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ショタフリ  作者: ひろきょ
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ブラコンの模範生



 好きなゲームを手にした翔太は朗らかに目を細めながら、私が待っている入口に来た。

 「なんか腹減ってきたぞ」

 久しぶりの姉弟の遠出に母の許可なしの外食を狙っているようだ。

 「家帰ったら夕ご飯食べられるから――急いで帰ろう」

 「……外食がしたい。お願い、お姉ちゃん」

 私の上着の裾を握りながらのおねだりだ、それも、キラッキラッの目で見つめながらだ」

 「だめ、だめ。家に帰ったら夕ご飯の用意できてんじゃん」

 「嫌だ!」

 「さぁ、帰るよ」

 「……」

 ――また来たか。

 「行くよ」

 そっけなく、やさしいオーラも皮膚の汗腺のどこからも出さずに歩きだす。

 「嫌! じゃここから動かない!」

 ――駄目だ。翔太の思い通りにはさせない、絶対に。

 「圭祐、放っておいて行くよ」

 「おいおい、まだ小さいのに一人に出来ないぞ」

 「いつもの事だから。これ以上のわがままは許しません」

 突き放そうとするが、圭祐も甘々である。翔太を無駄な説得を始めている。

 (――遅くなるだろ? 帰らないとな?)

 (……だって……)

 歩き出し十メートルほど進み二人の話声は聞こえなくなった。

 「おい! 泰代。ちょっと待てよ」

 雑踏の真ん中で恥ずかしげもなく大声で私を引き止めている。

 「何? 聞こえない。もう置いていくから」

 ――今日は秋葉原までわざわざゲームを買いに連れて来てやったのに、これ以上のわがままは許さん。

 圭祐もいるため、私は電気街口改札まで急いだ。当然、外食をあきらめさせるためだ。改札前に着いてから半時間ほどだろうか。機嫌な悪そうな翔太を圭祐が連れて来る。見るからに不満そうだ。この調子だと、今日は口を利かないにちがいない。

 「――遅かったね。買えるよ~」

 (……食べたい)

 微かな声で何かを訴えている。

 「ラーメン食べたい! 食べたいったら――食べたい! 食べたい! 食べたい!」

 ――うっ、うるさい。

 小学五年生にもなって、大声で駄々をこねている。その様は幼稚園児のようだ。見ているこちらが恥ずかしい。圭祐はどうしていいか分からあたふたしている。

 「お願い! ネーネ、お願い!」

 ――きっ、来てしまった。このセリフは私が折れるまで一切妥協しないぞ、というサインだ。

 「だっ――駄目」

 あまりにも堂々と騒ぐので、恥ずかしのあまりに冷静さを失う。

 「お願い! お・ね・が・い!」

 「……えーーと」

 次の説得することばを頭の中で探がしている所だった。

 「圭兄、お願い!」

 今度は圭祐に正面から抱きつき、体を上下に揺らし要求を貫くようだ。

 ――はっ、恥ずかしい。

 「ちょっと! 人様に迷惑は掛けちゃ駄目だって言っているでしょ」

 「いいじゃん! 姉ちゃんの友達だし、それに家族みたいなものでしょ?」

 「ねぇ、お願い! 圭兄、一生のお願い!」

 「そうだな……俺はいいんだけど……泰代も今日は特別ってことで」

 「勝手なこと言わないで、こんなのに付き合ってたいら歯止めが利かなくなるよ」

 圭祐は柳に風と受け流し、しばらく揺さぶられていた。

 「うっ、うっ……」

 最終兵器の翔太泣きである。さきほどの騒がしさはどこへやら……。声を必死で堪え、涙も拭わず静かに泣くのだ。劇場型作戦の始まりだ。周りの人は「かわいそう」という同情の言葉を微かに発して通り過ぎて行く。なぜか私が悪役を買う状況に陥っている。。

 「じゃ、お母さんの許可をとれたらね――」

 過度な甘やかしは教育に良くないとわかりつつも、半分は折れてしまっていた。

 「私が電話掛ける……」

 「圭兄が家に電話して! 姉ちゃんはいい!」

 ――小賢しい奴め! 圭祐が電話したら嫌とは言えないことを察している。

 「いいよ。俺が電話してやるから」

 私の制止を振り切るかのような早業で電話を取り出し、登録してある母の番号に掛けている。

 「翔太、あんたね……」

 お説教が始める前に、翔太は圭祐の後ろに回り、顔半分を出して、したり顔を披露する。

 ――やられた……ダイエット中なのにラーメンかーー。

 「もしもし、藤田です。いつもお世話になっています」

 (あら、圭祐君久しぶりね。)

 「今、泰代さんと翔太君と一緒にいます。今日、僕がお昼忘れて、腹が……お腹が空いているので夕ご飯をお誘いしようかと思っているのですが……」

 (圭祐君だったら、安心できるわ。こっちのことは気を遣わなくていいから)

 「ありがとうございます。すみません、夕食を準備されていたのに……」

 (なんだったら、泰代も食べて……オホホ、少しお下品でしたね。ラジャーよ。)

 「本当にすみません。では失礼いたします。」

 (いつでも遊びに来てね。翔太の家庭教師でお世話になっているから、ご飯食べたい時はいつでも来なさい。その時は連絡しなくてもいいからね)

 「はい、では……」

 圭祐礼儀正しく、母が切ることを確認して電話をしまう。

 「ごめんね……バカな弟で」

 「いや、いいよ。俺の弟みたいなもんだし……」

 「義理の弟になるかもね」

 上目遣いでこちらを見ている。さきほど芝居は女優ばりだ。

 「絶対ないから! 母さん何か言ってた?」

 「特に――かな……おまえん家って家族総出で俺を応援してくれているんだな」

 「そうかな? まぁ、将来医者になるし、お世話になるかもしれないからでしょ」

 「そうだな……」

 圭祐はそっとため息をつき、わざと大きく笑って見せた。

 (ごめんなさい……ばかな姉で)

 翔太は勝利の蜜に酔いしれながらも、今度は後ろから顔を思いっきりくっつけ、声の振動でそっと圭祐に伝える。

 (気にすんな……向こうの婚約が決まるまでは――がんばってみるわ)

 翔太は返答の代わりにただ強く抱きついた。


 「へっ、ラーメン決定だぜ!」

 「もう……。ラーメンかー、私この辺、不案内だからなー。圭祐知っている?」

 「秋葉原なら、ジャングルラーメンがうまいって先輩が言っていた。今調べるよ」

 文明の利器で店の位置を調べている。

 「あった。ここから五分くらいだな。とんこつ味大丈夫?」

 「僕ね、とんこつ味が一番好き――」

 本当に幼い。親に喜びを与えるために迎合するように頷き、目線を再度合わせる。

 「さっさと行くわよ。あんまり遅い時間食べると太るから」

 「ねぇ」

 そういうと翔太は私のおもむろに手を繋ぐ。

 こいつは本当に憎めない奴だ。私はこれまであざとさを使う間もなく生きてきた。私の分まで、いやそれ以上にそんな図々しさを消化してくれているかのようだ。

 「恥ずかしくないの?」

 「全然!」

 ――まったく、しょうがないんだから。

 少し不機嫌になっていたが、こういう可愛い事を平気でするから、許してしまうのかもしれない。

 「圭兄とも繋いだら?」

 「……」

 私は執拗な天使役を無視する。

 「冗談だよ。まだ僕のものだからね」

 「……なによ、全く。自分のラーメン代はちゃんとお小遣いから出すのよ」

 「圭兄お願いします!」

 「はいはい。仰せのままに」

 「あんた、もう少し大人になりなさい。見ていて痛いから」

 「姉ちゃんは、もう少し鋭敏になりなさい、見ているこっちが気を遣う」

 「エイビン? 何なのそれ?」

 「有名私大生でもわかんないなら、俺の覚え間違えかも……」

 「そうね――背伸びして文語的に話さなくてもいいからね」

 「はーい、心得た」

 なんだか昔の圭祐みたいな含みある言い方をしている。懐かしさを感じる反面、男独特の回りくどい表現に苛立ちを吐く。

 「圭祐が家庭教師しているから、最近あの子が昔のあんたみたいな話し方になってるんだけど……」

 「言葉遣いまでは教えてないぞ。」

 「もっと厳しく躾なさいよ」

 「人様の子どもに厚かましいことできるものか」

 「これだから一人っ子は……子どもを駄目にする親になると思うわ」

 「……」

 返事もせず、少し吹き出したように

 「お前に言われたくないかな」

 「何?」

 「なんでもないよ」

 


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