圭佑はアウト・オブ・ガンチュウ!?
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朝の騒動が一段落し、私は朝食を食べ始める。お世辞ではないが、母は料理が得意である。日曜日ということもあり、朝からベネディクトエッグとミネストローネの黄色と赤の豪華なメニューを食すことができる。私が好きな銘柄のコーヒーからも漂う優雅な香りと共に気分はすっかり社長令嬢である。圭祐も朝から翔太のゲームに付き合わされていたこともあり、私と一緒にティーブレイクでテーブルを囲う。
「美味しい」
「今日は圭祐君も来ていたから、頑張っちゃった」
母は翔太と同じくらい圭祐にベタ惚れしている。
「気を遣っていただいて、どうもすみません」
圭祐は小さい頃は絶えずふざける奴だったが、医学部に入学してから大人として箔が付き、すっかり落ち着いた様子だ。人間というものは自分に誇れるものがあると激変することがある。圭祐の場合、医学部入学が通過儀礼となったのだろう。
「そんな堅苦しい話し方しなくてもいいのよ。小学生頃みたいな話方でね」
「いえ、さすがにそれは……」
昔の自分を思い出したのか圭祐は、照れくさそうに苦笑する。
「そうそう、この間、翔太が全国模試で二位だったのよ。これも圭祐君の家庭教師のおかげね。」
「いえ、翔太は理解が早いので、教えているより説明している感じです。それよりも毎月決められた時給より多くいただいておりますので、今月からは……」
「あら、いいのよ。下手に高い塾行かせるぐらいなら、安いものよ」
母はまだぐずっている翔太の頭を撫でながら、お礼を言う。
「時給っていくらなの?」
「一時間五千円だけど」
「えっ」
母はあっけらかんと言うが、驚いた。なぜなら私の喫茶店で働く時給のおよそ六倍以上あるからだ。医学部は家庭教師代が高いと噂で聞いていたが、ここまで相場だとは思わなかった。
「俺は、半分でいいって言っているんだけど――毎月受け取るのが忍びないかな……」
「翔太って全然勉強してないけど、何でそんな成績いいの?」
「記憶力がすごくいいのと、考えたり、知識を応用したりする力がかなりある。今は中学三年生の理系科目と英語を教えているよ。将来は医学部も目指していいレベルだと思う」
「本当に? 私達の家系からお医者さんが誕生するなんて夢みたい」
母は圭祐のことばに気をよくしたのか、顔が緩みっぱなしだ。
「私はものすごく努力して、なんとか上位だったのに信じられない! 習い事は全然続かないし、熱しやすく冷めやすいタイプだから、私よりバカだと思っていた」
翔太はこちらをじっと睨め付けてくる。先ほどのおふざけが堪えた様子だ。
「俺は姉ちゃんと違うの……」
「私は努力型だけど、あんたは天才型だね……すごい」
「……」
沈黙を守ろうとするが、片方の口角が一瞬上がり、喜んでいるとわかる。単純だ。
「いいなぁ。私も翔太みたいだったら医学部に行けたのに……」
悔しさを敢えて表情に滲ませながら、大げさに嘆いてみせた。
「……」
先ほどまで尖っていた一瞥が和らいでいくのを感じる。
「ふん――。俺もお茶飲む」
(よしよし……ようやく機嫌が直ってきた)
やがてお茶が翔太の前に運ばれてくると突然饒舌に語り出す。
「いいか、圭兄のおかげで学年でも、県内でもトップなんだ。もうすぐ高校の数学も教えてもらえるし、俺も圭兄みたいな医者になりたい――そして家庭教師をしたい」
私と圭祐は軽く吹き出した。
頭は切れるかもしれないが、考えていることはやはり小学生である。
「姉ちゃん、何笑っているの?」
「いや――なんでもないよ。翔太はすごいよ。立派な夢じゃん」
(あぁ……どうかこのままで)
この後も、自分の学習方法や圭祐がどんな勉強をしているのかなど一生懸命に語っていた。最近バイトでトラブルがあって、気持ちが落ち込んでいたが、穏やかな日曜日の朝に弟と喧嘩したり、仲直りしたりしている内に鬱気味な気持ちはどこかに消えてしまっていた。
「圭祐君はいい人いないの?」
穏やかに過ごしている中、母は急にどうでもよい恋愛話を圭祐に振って来た。
「いや――僕はモテないですよ……」
「そんなことないわよ。医者の卵だし、顔もいいし引っ張りだこなんじゃない?」
「肝心の子には全然靡いてもらえないですから……十年以上片思いですかね」
「バカな子ね――こんないい男放っておくなんて。母さんもし若かったら絶対にアプローチはしているわ」
「ちょっと変なこと言わないでよ」
慌ててその場の空気を変えようと別の話題に振ろうともさせてもらえず、
「泰代、あなたはどうなの? 昔からいろんな子に告白されていたじゃない。結局、誰ともお付き合いせずに、今までずるずる来てるんだから、母さん心配なのよ」
これ以上攻められても困るので、何かうまく母をかわす話を思案する。
「父さんや母さんのせいでしょ? 高校まで塾や習い事ばっかりさせて――部活もあったから、高校生までは本当に大変だったんだから……」
「その塾や習い事が嫌で家出したこともあって、減らしてもいいってなったけど、結局減らさなかったのはどこの誰なのよ」
母強し。口では負けてしまう。この気まずい雰囲気をなんとかしたい。
「俺、圭兄の好きな人知っているよ!」
空気の読めない翔太の爆弾発言で、その場は静まり返る。
「ちょっ――翔太。それは内緒でって……話だろ」
暫くして慌てだした圭祐は隣の翔太をくすぐり出した。
「ごめん――プゥーー言わないって」
「おばさんは知りたいです。圭祐君がどんな女の子好きになるか」
「絶対に内緒って男同市の約束だっただろ?」
「わかって――冗談だか――ラアハハ」
いたずらな笑みで母をみて足をばたつかせている。
「さぁ、『トゥエルヴ・バルドル』のクエスト終わらせよう」
「はーい」
薄いこげ茶の瞳と黒い瞳は真偽を隠すかのように眉頭に収め、おどけた顔をしてみせた。
「ですって?」
母はウインクをしながら、小声で呟く。
「興味ないわ――圭祐はない!」
竹を割ったような性格だと言われる私だ。あいつにはまったく興味がないので、はっきり母に伝えた、小声ではなく圭祐に聞こえるように。
「あんた本当に男見る目ないね。笑っちゃう」
「どうぞ、お笑いになってくださいませ」
(やっぱり、最悪の休日だ――)




