする。
「しかし、なんだ? このねえちゃん。やけに硬いな」
「ムキムキってか?」
「ギャッハハハハハ!」
「放して!」
男達が馬鹿笑いをしながらあたしの身体を探るように触り出したので、反射的に手を振り上げた。
「あんた達! 何やってんだい!」
怒号が響いた。あたしがよく知ってる声だ。途端に男達が狼狽え出す。
「いや、ほら、あれだよあれ、なあ?」
「ああ、あれだよな、あれ」
男達が言い訳にもならないことを言う。
「あんたら、この娘が絡まれた時に店に居た連中だね? あたしは『命が惜しかったらこの娘にちょっかい出すんじゃない』って言った筈だよ? 聞いてなかったとは言わせないよ!」
おかみさんの声はドスが利いていた。
しかし、あの時店に居合わせていたのか……。てんてこ舞いだったから、人の顔なんて見ている暇が無かったんだよね。
「あ……あ……」
男達は目を泳がせて、意味の無い音を口から漏らしている。そんなにおかみさんが怖いのなら、恐喝なんてやらなければいいのに。
「あんたらはあたしの店に出入り禁止だよ。いや、それじゃ生温いね。今度あたしの目の前に現れたら、頭と胴体がさようならするってことにしようか」
「ひっ! ひっ! ひぃぃっ!」
凄むおかみさんに、男達は全身で震えている。あ、なんか股間がびしょびしょだ。
「解ったら、とっととこの町から出て行きな!」
「ひぃぃぃっ!!」
男達は悲鳴を上げて走り去った。倒けつ転びつって感じで。
おかみさんは暫く走って行く男達を睨んでいた。
「大丈夫だったかい?」
「はい、ありがとうございました」
「それにしても、ナイフを出せって言ってたのに、やっぱり手の方が先に出そうになってたね」
「あ! そう言えば……」
思い出しもしなかった。練習はしてた。練習は……あれ? ここ何日かはしてなかったかも……。ほら、家を買ったからさ。
だけど所詮はそれだけだったんだよね。普段はナイフなんて使わないし、戦ったりもしないから、何かあってもナイフの発想が出て来ないんだ。
「まあ、いいさ。だけど悪かったね。あんな屑どもは大抵駆逐したと思ってたんだけどね」
おかみさんは肩を竦めた。
「あ、いえ、おかみさんのせいじゃありませんから」
「そう言って貰えると、助かるよ」
「あの、それでおかみさん、お願いが有るんですけど……」
「何だい? 改まって」
「ギルドの依頼とは関係なしに、おかみさんの店で雇って戴けませんか?」
「どう言うことだい?」
おかみさんは眉根を寄せた。
あたしは市民登録と家や家財の購入とでお金が足りなくなったことと、冒険者ギルドの登録抹消の経緯を話した。
「そう言うことかい。確かに冒険者ギルドの方はドラゴンを倒したんじゃ仕方ないのかも知れないね。だけど、あんたは3億ゴールド受け取ってるって話じゃなかったのかい? それだけあれば、お金が足りないなんてことにはならないんじゃないか?」
「それです! さっきの連中もそんなことを言ってましたけど、何であたしが3億円持ってることになってるんですか!? あたしは3000万円しか貰ってません!」
「エン?」
「あ、ゴールドです」
「ああ、ごめんよ。それはどうでもいいんだ。それより、3000万ってどう言うことだい?」
あたしがトカゲを売った経緯を話したら、おかみさんの眉間に深い皺が寄った。
「とにかく、買った家と家財とやらを見せてごらん。それと売買契約書もだよ」
「はい」
おかみさんを案内して自宅に戻る。
「この家かい」
外観をざっと眺めてから中に入る。
「1500万か。割といいんじゃないか? ちょっと家の売買契約書も見せてごらん」
「あ、はい、これです」
ずだ袋に入れていた契約書を取り出した。貴重品の類は全部このずだ袋に入れて持ち歩いているのだ。
おかみさんは契約書を見て、ほっと息を吐いた。
「良かった。不動産取引税は売り主側で纏めて払うようになっているね」
税金!
すっかり税金のことを失念していた。おかみさんの口振りなら、不動産取得税と言うものは払わなくて良さそうだ。少しだけ胸を撫で下ろした。
「それで、買ったものってのは?」
「こっちです」
おかみさんを案内して寝室へ。掃除の前に買った物全てをベッドの上に置いていたのがそのままになっている。
そしてそれら一つ一つの値段を言ったら、おかみさんが困ったような顔をした。
「なんて言うか、あんたは随分ぼられてるよ」
「え!?」
「パンみたいなものだと交渉なんてしてたら商売にならないんで、元々交渉の余地のない値段で売ってるものだけど、布団や服みたいなものは下手すると3倍の値段をふっかけてくるものなんだよ」
「ええ!? それじゃあ!」
「ああ、布団は全部で30万、古着は2枚で3万が妥当な線だね」
「そんな!」
「鍋なんかも半額とは言わないけど、7割くらいで買えた筈だね」
「そんな……」
あたしは相手の言い値で買っていた。それがこの町の、この国のかも知れないし、この世界のかも知れないけど、その商習慣からしてみればただの鴨だった訳だ。
また泣きたくなって来た。
「だけど、防寒具はいい買い物だよ。これはギルダースの店で買ったものだろ?」
「よく判りませんけど、冒険者向けの店でした」
「だったら間違いないよ。あいつは融通が利かない代わりに端から適正価格で売ってるからね」
「あの、ギルダースさんって?」
「あんたもギルドでよく見てるだろ? 厳つい顔のおっさんだよ」
「あの人、お店を持ってたんですか!?」
ちょっとした驚きだ。
「まあ、店の方はあいつの女房が切り盛りしてるんだけどね」
「はあ……」
「それじゃ、そろそろ問題のドラゴンの売買契約書とやらを見せて貰おうか」




