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ショタフリ  作者: ひろきょ
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ご近所のヒーロー



 翔太が勝手に設定した一時半になった。私は玄関で待っているが、奴ら御一行は来る気配がない。

 おそらくゲームをしているに違いないので、踵を返し、翔太のある階上へ足を運ぶ。

 「ここは変化割合を出す問題だよ。さっき教えた解き方で答えを出してみて」

 「はい」

 部屋に入ると二人は勉強をしていた。疑っていた私は自分を一瞬、ほんの一瞬だけ恥じた。

 なぜなら机の引き出しの音から微かに聞こえるゲーム音が聞きとれたから。

 「やっぱりね」

 「なーに、お姉ちゃん」

 「引き出し……ばれているから」

 「しまった、電源を落とし忘れたか」

 悪びれることもなく圭祐の後ろに回り込む。

 「圭祐! もうしっかりしてよ」

 「ご……ごめん」

 「さっきの反省はどこいったのよ」

 「翔太がどうしてもって言うからさ……断れなくて」

 「それにもう一時四五分なんですけど!」

 「「もうそんな時間……」」

 兄弟のように二人同時に同じ発話をして、ゲラゲラ笑っている。

 「私、行きたくないんだけど……」

 「ごめん、ごめん。ほら、翔太行くぞ」

 「寝ぐせあるから、ちょっと待って」

 (あほ毛のままでいいのに……って私は何を思っているんだろう)

 「待てない! 早くして!」

 「うーん……じゃ、いいや」

 (いいのか……恥じらいはあるのに)

 「駄目だ! ほら帽子で隠せよ」

 圭祐は机の脇に掛けてあった赤色の帽子を翔太の頭に深くねじ込む。 

 「帽子嫌なんだよね……頭蒸れるんだもん」

 翔太はどんな事に対しても文句を言う。ただ不満があるわけでもなく、言いたいだけなのだ。それによって彼は自分に他人の目を絶えず引きつけておきたいという願望があるのかもしれない。

 「アイム・レディー」

 と、言いつつも鏡の前で鍔のお気に入りの角度を探している。

 「今度は本当にいいよ!」

 帽子の鍔は結局後方に向けて、かわいさとあざとさ全開の姿でお出かけ準備ができた。

 

 横浜駅から徒歩五分ほどのサッカーショップに行くことにした。圭祐に言わせれば、他のどの店よりも品ぞろえがいいようだ。

 翔太は外出が大好きである。特に家族とのお買い物は自分の好きなものを何でも買ってもらえるからである。今回は幸い、母が三万円という大金を渡してくれたので、私のバイト代を死守する必要もないだろう。

 それにしても両親は翔太に何でも買い与える。私は高校時代にバスケットボール部に所属していたが、簡単にボールやシューズなど買ってもらえなかった記憶がある。ボロボロになったシューズの購入依頼をする際、親から必ず何か小言をもらってギリギリの金額を与えられていたことを考えると、翔太は本当に恵まれているし、とことん弟贔屓だと感じる。

さらに、翔太の場合、合宿や遠征があると、必ずどちらかの親が積極的に応援したり、参加したりしている。一方、私の場合は勝手に行って来いというスタンスであった。

 以前、翔太にはどうしてホイホイ物を買い与えるのかと、反発したことがある。母の言い分は驚くべきものであった。理由として翔太は激しい部活でどんなに大切にしてもすぐにボロボロになるからだそうだ。私は女の子だからという曖昧な理由で物を大切にできるためギリギリまで使わせていたそうだ。

 年が離れすぎているおかげで、翔太は一人っ子のような扱いをされているのは事実だ。問題はそれを当り前のものとして、貪るように享受していることが少しだけ許せない。

しかしながら、私も容易く批判はできない。翔太と買い物に行く時は、必ず何かおもちゃ、ゲーム、またはスポーツグッツをおねだりされ、買ってしまうからだ。


最寄りの駅までの道中、翔太は必ず近所の人たちに声を掛けられる。こいつには魔性の力がある。――外面がとても良いのだ。 

「ショウちゃん、お出かけかい?」

さっそく三件隣で一人暮らしをしているおばあちゃんからのお声が掛る。。

「うん……今日はね……お姉ちゃんと圭祐兄さんと一緒に買い物なの」

どこから声を出しているのかと思うぐらい翔太の声は幼さを含んだ甘ったるい声だ。

「よかったね」

「おばあちゃん、足大丈夫? もう痛まない?」

「心配してくれるのはショウちゃんだけね……はい、これ皆で食べなさい」

シルバーカーからおはぎを取り出し渡そうとしている。

「――おばあちゃん、そんな贅沢なもの頂けません」

(これから買い物に行くのに手荷物だけ増えるのはごめんだ)

「これぐらい安いものだし……それにショウちゃんに私があげたいの」

「おばあちゃん、ありがとう」

あどけない顔に、白い歯をむき出し、顔をシワくちゃにする。奴はおはぎが大嫌いにも関わらず……

「また、友達と遊びにおいでね。好きな駄菓子買っておいたからね」

「うん! バイバイ」

 暫く歩みを進めると、澄ました顔で仰ぎ見てくる。

 「はい! これ持ってといて」

 「あんたが貰ったんでしょ? 私持ちたくない」

 「圭兄……いい?」

 「いいよ」

 圭祐は少しの戸惑いもなく自分の鞄に入れた。

 「こら! 持てないんだったら自分で断りなさい」

 「……」

 今まで隣で歩いていた翔太は距離をとるように圭祐の後ろに回り込む。

 「もう……言うこと聞かないなら、連れていかないよ」

 翔太は圭祐の袖を掴み左右に揺らすことにより助けのサインを出す。

 「まぁ、まぁ……これぐらいだったら別にいいから」

 結局、翔太の周りのほとんどの人達が翔太の信者なのだ。

 「あら、ショウタン。お姉ちゃんとお出かけ?」

 今度はクラスメイトのお母さんが庭から声を掛けてくれる。

 「――はい。横浜駅まで買い物です」

 「いいわね。ちょっと待って……これ駅の中の待合室で食べなさい」

 「さっちゃんのお母さん、ありがとう。これすごく好きです」

 今度は少し低め声と片口角上げスマイルで接している。

 どうやら沙織ママは胸キュンモードだ。翔太だけしか見ていない。さらに、翔太が次に手にしたものは大袋のマシュマロだった。

 (またか……あと何連戦続くのだろうか……)

 

 翔太フィーバーで徒歩十分ほどの駅までの道のりが半時間ほど掛ってしまった。もう圭祐のバックにはお菓子は入り切らず、私のバックまで破裂するほど入っている。

 これから外出だと言うのに、みんなお菓子を無尽蔵に与える。自分たちも常識がないと分かっていると思うのだが、こいつの顔は母性本能を最大限燻られるように生れついている。何かをあげたい衝動が抑えられないのだ。将来は医師でなく、立派なジゴロになれると確信している。


 駅の待合室では、私は家に帰ってから食べなさいと、忠告したにもかかわらず、お菓子をパクパク食べている。

先ほど昼ごはんを食べたばかりだ。成長期なのためか、結構な量を口に運んでいく。周りの視線を意識しているせいか、家のがつがつした食い意地はいずこに、ゆっくりと優雅にマシュマロを食べている。

翔太は外出時、大勢の老若男女から注目を浴びてしまう。生まれつき茶色の髪は、太陽光によってさらに染めたような光沢を放ち、色白なので日本人には異常なほどの色のコントラストがかしらに備わっている。おまけに眼の色が父と母がそれぞれ有している黒とこげ茶色だ。それらのダブルコントラストがより一層、ひと目を引き付ける。

通り過ぎる人があの子可愛いと、言うセリフは正直うんざりである。そんなことは、私がこの世の誰よりも知っているのだから……。

 圭祐も私も幼少の頃からずっと美男美女だともてはやされているせいか、こういう状況には耐性が付いてしまっている。達観した子持ち夫婦のように首を上げて、視線を前に向けて座るのみである。

 「――はい、もう終わり。夕ご飯が食べられなくなるよ」

 「……」

 ものすごい腕力でマシュマロの袋を離さない。

 「離しなさいって……」

 「あと一つだけ」

 「そうやって……いつも全部食べるよね?」

 「圭兄にあげるって……」

 「駄目! こんな大袋でもう半分以上食べているから……お腹壊すから……」

 サッカーを始めて、筋トレをしているせいか、力勝負が互角になってきている。

 「……お願い」

 椅子の上に膝を支えに、身を乗り出し耳元で囁く。

 「……ネーネ」

 今度は、私の肩下の上腕筋部分に頭を擦りつけてのおねだりモードに移行する。その間にも左手の菓子袋は断固として離そうとしない。

 その時だった、マシュマロ袋はこれ以上引き伸ばされるのは迷惑だと、怒り出す。

 「「あっ」」

 袋は儚く、勢いよく残っていたマシュマロを解放していく。そして、スローモーションンのように構内に散らばっていく。

 「何すんだよ!」

 「あんたが手を離さないからでしょ。拾いなさい!」

 「嫌だ。明らかに姉ちゃんが悪いから……俺は絶対に拾わないから……」

 いつもの姉弟喧嘩の勃発だ。

 「ほら!」

 「……」

 翔太は腕組をしたまま、目も合わさずふくれっ面だ。

 これはもう駄目だと散乱したマシュマロを拾おうとした。

 「俺が全部拾っておいたから……体裁悪いからゴミ箱に捨てるなよ。」

 「……ありがとう……ごめん」

 そういうとゴムの髪留めを外して、袋を結び急いでバックにしまった。

 「圭兄ごめん……」

 「おまえの事――心配して言ってくれているんだ。姉ちゃんにも謝っとけ」

 「ふん……悪かったな」

 右手を腰にあて、左手の人指し指で私の顔を指して、敢えて意地悪そうに謝罪をする。

 「人に言われてから謝るな。そう言う奴は嫌われるわよ」

 「学校ではちゃんとしているから」

 (感じ悪い! なんか偉そうだし。どうして親みたいな姿勢で物を言うのだろうか)



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