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昭和の香り  作者: ノスタルジアな夢子さん
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時を繋いで

気を取り直して茶屋へ向かう。


和風の雰囲気漂う小さな店。


ガラガラガラ。


木枠のガラス戸を開け、店内へと入る。


茶の香りがほっとする。


中年女性のお客を相手にしていた白髪頭の店主が、顔を上げる。


「お、今日は着物か?」


その声に女性客もこちらを見る。


軽く会釈をする。


この店は子供のころからの馴染み。顔を見ただけでどこの誰だか分かる。


店主は笑顔で、


「やっぱ着物はいいな」


「本当、綺麗に着てるわね」


二人に向かい、


「ありがとうございます」


少し微笑みながらお礼を言う。


「いつものか?」


と店主に聞かれ、はい、と頷く。店主は手を動かしながら、


「そんなべっぴんじゃ、そのうちどっかの男に声でもかけられるんじゃないか?」


と茶化す。


すると女性客も微笑みながら、


「モデルに―――とか言われたりしてね」


その言葉に苦笑いする。


「ないですよそんなの」


と言いながら、なんか背中に嫌な汗が……


ついさっき似たようなことがありました、なんてとてもじゃないけど言えない。


「そう言えば最近、着物着てる人増えてるらしいじゃないか。良い事なんだけど、でもよぉ、あれって着せてもらってんだろ?何か見てて苦しそうだよなぁ」


「それはそうよ。着れるひとなんてそうそういないもの」


と店主に合わせるように女性客は言い、私を見る。


「私は趣味でパッチワークしてるんだけど、よく布を使うの。古い布って味があっていいのよねぇ。今は昔の色を出そうとしても出せないんだって。でもそれを分からない人は簡単に捨てちゃうのよ」


ちょっと不満が言葉の端にでる。


この人も私とは違う形で、古き良き物を大切にしている人なのだろう。


「あなたの着てる着物も良い色してるわね。その柄もなかなか見ないわ」


「これも大分古い様です」


と言って片方の袖を広げて見せる。店主は(しわ)の多くほりこまれた顔でにこやかに見てる。


「ほいこれ」


とお茶の入った袋を渡す。お会計を済ませながら、


「ま、またたまには来てくれよ。やっぱ和服は見てて落ち着くよなぁ。ほれ、おまけ」


小さなお菓子袋一つを同じ袋に入れてくれる。


「え?いいの?」


もう私は子供ではないので、ちょっと申し訳ない。


「いい、いい、持ってけ」


「ふふ。得したわね」


傍に居た女性客も、貰っちゃいなさい、と言った風に笑う。


カタ。カタ。カタ。


下駄の音を鳴らし家路へ。


パッチワークか―――昔の物を今様に変えていく。それも素敵かも。


そう言えば今は亡き私のおばあちゃんも、着物を着る人ではなかったけど、古い布を大切にしていた。


おばあちゃんの家は、玄関を開けるとすぐ台所があって六畳二間の部屋があるだけの狭い団地だった。


その狭い部屋の一つに大きな機織(はたお)り機が、部屋の半分を占領するかのように置かれていた。


ある日、おばあちゃんの家に遊びに行くと、部屋の(すみ)に丸められた布が三つ程あった。


「おばあちゃんこれな~に?」


私の呼び声に台所から現れたおばあちゃんは、私が指さしている布を見て、


「あぁ、反物(たんもの)だよ」


「お着物になるやつ?」


「そうだよ」


「見てていい?」


「いいよ」


よいしょっと座って反物を一つコロコロと広げてくれた。


「さわってもいい?」


「いいよ」


それは何の模様も無かったけど、何とも言えない複雑で暖かみのある色だった。手触りは柔らかいけど、所々ぽこぽことしてしっかりした感じがした。


「これおばあちゃんが作ったの?」


「そうだよ」


「へ~すごいね。どうやって作ったの?」


「これでだよ」


よっこらしょ、と立つと機織り機に手をかけた。


それは糸が何本も通されていたが、縦の糸には布を細く裂いた様なものが張られていた。


「これ糸じゃないよ?」


とそれを指して言うと、


「それは、もう古くなった着物を裂いてもう一度使っているんだよ」


「………へぇ。これがこれになるの?」


と反物を指さす。


「そうだよ」


そう答えるおばあちゃんの顔は優しかった。


とても不思議だった。古い物が全く違う新しい物に生まれ変わるのが、まるで魔法だと思った。古い着物が入っているとはとても思えない程ピカピカに見えた。


「ねぇ、私もやってみたい!」


私も魔法を使ってみたかった。


「いいよ。そこへ座りな」


おばあちゃんに言われた通り、機織り機の前の椅子に腰かける。


「これをこうして―――」


と教えられたようにやってみる。だけど足が踏み込むペダルに届かない。


「足、届かないよ。立ってやる!」


「そうかい?疲れないかい?」


「大丈夫!」


ガチャン………トン。トン。 ガチャン………トン。トン。


自分がやると遅かった。


「上手い、上手い」


ガチャン………トン。トン。 ガチャン………トン。トン。


「……おばあちゃん」


「ん?」


「これなかなか進まないよ」


「そうだよ。なかなか進まないんだよ」


さっきから沢山やってる気がするのに、一センチも進まない。心の中がもやもやした。


「…………もう止める!」


「あぁ、いいよ」


優しく笑う。


この時子供心に、魔法は簡単にはかからないのだと刻んだ。


懐かしいなぁ…


おばあちゃんがいたから今の私がいる。


いつの間にか例の横断歩道まで来ていた。


フッとあのカメラマンの顔が浮かぶ。


この車と人がせわしなく行きかう中、古い着物を着た私がただ立つ様は、レンズ越しに一体どの様に見えていたのだろう…。


渡された名刺とメモは帯の間に入れている。そっと帯に手をあて、確認する。


「………」


―――きっと私は行かないだろう。連絡もしないだろう。


―――――それでいい。


歩くうちに何処からか魚を焼く良い匂いが――――――グゥ。


お腹が鳴った。


もうお昼だ。急いで帰ろう。


カタカタ。カタカタ。


軽やかに音が鳴る。




いつか私も、伝えることが出来る人になれるだろうか――――。私が知る強く優しい女性達のように。












夢子より


初めまして。

お久しぶり、という方もいて下さるのでしょう。

秋になりました。何か大切に丁寧に書いてみたいなぁ~という気分になり、久々にペンを取ってみました。

実は、この小説を書いている時に、ある方から古い着物を沢山頂けるという事が起こりました。

こんな事もあるのだなぁ、と一人驚いたりもしています。

最後までお読み下さった皆様、有難うございます。

今回もいつものように月白さん、手際よくタイピングして頂きありがとうございます。

皆様の秋はどんな秋でしょう。

次はいつになるか分かりませんが、またの日まで、お元気で(^^)

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