ゆく年くる年
新しい一年を迎えるための、最後の一日。
月が沈み、太陽がその誇らしげな顔を覗かせれば私達は新しい一年を生きることになる。
その境はとても曖昧で、結局は地続きの毎日であることに変わりはないのだけれど。
「新しい年は喜ばしい事ではありますし、普段より少し豪華に飲み食いはしますが……」
「新年を盛大にお祝いなんて、貴族のやることよねぇ」
「暮れようが明けようが冒険者にはそこまで関係ねぇしな」
と、そう言う彼らの目の前には大皿に盛られた豪華な食事と、テーブル周りの床には大量の空瓶が転がっている。
「どこが関係ないんですかガンガン飲んでるじゃないですか〜!」
これだけの酒瓶を空にしておきながら、彼らに酔った様子は一切ない。
テオドールは時折エレノアに解毒をかけてもらい、酔いを消すというズルをしながらまた一瓶空けていた。
そこまでして酒が飲みたいのか、とシキミは思うのだけれど。きっとそういうものなのだろう。
酒の味はまだよくわからない。
一方、ジークはと言えば解毒をかけてもらっている様子もないのに平然としている。そのうえ、ここにいる中の誰よりも酒瓶を空にしているのだから、もう驚きを通り越してシキミは若干引いていた。
「ご飯はご主人たちが出してくれてますから有り難いれすけれどもォ……」
ガンッと置かれたグラスには、半分ほどになった琥珀色の液体が大きく波打っている。
もう新年だし、と一気に煽った酒は、酒豪でもない普通の人間をあっという間に酔い潰した。
「あらもう酔っちゃったの?」
「酔ってないれすけど!」
「はいよ、口開けなァ」
「あ~」
山と盛られた料理の皿から、テオドールが肉やら野菜やらを取り分けては、無抵抗なシキミの口に運ぶ。
文句を言いながらも咀嚼するのが面白いのか、傍から見れば動物の餌付けのそれをテオドールは淡々と繰り返している。
それをニマニマと見つめるエレノアを含め、三人はかなりへべれけになっていた。
解毒の作用にも限界がある。三人のアルコール摂取量は、優にその限界を超えていれば、もはや焼け石に水である。
そんな三人の有様を酒の肴とばかりに横目で流し、静かにロックグラスを傾ける黒い男と、とろりと溶けたシキミの目が合う。
「私、ジークさんが、酔ったところ見たことないんですけろ」
「酔ってますよ、十分」
「どこがですかァ?」
傍にあった酒瓶をひっつかみ、ジークの前、空になったグラスに透明の液体をこれでもかと注ぎ込む。
なみなみと注がれたそれに、ジークの小さな苦笑が落とされた。
「飲め、と?」
「そうです! 是非とも酔って醜態を晒してくださ~い!」
「もう醜態はお腹いっぱいでしょう」
新しい一年を迎える、最後の一日。
それは、地続きで繋がる、毎日のうちの一つ。
どこかで鳴らされる鐘の音は、”鳩ノ巣”を訪れる冒険者達の騒がしい声にかき消されて聞こえない。
何気ない毎日は多分これからも続いて、それは多分、ちょっとずつ特別だ。
うっすら目元を赤らめてグラスを煽り、挑戦的に笑ってみせた静かな男に、シキミは心底嬉しくなって。もう一口きついアルコールの臭いを口に含んでやった。
──────翌日全員苦しんだ。
新年あけましておめでとうございます。
たくさんの読者、作家の皆様に支えられて迎えた新年です。
平成は終わりますが、また新しい元号に変わり、日々は連綿と続きます。
その一日一日が、みなさまにとって素晴らしいものになりますよう、心よりお祈り申し上げております。
改めましてありがとうございました!
今年もどうぞ「参星」をよろしくお願いいたします!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。