幼馴染とショッピングへ
3
私達は神奈川県の郊外に住んでいるため、秋葉原駅までは京浜東北・根岸線で小一時間ほどかかる。翔太は東京に行くのに慣れていないため少し不安な様子だ。子どもだから無理もないし、東京には魔物が住んでいるため神奈川県民や埼玉県民はたとえ物理的に距離が近くても東京に行くことを躊躇するものも多いのが現実だ。
秋葉原駅に到着すると、翔太は私の手を握ってくる。
「どうした? 怖いの?」
「そっ――そんなんじゃねぇよ!」
見た目が小学三年生ほどではあるが、背伸びをしたい年頃かもしれない。
――ちょっと、かわいいかも……。
「なんなら抱っこしてあげようか?」
私はあれだけ来るのが嫌だったが、これだから翔太のお出かけはまんざらでもないのだ。
「ふん、小さい子じゃあるまいし――バカか……いいよ」
強がっているが、あたふたしていることが口ぶりからわかる。
――翔太が小さい頃はよく習い事に行く時、手をつないで行ったな。
階段を降り、電気街口の改札の前には通勤帰りの人という人で混雑していた。圭祐は慣れない喧騒の中、私の手をますます強く握ってくる。そして、歩き方もより一層ぎこちなくなっていく。
ところが、改札を出るとすぐに、翔太は私の手を離した。何事が起きたのかと辺りを見回すと、目の前には圭祐が照れくさそうに待っている。
――やはり来たか。そんな感じがしていたが……。
「よう! 俺もこのゲーム欲しかったから、暇だし来たぞ」
「――圭兄、来てくれたんだ」
「おうよ。アニメンドには限定ストラップ付きだからな」
「そうだんだよね。俺、学校のバック付けるんだ」
翔太は圭祐にべったりと抱きついた。ちょっと嫉妬している自分がいる。
「圭兄ちょっと臭う――香ばしい匂いがするよ」
「昨日徹夜だったもんだから……教授の研究室にずっと入り浸りだった」
「お風呂入ってないんだー。大変だね、お医者者になるのって」
「お前も頭が良いんだから、なれるよ」
「そうかな? あんまり将来の事考えてないけど……」
「ごめんね――気を遣わせちゃったね……」
せっかく来てくれた圭祐を無下に出来ないため、適当にお礼を言った。
「べ、別に、いいよ……行こうぜ」
圭祐も照れくさそうに一度合わせた視線を眼前にそびえるビルに逸らした。
――こいつはかわいくないな……うん、絶対ないわ。
「早く! 早く行こう」
「アニメンドの場所は知ってるの?」
「あぁ、ここから歩いて五分くらいでいけるぞ」
「私、通学路線にあるんだけど、あんまし来ないんだよね。道案内人がいて助かったよ」
「そうだろ」
少し嬉しそうに逸らせた視線を戻して、したり顔をする。
翔太は圭祐が大好きだ。彼を見てあれだけ不安にしていた顔もどこかに消えてしまっている。圭祐も翔太のことを大切にしてくれている。忙しい時間にわざわざ翔太のために勉強を教えてくれてくれたり、これから買うような対戦型のゲームで遊んでくれたりしている。
圭祐には何度か告白をされているが、どうしても恋愛対象としては見られない自分がいる――ただの幼馴染でしかないからだ。
圭祐は小さい時は馬鹿なことばかり言い、ふざけていたが今では落ち着いた大人になっている。同じ大学の女子にはかなりもてるらしいが、誰とも付き合おうとしない。
理由はわかっているが、こんな私のどこがいいのかと自分でも思う。数回振った後、もう諦めるだろうと思っていたが今時珍しい一途な男だ。
他愛もない話をしながら、すぐにアニメンドに到着した。
「圭兄、ゲームは何階に売っているの?」
「六階で販売しているからエスカレーターで上がろう」
「楽しみだなー」
翔太の笑顔はここに来てから笑顔が絶えない。エスカレータの上で喜びのジャンプをしている。
「落ちるから、じっとしてろ」
そう言うと、圭祐は翔太の手を握る。
翔太も気を良くしたのか、まだ、ちょこちょこ飛び跳ねている。
「危ないから!」
「はーい」
少し怒られていても喜んでいる。私が言うとほっぺを膨らまして拗ねるくせに圭祐の場合は素直になるようだ。
――圭祐はきっといい父親になるだろうな。
そんなどうでもいいことを考えつつ目的地まで移動する。
「先行販売のゲーム販売はこちらになります」
何人かの店員さんが即席のカウンターの前でまるで祭りのように熱心に宣伝している。
「残りわずかとなっております。ご利用の方はお早めに」
「ねぇ、早く! 早く! 完売になる」
翔太が私達を販売所までせかす。
「「はい、はい」」
圭祐と私の返事がシンクロした。
「なんだか親子みたいだね」
「そうだな」
圭祐の顔は少し赤くなっていた。
――そういうつもりで言ったんじゃないのに。
「『トゥウェルブ・バルドル』二つ下さい」
翔太は一番端にいた中年の女性店員に満面の笑みで注文をする。
「二つでいいの? お友達の分かな?」
「圭兄の分も合わせて二つです」
(かわいい……)
店員さんは小声で呟く。胸がときめいているみたいだ。
さすがショウタスマイル恐るべし。
「景品が余ったから、特別に二つあげるね」
「いいんですか? やったー。お姉さんありがとうございます」
「じゃ、袋の中に入れておくね」
「こっちの圭兄の分もお願いします」
店員さんの視線が圭祐に向く。
「……はい、入れておきますね」
なんだか今度はそっけなく景品を雑に袋に入れた。
――この人、わかりやすいな――気持ちが顔に出るタイプだ。
そう思いつつ、私は圭祐が黙って目配せしている姿を見て密かに楽しんでいた。
一瞥を向けた案内によるとキャラクターグッツが五階で販売している。
ここまで来たのだ。密かに抜け出し太陽君のストラップを購入しよう決めた。
太陽君とは翔太の愛読本『週刊少年雑誌スプリングボード』の野球漫画に出て来る身長が低く、一番熱血な男の子だ。私の最近のお気に入りのキャラである。
――……欲しいけど、こっそり翔太の本読んでいるのがわかってしまう。
と、知られずに手に入るように極意ミッションを開始する。
「あの――私トイレに行って来る。」
「わかった、俺らこの辺りにいるわ」
ゲームを購入出来て、共に満面の笑みを浮かべている。
(今がチャンス!)
エスカレータを急いで掛け降りた。胸が躍る。
――どこ? 私の太陽君はどこなの?
広いフロアの中を血眼になって探す。
――なんでこんなに一杯グッツが置いているのよ。これじゃ定員さんに聞くしか……。
しぶしぶレジ前まで足を運んだ。
「あ、あの……太陽君のグッツはどこでしょうか?」
ほとんど小説しか読んでこなかった私は少年雑誌のキャラクターグッツを買うことに躊躇い恥じらいを感じる。――ものすごく抵抗があるのだ。
「その漫画のグッツは四階になります」
「わ、わかりました」
気恥ずかしのあまり、顔を下に向けたまま返答をした。
――くっぅ! 早く行かないと……。
疾風怒涛で再びエスカレータを掛け降りる。
(どこ? 急がないと、あいつらにバレてしまう)
暫く捜索活動をしているとフロア奥に特集コーナーが設置してあった。
――あった!
遠くからでも分かる。あの目、髪の色、そしてチビたん感で。
いちもくさんに駆け寄る。この疾走感オリンピックも夢じゃない……。
――あった! 私の太陽きゅん。しかも限定品だ。
怪しい笑みを浮かべて観賞用と併せて二つ手に取る。
「あっ、いたーー」
振り返ると翔太と圭祐がこちらに向かってくる。
「本当だな――おまえこんなの読んでるの?」
「俺のを内緒で読んでるんだよ。バレバレなのに」
男二人は私をからかうようにわざと大げさに笑う。
(なぜ? なぜ読んでいることがわかった?)
「……なんで知ってるのよ?」
私は赤面した。
「背表紙みたら何度もその漫画だけ読んでいたのがわかるよ。背表紙に白い筋思いっきり入ってたし」
いたずらな薄ら笑みを浮かべている翔太がいる。
「別にいいでしょ! 私だって漫画ぐらい読むわよ」
「太陽君あ・い・し・て・る!」
店内にも関わらず大声でふざけ出した。
「ちょっと、静かにして。恥ずかしいでしょ」
「別次元に寄っているんじゃ、そりゃ男もできないよ」
(こいつめ――腹立つ)
私は親指と人差し指で翔太の口を塞いだ。
「ン・ン・ン・オ」
と、言いながらも完全におもしろがっている。
「だからさ――圭兄と付き合えばいいって言っているのに……」
私の手を払い、空気の読めない言葉を放つ。
「うるさいっ! 黙って! 置いていくよ」
圭祐が私に片思いしているのを知っていて、無理やりくっつけようとしている。圭祐はというと恥ずかしそうに頭を掻いて笑ってごまかしているようだ。
「もういい! ただ見ていただけだから。買わないし!」
年甲斐もなく意固地になってしまった。
「あっ、ごめん、ごめん。いいですよ。見てなかったことにするし」
表情に怒りが出ないように建物から出ようとする。
「先に行ってるわ」
(ちょっとふざけすぎだぞ――翔太)
(えっへん)
と、話し声が聞こえるが共に愉快にクスクス笑っている。
――ムカッちんだ。あの子ったら……