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番外編短編目録  作者: 参星
性転換ダンジョン
10/11

ざ・ちぇんじ!─2


「あぁ、困りましたねぇ……」


 たおやかな白い指が、細い(おとがい)をそっと滑る。

 相変わらず長い睫毛(まつげ)は、その瞳へ黒々とした影を投げかけていた。


 より柔らかさを増した、ふっくらとした唇を、甘い溜め息が舐めてゆく。

 細く折れそうな首から、柔らかな曲線を描く肩が続いていた。

 そのまま、綺麗な山形に盛り上がる胸部にまで視線を流して、シキミはハッと我に返った。


 最早この世のものとは思えぬ、美の化身過ぎるその姿に、シキミの心臓が跳ね上がる。


 おかしい、おかしいぞ。これは。


「はぁん、何か良からぬコトを考えているね?」

「ヒェ……」


 ぬ、と後ろから伸びた手に、顎の下を(くすぐ)られる。

 ぐいと向けさせられた視線の先、見覚えのある菫色(すみれいろ)の髪と、深海の青い瞳が映る。


 ──エレノアさんだ。男の。


 ウェーブがかっていたあの長い髪は、影も残さず消え失せ。短く刈り込まれた薄紫が、小さく波打つのみである。

 扇情的に、その豊かさを主張していた胸まで消え失せ、今は立派な胸板が──つまるところ平地が広がっている。

 何も男になってまで巨乳でなくても、と思うのだが。


 色気の塊のような視線は変わらず。

 彼女もとい彼は、妙な色っぽさを兼ね備えた、ただのイケメン。許しがたいとすら思う。天は二物も三物も与えすぎだ。分けてほしい。


「ちょっと、どぉすんのよ、コレ。アタシが "嬢ちゃん" じゃん」


 (かつ)ては見上げるのみであったあの身長は、天罰かというほど低くなり、今やシキミが見下ろす立場となった。


 柔らかな赤銅色の髪はショートボブの位置で緩く渦を巻いている。

 切れ長だった両目は、活発な女性らしい丸みを帯びて、あの狼らしい鋭さは鳴りを潜めていた。


 視界の下の方で、たゆんと揺れるワガママボディに、シキミは思わず呻いた。


 ゲーム内では、装備を着用した際に一番美しく見えるようにしようと、やや控えめな胸にしたのが惜しまれる。アバターに転生することになるなら、もっと大きくしておけばよかった。


 ──まぁ、今は見事に貧相な平野が広がっているんですが。これは。


「嬢……坊ちゃんは随分貧相になっちゃったんだねぇ」

「ひ、貧相っ……! 待って、皆性別変わったんですね? 僕も男なんですね?」


 それぞれの顔を見回せば、皆一様に頭を縦に振る。


 ぺたぺたと両手で顔を(まさぐ)ってみても、形状が確認できるわけでもなく。あれだけ長かった髪は随分短くなっていて、項の辺りで一纏めにされている。


 …………下を確認する勇気はない。


 もし今、鏡を見たなら。酷く困った顔の、陰気で貧相で気の弱そうな青年が、こちらを覗き返していた事だろう。


「こ、これ……元に戻りますか……?」

「ボスを殴れば、おそらくは」

「殴れば」


 まぁ、白銀の糸(アルゲントゥム)の手にかかって殴れないボスなどそういないのだから、戻れることには戻れるのだろう。


 それまでの道程(みちのり)が前途多難なだけで。


「止まっていても仕方ありませんし……先に進みましょうか?」


 以前と同じく、柔らかな微笑みを浮かべたジークさんの、吐息になりたいと思った。



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