だがしか~し
5
水曜日は五時間目までしかなく、早く家に帰れる。空はすっかり機嫌を取り戻し、明るい笑顔を見せている。
「この後どうする?」
皆樹のお誘いの常套文句である。
「少しお腹空いたし、早崎屋にでも行く?」
「うん」
早崎屋とは内の近所にある駄菓子屋さんである。最近はコンビニや卸売業をすっ飛ばした大型スーパーなどの小売業者の台頭により、郊外といえども今時、儲からない駄菓子があることは珍しい。
しかし、僕の近所には子ども多いことや、子どもが好きで、気さくな老夫婦が営んでいることもあって、個人商店にも関わらず景気が良い。
「私も行きたいな」
話を聞いていた樹里ちゃんと聡明も加わり、いつものメンバーで店の前で待ち合わせることにした。
家に帰ると、いつもと違う母親がいた。
「おかえり、ショウちゃん」
「ただいま」
背景にはお花畑が広がっているかのように、ヒロちゃんはご機嫌だ。
「今晩、圭祐君のお母さんと女子会なの、カレー作っておいたから、泰代と一緒に食べてね。お父さんも部活の指導があるから遅いみたい」
「えー、ヒロちゃんだけずるい……」
「ごめん。今度は家族で一緒に行くから……今日だけね」
「ムー」
ふくれっ面をして、無理だとわかりつつ、母を引き止める。
「じゃ、次行く時は焼き肉ね……」
「はいはい、いいわよ」
「今日友達連れてきていい?」
「いいわよ。じゃ、ご飯多めに炊いておくね」
駄菓子屋メンバーの人数を伝えて、着替えるために二階にあがる。お気に入りの帽子をやんちゃ風に被って、半ズボンと薄い青のパーカに着替える。
(決まってるぜ……フッ。そうだせっかくだしヒロちゃんにお小遣いもらおう)
「姉ちゃんは?」
「夕ご飯までには戻るって連絡あったよ」
「ねー、早崎屋行くからお小遣いちょうだい」
無意識に上目遣いにして、遠慮深く且つ恥ずかしそうに言う、これで絶対母は落ちる。
「もう……本当に甘えん坊さんなんだから……泰代には内緒ね」
「うん」
作戦の成功だ。姉もそうだが、母もちょろいものだ。
「じゃ、行ってきますー」
「行ってらっしゃい」
急いで店に駆けつけたが、皆はすでに店の前で待っていた。
「遅いわ、翔太!」
「ごめん」
「そんな遅れてないじゃない」
樹里ちゃんは庇うように、聡明に突っ込む。
「ただ言ってみただけよ……あんたも乙女ならわかるでしょ?」
「自己主張が強いところ直しなよ」
「これだから小姑とは……」
聡明は樹里と絶えず、すったもんだしているが仲はいい。
「今晩、家に両親いないから、皆ご飯食べにくる? 姉ちゃんはいるけど……」
「「いいの?」」
皆樹は遠慮しているようだったが、まんざらでもない様子だ。
「じゃ、お菓子沢山食べすぎないようにしないとね」
樹里ちゃんはしっかりしている。
「俺はいくらでも入るから、所持金全部使って食いまくるぞ」
「あたしも」
男子という生き物は、子どもの頃から欲望に歯止めが利かない生物である。
「いらっしゃい」
今日はおばあちゃんがお店の当番である。
「「こんにちは」」
「いつもありがとう」
「おばあちゃん、ウシ麺ちょーだい」
皆樹はラーメンが好きである。
「あたしは……今日は、カップ焼きそばにするわ」
痩せの大食いの聡明はミニカップではなく、レギュラーサイズを注文する。
「私は翔太くんと一緒にする。何食べる?」
(どうしようか)
女子の決めてほしい要望に応えるのは末っ子には難しいスキルだ。自分第一主義の僕は人のことなんかどうでもいいと普段思っているが、樹里ちゃんだけは別だ。
(彼女の今日の気分を考えると……このあとご飯食べるし……うーーん)
「おい、まだ決まらないのかよ」
皆樹が急かす。
「うーん、ちょっと待って」
いつもは親や姉に選択権は委ねているので、こういう状況は苦手だ。
「ミニワンタンなんかどうかな?」
「いいよ。実は、私もそれ食べたかったんだ」
(ほんとはウシ麺の方が良かったのに……)
ともあれ普段は気を遣われてばかりいるか、いざ立場が逆転すると自分は主導権を握ることに向いてないことを痛感する。
母からお小遣いを五百円もらったので、ミニワンタンのほかに、うみゃー棒やらポテトチップスやらチラリチョコバリューパックやら皆で分けられそうなものを買い漁る。
「おまえ、すごいな……」
皆樹はお菓子の山によだれをすする。
「よかったら皆食べなよ」
「太っ腹~、イケメンよ、あんた」
聡明は遠慮がない。他の二人を差し置いて、どんどんお菓子を口に運ぶ。
「ちょっと……遠慮しなよ」
「いいじゃない……ねぇ、翔太?」
「樹里ちゃん、いいよ。遠慮しないで食べてよ」
「じゃ、遠慮なく」
「ほんと、あんたってげんきんな奴ね」
「あんただけに言われたくないわ」
樹里と聡明は姉妹のようにたわいもない会話もする。
「翔太の家で『デトゥエルブ・バルドル』やる?」
このグループは樹里ちゃんも含めてかなりのゲーマである。
「やる、やる。私、煉獄クエスト制覇できないから手伝ってよ」
樹里はもう超難易度が高い煉獄クエストまでやり込んでいる。
「えっ? もうそこまで行ってるの? ジョブは何?」
僕は驚いた。
「今は剣士で、お共に賢者の役割を果たす魔法系のペットで攻略している」
「あたしもそれぐらいかな……」
「俺は煉獄あとワンステージで煉獄クエストだよ、翔太は?」
「まだ、バイキングクエストだよ……みんなどれだけやり込んでるんだよ? 僕も空いた時間がんばって進めているけど、進行具合があり得ないほど速いじゃん」
「あんたレベルは?」
優越感たっぷりの聡明は、意地悪そうに質問をする。
「六二だよ……みんなは?」
「俺はやっと九〇になったところ」
「あたいはもうすぐ九九になるわ」
「私、もうカンストしている」
(みんな化け物かよ……あと、どんだけ暇なんだよ)
「じゃ、煉獄クエストではアイテム拾いってことで、あと回復役に回ってくくれれば、私たち三人が何とかするから」
「う、うん……」
(自分が一番早く進んでいる自信があったのに、悔しい……)
それから、どこのステージでレベルが上がりやすいとか、アイテム進化に必要な素材はどこで集めるのが効率良いのか話していると、あっという間に時間がたった。僕はこんな時間がずっと続けばいいとさえ思うほど至福のひと時を過ごした。
駄菓子パーティが終わって、僕の家に向かう道中でも、ゲームの話は終わらなかった。
オレンジと水色の夕焼け空に濃い黄色の太陽が沈みかけている。今朝の雨気たっぷりの空気とは違う爽やかな空気を吸いこむと、かすかにアスファルトの香りがする。この匂いがどこか懐かしく、感傷的にさせる。けれども、僕はこの情景がとっても好きだ。




