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11 押し付けないで

 午後からは冒険者ギルド。受付嬢におかみさんの店のウェイトレスの依頼を差し出した。

「これ、お願いします」

「え? これを受けるんですか?」

 受付嬢が首を傾げる。

 何故だ? そんな風にされるあたしの方が首を傾げたくなる。

「はい」

「まあ、止めることはできませんが……」

 受付嬢は釈然としない様子で、あたしのギルドカードを受け取る。

 奥歯に何か挟まったようにするのは止めてくれないかな。はっきり言ってくれなきゃ、何も判らないじゃないか。

「あの、何か問題が?」

「いえ、ドラゴンを倒されたことを伺ったものですから……」

 だから何だと言うんだ。眉間がこうキュッとなる。

「申し訳ございません。不躾をしてしまいました」

 続きを待っていたら頭を下げられた。結局はぐらかされて、もやもやする。

 受付嬢は何事も無かったように手続きを進めて、途中で何かに気付いたように「あっ」と声を上げた。

「あの、少しお話が有りますので、奥の応接間に来て戴けますか?」

「はあ」

 何の話か判らないけど、断る理由も無いんだよね……。


 応接間は質実剛健の印象。冒険者が普段に出入りする待合室が質素だからかなり豪華に見える。受付嬢に促されて座ったソファーはふかふかだ。冒険者と対面するような場所じゃないと思うのだけど……。

 受付嬢も座って居住まいを正す。雰囲気もどこか冷淡な感じに変わった。

「チカさんはランク3への昇格が決まっていますので、その説明をさせて戴きます」

「ランク3?」

「そうです。大型のドラゴンを単独で討伐されたことにより、異例ではありますが昇格が決まりました。本来はランク5になった方に事前に説明するのですが、事後になってしまい申し訳ありません」

「はあ」

 受付嬢が頭を下げるが、ここに呼ばれた理由がまだ見えない。昇格を知らせるだけなら受付で済む話じゃない?

「それで、昇格に当たっての権利と義務について説明します」

「はいぃっ!?」

 変な声だって出るよ! 義務ってなんだ!?

「先に、ランク4について説明します」

 勝手に話を進めないでよ!

 心の叫びも虚しく、受付嬢が説明を続ける。

 権利は、ギルドカードが全国共通で使えるようになること。

 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、多額の罰金と降格を条件に断ることもできる。

 そんな説明だ。

 でもさ。何だか義務の方が重くない?

「次に、ランク3です」

 権利は、ランク4の権利の他、一般には非公開になっている資料を閲覧可能なこと。行政官との面会や国王への謁見が可能なこと。そして支度金として月額50万ゴールドの棒給が支払われること。

 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、ランク4と違って断れば粛正対象になる。

 不穏な気配しか感じない。

「粛正!?」

「はい。権利には義務が付きものですので」

 物は言い様だ。まあ、棒給は魅力的なんじゃないかな。働かなくても暮らせるだけの金額を貰えるってことだから。

 だけど誰かの命令1つで命を失くしかねない対価としては安過ぎる。兵士? それは応募前にそのリスクが有るのが判るよね。こんな風に降って湧いたような話にはならないよね。それに、行政官や国王なんてものと関わっても厄介しか無いんじゃないかな。

 完全にノーサンキューだ。馬鹿馬鹿しい。だけど反論の言葉が直ぐには思い付かない。

 そうしてたら、受付嬢はあたしが納得したと思ったらしい。

「次に、ランク2です」

 権利は、ランク3の権利の他、裁決権と懲罰権が与えられること。支度金が月額200万ゴールドに増額されること。

 義務は、強制依頼が発行されると受領しなければいけないこと。但し、断れば公開処刑の対象になる。

 意味不明。どんな理屈だ。もうこんなの、体の良い粛正だよね? もしかしたらそれが目的?

 もう考えたくも無い。

「最後に、ランク1です」

 ランク1は特殊な存在で、その人個人が国家と同等と見なされる。その結果として、各国の元首と対等に会話できる。

 その一方、国に縛られなくなると同時に属する国を持たないこととなるため、裁決権と懲罰権以外の権利が無くなり、義務も無くなる。裁決権と懲罰権は超法規的に残される。但し、立場を悪用すると討伐対象となる。尤も、ランク1になるには複数の国家の承認が必要で、悪事を働くような者がなることはまずありえない。

 これはもう、強すぎて持て余した冒険者を適当に祭り上げて他人の振りをするためなんだろうな。漠然と思うだけだけど。

「そうですか……」

 正直なところ、ランク1の説明なんてどうでもいい。なるつもりなんて無いもの。

「一応、この町の現状をお話しますと、全国で9人のランク2冒険者の内の3人が居住しています。酒場を営んでいるリドルさんと、ギルド職員のギルダースと私エクローネです」

「へ?」

 酒場っておかみさんのことだよね? そっか、リドルさんって言うのか。それはともかく、話が少し変だ。

「あの、酒場のおかみさんは、元じゃなかったんですか?」

「書類上は現役です。彼女は少々特殊で、ずっと引退準備期間とでも言うべき状況にあります」

 ランク2冒険者は引退しようとしても義務に10年ほど縛られるらしい。その代わりに棒給以外の権利もその間持ったままだとか。

 そしておかみさんはその期間を行政取引のような形で延長し続けているんだって。

「どうしてそんなことを……?」

「それは、リドルさんご本人に直接尋ねられた方が宜しいでしょう」

 受付嬢は優しく微笑んだ。これ以上は自分から話すことは無いと言う意思表示なんだろう。

 仕方ない。これ以上おかみさんについて尋ねるのは諦めよう。

「話を戻しますが、この町にランク2が偏っているのには理由があります。この町にはどう言う訳か、異常な力を持った人が冒険者登録に現れることが多いのです。中には異世界から来たと自称する人も居ます」

「え?」

 異世界から? もしかしてその異常な力を持った人って異世界から転移した人で、それが沢山居る?

 あの女神の仕業かな? でもあの女神にそんな印象は無かったんだけど……。

「その中にはかなり暴力的な者や非常識な者も混じっていまして、ランク2の私達はそんな者達の拘束や粛正も担っています」

「ええ!?」

「できれば、貴女にもその手伝いをお願いしたいと思っています」

「何ですと!?」

 さらっと言うな! 誰かを粛正するなんて願い下げだ。それも誰かに命令されてだなんて、冗談じゃない!

 トカゲの時はあたしも逆上していたからあんなことができただけで、素でやるなんて無理だ。どう考えても流血でしょ? 不思議と魚の血は怖くないけど、それ以外の血は怖いんだ。

「あの、ランク3には義務が発生するって話でしたけど、それを無いようにはできないんでしょうか? 例えば、ランクを5までしか上げないとか……」

「申し訳ありませんが、それはできません。ランクは客観的評価に基づいて決定され、冒険者は冒険者である限りそれを拒否できません。これは、秩序を維持するためでもありますのでご理解ください」

 随分淡々と、簡単に言ってくれる。あたしの将来が掛かってるのに全部そっちの都合じゃないか。そんなのをどうしてあたしが押し付けられなきゃいけないんだ。不満しか無いよ。理解できないよ。

「じゃあ、あたしはどうしてもランク3にならないといけないんですか?」

「はい。通常、ランク4以上になりたくない方は、昇格してしまうような依頼は受けないようにしてらっしゃいますから、今回は、その、想定外でした」

 受付嬢が申し訳なさそうに眉尻を下げる。だけどそんな仕草も小芝居のようにしか思えない。芝居ではなく、彼女が本気で申し訳なく思っているんだとしても、あたしにギルドの都合を押し付けようとしているのは変わらないんだ。あたしは収まらないよ。

「想定外だったのなら、ランク5で留めてください!」

「残念ながらできません。ドラゴンは衆目に晒されたため、誤魔化しようもないのです」

「そんな……、酷い! ランク3なんて絶対に嫌です!」

 何か思ったのか、受付嬢は更に眉尻を下げる。

「どうしても昇格を避けるには、ギルド登録を抹消するしかありません。しかしそうした場合、この町での再登録ができなくなります」

「じゃあ、登録を抹消します」

 即答さ。登録抹消なんてすると思わなくて脅しに掛かったのかも知れないけど、あたしにはギルドに拘りが無いんだよ。


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