ざ・ちぇんじ!─3
酷く大変な道のりになるだろう、とばかり思っていたダンジョン攻略は、思った以上にスムーズに進み。
……というよりも、いつもと全く変わらないスピードで進み。シキミだけが相変わらずオタついていた。
肉体的には、まぁ女だった時分よりも多少ある気がする。とはいえ、こんなもの誤差の範囲だ。
ほんのちょっとだけ、ナイフを振るう速さが上がったとか、ほんのちょっとだけ、魔物にナイフが深く刺さったとか。……だからなに? である。
「うーん。ちっと身体軽いなぁ〜! イマイチこう……スパッと行かない〜!」
「あっはっは! お猿さんみたいで可愛いよ、テオちゃん」
「ハァ? 喧嘩売ってる?」
「こらこら、喧嘩は駄目ですよ」
じゃれ合い、背中を預け合い、襲い来る魔物達を難なく薙ぎ払ってゆくその姿は、全く以ていつもと変わらず。
恐らく、赤子の手を捻るよりも簡単に討伐されてゆく儚い生命に、シキミは憐憫すら覚えていた。
シキミくんはといえば、インベントリから取り出した、そこそこ強めの剣を上下左右に振り回し。まぐれ当たりで魔物を叩き潰すという暴挙を振るっている最中である。
神器でも出せば彼らの仲間入りはできるのだろうが、この程度の敵に神器を出していたのでは、先が思いやられるというもの。
そもそも、消費魔力も馬鹿にならず。迷宮のような、長期間の戦闘が予想される場所で、おいそれと使うものではないのだ。
己が倒れるが先か、敵が倒れるが先か、そんなデスマッチを繰り広げる趣味はない。
相変わらず、ゴツゴツとした岩壁が続く。
いくつも枝分かれし、曲がりくねったその道を、ジーク達は迷う素振りすら見せずに進んでいた。
マッピングは? と思ったのだが、どうせ「覚えてますから大丈夫ですよ」とか「いざとなったら魔法が使えますから」とか、そんな返しが来るだろうことは想像に難くない。
「あっ、シキミ! そっちに一匹行きました!」
「はっ、はい!」
人外三人の包囲網から、運良く逃れた大きな鼠が、一目散に駆けてきていた。
ぢゅう、という不気味な声を上げ、鋭い前歯が唾液に塗れてぬらりと光る。
「双撃ッ……!」
技名を小さく呟き、振り下ろした双剣に、肉を切り裂く感触が伝わる。
ぐぎゅ、と潰れたような断末魔を残して、地面に四肢を投げ出した鼠は、数度痙攣して息絶えた。
ジークさん達の手にかかれば、声すら上げずに死ねただろうにと思えば、申し訳無ささえ湧き上がる。
だが、目測を誤らなかっただけマシだ。
この身体になってから、視線の高さや手足の長さ、骨格から筋肉。ありとあらゆる感覚に、シキミはどうしても、慣れない違和感を感じてしまっていた。
「まだちょっと慣れてないんだね。大丈夫、俺も違和感凄いから」
「全くそんな風に見えないんですけど」
「兄サンはほら、肉体労働系じゃないから」
肉体労働系の代表格が、体が軽いだの何だのと文句を垂れつつ、いつもと変わらぬ斬撃を見せているというのに僕ときたら。
「ジークさんは大丈夫なんですか……?」
「うーん……高さが、ちょっと。シキミに抜かされてしまって寂しいです」
「そういうことを聞きたいんじゃなかったんですけど可愛らしいので全面的に肯定します」
シキミの真正面に立ったジークは、互いの身長を比べるような仕草をした。
低くなった頭の上に載せた手のひらは、シキミの肩の辺りにぶつかって跳ね返る。
すっかり逆転してしまった身長で、必然的に上目遣いになる黒曜石の瞳に胸を高鳴らせない男がいるのか? いないだろ。
そのままぎゅっと抱きしめ、「もう二度と離さないよ」とかいう、甘い台詞の一つや二つでも言ってみたいのだが、そもそも手放したこともなければ手に入れたこともない。
「……大丈夫ですか? 熱でも? それとも、毒に当たりましたか?」
少し冷たい手の感触が、シキミの額を覆う。
手袋越しではない、滑らかな素肌の感触。──刺激が強い。
「女神…………」
「混乱が入っちゃったんですね。可哀想に。解毒剤の用意がないので、暫く我慢してくださいね」
宥めるように頭を数度撫でられ、シキミは本日何度めかの撃沈をした。
え? 混乱?
知らん。




