将来は安泰なんて楽観的なんですけど……。
3
もうすぐ正午を迎える。翔太と圭祐は飽きもせずゲームを続けている。日曜日はソファーに座りながらテレビをぼうっと眺めているのが好きだ。
なのに、こいつらと来たら……。
「圭兄、敵が雄叫びをあげたら、防御魔法をすぐに使って」
「わかった。そのあと右に二回転して炎みたいなのを連続避けるパティーンだな」
「そうそう――あっ、来たよ」
男という生き物は全然成長しないものだと呆れている。圭祐のゲーム熱は小学生からまるっきり変化していない。
「ブレイク・ショット! ダン・ダン・ダン」
「だいぶヒット・ポイント削れたな」
「もうすぐだよ……せーの」
「「汝、安らかに眠らん」」
「やったぜーーー」
小学五年生と同じレベルではしゃいでいる圭祐は医学部生ではなく、糞ガキだ。
(こいつら、あほか……)
私は隣に座ってテレビを見ているが、携帯ゲーム機から流れる音楽と奴らのボタンの連続的な不協和音が私を不快にさせる。視聴に全く集中ができないのだ。
「――ちょっと、いつまでゲームやってるのよ!」
「……何?」
翔太は絶対自分からは謝らない。
「朝からずっとゲームばっかりじゃん、もう終わりにしてよ。五月蠅いから」
「……ごめん」
圭祐は正午近くの時計をみて、さすがにマズイと思ったらしい。
「泰代、今日は休みなんだから、ゲームくらいいいじゃない」
「限度があるって……私の頃は一時間までだったのに……」
母は完全に男共側の味方をしている。
「おばさん、すみません……ちょっとやりすぎてしまいました」
「いいのよー。気にしないで。それより昼ごはん作ったから食べて行って」
「いえ……朝ごはんを頂いて、昼食もだなんて……」
「おばさんが一緒に食べたいの。翔太もそうでしょ?」
「うん!」
キッチンにいる母と男たちの他愛もない対話が始まる、私を挟んでだ。どこかの県のお土産のオブジェのようにテレビを見ている私は蚊帳の外である。
「私は朝ごはん遅かったから、まだお腹空いてない」
「少しでも皆で食べよう!」
母がやさしい声で誘う。
「――いい」
本当にそうだったし、我慢強い姉が対抗できる唯一の手段は静かに拗ねることだった。
「泰代……また……家出しないでね」
母が私の様子を察したのか、深刻そうな声色から、語尾は喜劇的な声色でおどけてみせた。圭祐は昔、私の家出騒動に関わっているし、翔太も母から聞いたらしい、三人ともクスクス笑っている。
(あぁ……本当に……腹が立つ)
ふいに玄関から開錠の音が聞こえてきた。父のお帰りだ。
「やばい……圭兄、ゲーム機隠して」
翔太は父にゲームをしている姿をあまり見られたくない。この間、休みの日だが一日中ゲームをしてこっ酷く叱られたからだ。急いで、手に持っているモバイルを圭祐のバックに忍び込ませる。
(――わかっているよな? 黙ってろよ」
母に聞こえないように、ドスの聞いた声で私に念を押してくる。
「ヒロちゃん、いいよね?」
母は黙って親指を立てて、青信号サインを即座に送り返す。
(あざとい奴め……)
「――私、父さんに言うから」
「言いたきゃ言えば! 模試の結果と圭兄の前で言っても今日は無駄だぞ」
父は聡明な圭祐に全幅の信頼を置いている。だから、塾を辞めさせてまで圭祐に家庭教師を頼みこんだ。圭祐がゲームに関わっていたと、知ったとしても、お咎めはほぼないだろう。
「その性格の悪さなんとかならないの?」
「やることはやってますから――エッヘン……」
鼻の下をお母さん指で擦り、したり顔の披露だ。
私は呆れて軽くため息をつくことしかできなかった。
父が帰宅した。父は私立高校の英語科の教員をしている。現在はバトミントン部の顧問をしている。
いつもなら午前の部の活動時間は昼の一時までなのだが、今日は参加者が二人しかいなかったらしく、早めに切り上げてきたそうだ。
「こんにちは。お帰りなさい、おじさん」
「――圭祐君か。いらっしゃい。いつも翔太がすまないね」
「滅相もないです。いつもお月謝をありがとうございます」
「いいんだよ。あれでも少ない方だと思っているんだよ。翔太が中学生になったら、もう少しあげるから、今後も頼むよ」
「そんな……がんばってくれていますし、指導しているこちらも勉強になります」
圭祐の前ではヒツジのような柔らかな笑みを浮かべ、一礼までする始末だ。
「今日は休みなの? レポートや小テストなんかが忙しい学年じゃないの?」
「えぇ、毎日医学用語や知識の詰め込みです。昨日で今週の分のレポートは書いて、来週の小テストは普段より少なめなので、今日はゆっくり過ごせます」
「――そうか……おい、母さん、昼食は私の分を圭祐君に……」
「ちゃんと、五人分用意してありますよ」
「さすがだな」
「うふ――長男みたいなもんですから」
二人は非常に仲が良い。この年で新婚みたいな雰囲気を醸し出している。
結局、私も強制的にファミリー・ランチに付き合わされた。昼食も豪華で、ハンバーグとステーキの洋風セットでレストラン顔負けの気合の入れた品だった。おそらく今週の一番おいしい食事を圭祐のために投入したのだと思う。朝食が胃の中に残っている私に脂肪たっぷりの肉料理は味がするようでしなかった。
「おばさんの作る料理は本当にうまいですね」
「そりゃ、長男のためですもの。毎週来てもいいのよ」
母の言葉に翔太がビクつき反応する。
「じゃ、来週もゲームしに来てよ。七時に集合で! 約束だよ」
いつもと違う朝食と昼食に味を占めたのだろう。しかし、同時に墓穴も掘る。
「ゲーム? 今日もしてたのか?」
父が怪訝そうな顔して翔太に問い詰める。
「……一時間だけだよ、たぶん……」
(嘘がバレバレだよ……あんた)
翔太は、思った事はすぐに言ってしまう、心情がコントロール不能な人種である。申しわけなさそうな上目遣いの様子も相まって、父は尋問を続ける。
「――たぶんって何だ? その様子じゃまた朝からいままでゲーム漬けていたんだろ?」
「ち、違うって……ねぇ? 圭兄?……」
「ちゃんと一時間だったわ」
母は毅然とした態度でフォローを忘れない。
「すみませんでした!」
突然、圭祐は馬鹿正直に翔太との今日の出来事を告白し、頭を下げる。
「僕も好きなゲームで朝からさっきまで翔太とプレイしていました、本当にすみません。以後、気を付けます。やっぱり嘘を吐くのは良くないと思うので……」
「――そうか、それならいいんだ」
怖そうな表情が頼りにしている圭祐がスケープゴートになることにより、緩み、徐々に父の表情が通常モードにシフトする。
(え? 叱らないの? 私の時はビンタだったけど……)
「――少し怒鳴ってしまったな……すまん」
「僕も久振りの休みで羽を伸ばしすぎました」
「――圭祐君は謝らなくていいんだ……本当に気にしないで、さぁ、食べて」
圭祐は珍しく萎れている。
「あなた、男の子はこんなものよ。騒がないで」
「そうだな……すまん、すまん」
(これで翔太も反省しているにちがいない)
隣に座っている翔太に眼を向けると、顔色一つ変えず、何事もなかったかのように平静を装い座っている。私はそんな翔太にしびれを切らした。
「こら! 翔太も謝りなさい! もとはと言えば、自分がゲームしたいって誘ったんでしょ?」という発話の直前だった。
「ねーね、今日、サッカーシューズ買いに連れてって!」
真犯人捜しを妨げるかのような絶妙な合いの手だった。
「何よ? 今そんなの関係ないじゃん」
「お願い、おねぇちゃん!」
「駄目、お父さんに連れていってもらいな」
「姉ちゃん、今日休みでしょ? また圭兄と遊びに外に出かけたい」
きらきら輝くふたつの宝石で私をじっと見つめてくる。つむじの寝ぐせを立てたまま。
(駄目だ……これは偽りの顔で、これに屈してはいけない!)
「圭兄もいいでしょ?」
「俺は大丈夫だよ。どんなのがいいの?」
二人とも私と正反対の性格をしており、立ち直りが早い――超楽観的野郎だ。
「大川選手モデルがいい。みんな持っているんだ」
「それいくらぐらいするものなの、圭祐君?」
母が少し高めの声色で完全に先ほどから漂っていた曇った空気を変えにきてくる。
「そうですね……確か一万円くらいだったと思います」
「了解よ。圭祐君これで翔太をお願い」
おもむろに財布からさ三万を取り出し、渡そうとする。
「余ったお金は三人で夕ご飯でも食べて行きなさい」
(勝手に私も人数に加わっている……)
「いえ……僕がそんな大金を頂くことはできません」
「――じゃ、泰代が持ってなさい。翔太を頼むわね」
「……は、はい……」
「じゃ、一時半に出発ということで」
翔太の完全な勝利である。末っ子の力は恐ろしいものだ。
「圭兄、少し時間あるから、二次関数を教えてよ」
「わかった」
「じゃ、俺の部屋に行こう」
「今日はせっかくの休みなのに、家庭教師なんていいのよ」
「――いえ、来月には高校数学に入っておきたいので、少しだけ。俺も来年からは忙しくなって教える回数も減るかもしれないですし……」
嘘に嘘を塗り固めた表情で吐いたセリフだと両親にはわかるはずもない……




