ざ・ちぇんじ!─2
「あぁ、困りましたねぇ……」
たおやかな白い指が、細い頤をそっと滑る。
相変わらず長い睫毛は、その瞳へ黒々とした影を投げかけていた。
より柔らかさを増した、ふっくらとした唇を、甘い溜め息が舐めてゆく。
細く折れそうな首から、柔らかな曲線を描く肩が続いていた。
そのまま、綺麗な山形に盛り上がる胸部にまで視線を流して、シキミはハッと我に返った。
最早この世のものとは思えぬ、美の化身過ぎるその姿に、シキミの心臓が跳ね上がる。
おかしい、おかしいぞ。これは。
「はぁん、何か良からぬコトを考えているね?」
「ヒェ……」
ぬ、と後ろから伸びた手に、顎の下を擽られる。
ぐいと向けさせられた視線の先、見覚えのある菫色の髪と、深海の青い瞳が映る。
──エレノアさんだ。男の。
ウェーブがかっていたあの長い髪は、影も残さず消え失せ。短く刈り込まれた薄紫が、小さく波打つのみである。
扇情的に、その豊かさを主張していた胸まで消え失せ、今は立派な胸板が──つまるところ平地が広がっている。
何も男になってまで巨乳でなくても、と思うのだが。
色気の塊のような視線は変わらず。
彼女もとい彼は、妙な色っぽさを兼ね備えた、ただのイケメン。許しがたいとすら思う。天は二物も三物も与えすぎだ。分けてほしい。
「ちょっと、どぉすんのよ、コレ。アタシが "嬢ちゃん" じゃん」
嘗ては見上げるのみであったあの身長は、天罰かというほど低くなり、今やシキミが見下ろす立場となった。
柔らかな赤銅色の髪はショートボブの位置で緩く渦を巻いている。
切れ長だった両目は、活発な女性らしい丸みを帯びて、あの狼らしい鋭さは鳴りを潜めていた。
視界の下の方で、たゆんと揺れるワガママボディに、シキミは思わず呻いた。
ゲーム内では、装備を着用した際に一番美しく見えるようにしようと、やや控えめな胸にしたのが惜しまれる。アバターに転生することになるなら、もっと大きくしておけばよかった。
──まぁ、今は見事に貧相な平野が広がっているんですが。これは。
「嬢……坊ちゃんは随分貧相になっちゃったんだねぇ」
「ひ、貧相っ……! 待って、皆性別変わったんですね? 僕も男なんですね?」
それぞれの顔を見回せば、皆一様に頭を縦に振る。
ぺたぺたと両手で顔を弄ってみても、形状が確認できるわけでもなく。あれだけ長かった髪は随分短くなっていて、項の辺りで一纏めにされている。
…………下を確認する勇気はない。
もし今、鏡を見たなら。酷く困った顔の、陰気で貧相で気の弱そうな青年が、こちらを覗き返していた事だろう。
「こ、これ……元に戻りますか……?」
「ボスを殴れば、おそらくは」
「殴れば」
まぁ、白銀の糸の手にかかって殴れないボスなどそういないのだから、戻れることには戻れるのだろう。
それまでの道程が前途多難なだけで。
「止まっていても仕方ありませんし……先に進みましょうか?」
以前と同じく、柔らかな微笑みを浮かべたジークさんの、吐息になりたいと思った。