10 魔法は便利
ひとまず風魔法は置いといて、別の魔法の練習をしよう。また本を読む。
あー、何だ。魔法は戦闘用として発展したから、応用するには基本の戦闘用魔法を覚えないといけないように書かれてた。着火魔法や飲み水魔法は応用した例として本に載っている。誰でも使えるように、そして安全なようにしているのと引き替えに、これ以上の応用はできる範囲が限られているらしい。さっき試した風魔法も似たような応用魔法だから、これ以上は風の向きを変えられるだけだって。
風魔法に拘らなくて良かった。
そうと判れば、本の真ん中付近に書かれている基本の攻撃魔法の呪文を一通り唱えてみる。さっきの風魔法と同じように、中途半端に意味の通じる言葉が混ざっていて馬鹿にされた気分にもなるけれど、そこはぐっと我慢だ。
試したのは、水の刃を飛ばす水刃魔法、水で壁を作る水壁魔法、強い風を起こす強風魔法、竜巻を起こす竜巻魔法、土や石の礫を飛ばす投石魔法、土の壁を作る土壁魔法、光の玉を浮かべる灯光魔法、火の玉を飛ばす火球魔法の順。水と土には、魔法で生成する場合と周辺に有るものを使う場合との2種類が載っていたので、合計12種類になる。その後は応用魔法として、飲み水魔法、着火魔法、穴を掘る掘削魔法を試してみた。
飲み水魔法と着火魔法は、おかみさんに習ったのとは呪文が違った。ついでに魔力の流れ方も違った。多分、おかみさんが教えてくれた方は昔の冒険者達が呪文を改変したんだ。冒険でよく使いそうだから、応用が利かなくなっても唱えやすいようにしたんだろう。
そんなこんなで本に書かれていて、直ぐに唱えられる呪文は全て試した。つまり、全部で16種類の呪文が載っていた訳だ。応用編の部分ともなると、概念のようなものが書かれていて、「後は自分で応用しろ」って感じ。練習次第なんだろう。
普通ならばだ。
そう、普通なら練習が必要な筈なんだ。だけどあたしの場合、本に書かれていた魔法を一通り試す間に魔力の流れが判るようになっていて、操作することもできるようになっていた。こんなところにもチートが隠れていたのだ! ちょっとだけ嬉しい。
念のために一通り無詠唱で魔法を発動させてみる。
……全て上手く発動した。後は応用だけだ!
応用した魔法の候補は、掃除機、コンロ、シャワー辺りが必須だ。
って、もうどうしたらいいかは解ってるんだけどね。一度理解してしまえば、魔力の流れの操作って自分の手足を動かすようなもので、感覚的にできてしまう。とにかく試してみよう。
「まずは掃除機の実験、と」
親指と人差し指で輪を作って、残りの指は人差し指に添えるように丸める。それを両手で作って重ねて筒に見立てる。最後に、筒に見立てた片方で筒から空気を吸い出すように風を起こす。するとと、手の中を風が流れるのが判った。そのまま地面に手を下ろしたら、土埃が手の中を通って舞い散った。
うふふん。ちょっと気分が良い。麻袋に口金でも付けてしまえば掃除機っぽいものができあがるよね。
「お次はコンロの実験」
料理の時に燃料を節約できるかどうかは出費面で大きく違ってくるので是非とも使いたい。これは火球魔法を投擲する前に止めて、その場に留める感じ。爆発しないようにもしないといけないけど、これは簡単にできる。それより確認しなきゃいけないのは、意識しなくても一定の強さで維持できるかどうか。気を抜いた途端に火が消えたり、ぼわんと大きくなったりしたら駄目だから。
「ここは火球を浮かべたままにしてシャワーの実験よね」
シャワーと言うより蛇口から水を流すようなものなのだけど、今は流れ続けることが重要。これには飲み水魔法を持続させればいいだけだった。おかみさんに習った方ではできないけど、本に書かれた方なら水量調節も持続させるのも可能だった。
さて、火球の方は?
「燃えたままだー」
シャワーの実験中に時々思い出して横目で見た範囲では大きさが変化した様子も無かったから、大丈夫。その場から離れたらどうなるかはまだ判らないけど、天ぷらを揚げてる時に離れるってやっちゃいけないことだしね。
もう1つ実験。魔力を絞って行く。
「消えた!」
火球を消したい時に消すこともできた。これなら、コンロ、正確には薪の代わりに火球を使えるぞ。
「ふぅ」
ちょっと一息。だけど気付けばもう逢魔が時だった。こんな時間に草原なんかに居たら嫌な事を思い出してしまって泣きたくなるけど、じっと我慢。帰りを急がなきゃ。
明日もまた掃除をして、おかみさんの店でまた働くことにしよう。
それにしても、魔法はもっと早く憶えていれば良かったよ。こんなに簡単に憶えられるなんて思わなかったから、しょうがないんだけどね。
これも一応女神に貰ったチートのお陰ってことになるのかな? ムカつく存在だったけど、チートをくれたことには感謝しておこうかな。それに、女神はあのでっかいトカゲより強い筈なんだ。魔法を憶えたせいなのか知らないけれど、女神がデタラメに強いのが何となく判る。それなのにこの世界に来る前に会った女神は全く怖くなかった。もしかしたらあたしが怖がらないようにしていたのかも。
チートで思い出したけど、最近はこの世界に来て直ぐの頃より筋力が上がっているような気がする。拘束魔法が何とか養成ギプスみたいなトレーニング効果をもたらしているっぽい。一体どこまで筋力が上がるのか、少し不安だ。トカゲを一撃で倒せたのもこのためなんじゃないかな。まあ、元からそのくらいの力が有ったのかも知れないけど。
女神の話と言えば、邪神の復活がどうとかって話。まだ一度も聞いたことが無いんだよね。誰かが目に付かない何処かで何かをしているのかな? でもずっと聞かないままの方があたしには都合がいいよね。
翌日になって。
また掃除の続き。でも今日は昨日までより簡単にできる筈だ。
全ての扉を開け放って、表の窓と裏の窓も開けて、魔法で表から裏に向けて風をずっと吹かせながら表の方から掃いてゆく。掃除機っぽいものはまだお預け。最小限なら筒に袋を取り付ければいいんだけど、手頃な筒を探さないといけないから直ぐにはできないんだ。
それでも箒で埃を舞い上がらせて風で奥へ運べばいいから埃を被らなくていいし、掃除が格段に早く進む。二階も一階もそれぞれ1時間程度しか掛からなかった。
床や壁なんかは拭き掃除ではなく、水洗いしてしまう。こんなことができるのも家具がまるで無いからだよね。色々買った後じゃ、きっと難しいもの。水壁魔法の応用で、みかん箱の半分程度の大きさの水の塊を作って、その水を高速、と言っても1秒間に1回くらいなんだけど、回転させる。もっと速く回転させたいけど、慣れていないのでこれが限界。
床は木の板だから手早く済ませなくちゃね。変に水が染み込んで腐っちゃったらいけないから。こんな意味でも今だからできるって感じかな。急げ、急げ、急ぐのだぁ。
「掃除が終わったー」
床と壁の水洗いは1時間ほどで全て終わってしまった。
昨日なんか掃き掃除だけで四苦八苦して、結局挫けてしまったんだから、今日はもう全然違う。魔法が使えただけで楽ちん。時間も短く済んだ。随分な違いだった。




