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ショタフリ  作者: ひろきょ
10/19

ショウタは世渡り上手!?



 「起立、令、着席」

 日直の樹里ちゃんが大きな声で号令を掛ける。

 翔太が待ちわびていた四時間目の社会の授業がやって来た。僕は心なしか少し緊張している。

 「はい、今日の社会は日本の気候について勉強していきます。翔太君に調べてきてもらえるようにお願いしていました。どうですか?」

 「はい、ちゃんとやってきました」

 僕はたくさんの人の前で話すことが苦手だ。しかし、学校では神が二物を与えし神童とまで呼ばれているため、どんなに緊張していても、テキパキこなさなければならない。

 心臓の鼓動と首元付近の血管の脈打つ激しさ隠すように、涼しげな顔をして席を立つ。


 ――秀才のプライドを守るための戦いの始まりだ。


「五年一組、橘真幸……これから、日本の気候について調べてわかったことを発表したいと思います」

男子の多くはおもしろがって見ている様子だが、女子はときめきの眼差しを向ける。

「日本の気候は大きく六つに分けることができます。まず、はっきりと分かりやすい二つの地域の気候について話したいと思います。僕が作成した資料二ページに示した、北海道にある釧路と沖縄にある那覇の雨温図を見て下さい。ちなみに雨温図とは何かと言いますと、ある地域の一月から十二月までの平均的な雨が降った量と温度を表わした図です。日本列島は細く縦と横に伸ばしたような地形をしているので、釧路のように緯度が高い――つまり北の方に位置している都市――は気温が低く、一方、那覇のように緯度が低い――これは南の方にある地域――は気温が高いことがわかります」

大人顔負けの話術に生徒たちは熱心に耳を傾ける。

僕は高揚感を感じ、変にかっこつけたくなってしまった。

「次にお手元の資料三ページをご覧ください。今度は、日本海側と太平洋側の気候の違いに注目したいと思います。それらの違いを説明する前に、我々は季節風に関する知識を持っていなければなりません。資料における矢印の向きからわかるように、季節風は、冬は北西から、また夏はその逆の向きの南東からやってきます。この季節風は海の上に乗ってやってくるので、冬は冷たく湿った空気を運び、その冷気が山地にぶつかり雪を降らせます。これにより、日本海側の降水量は冬に多くなります。降水量という文字から雨だけが計測されていると印象を受けますが、雪も溶けると水になるので降水量として計測されます。一方、夏は温か海風に乗って湿った空気を連れて来るので、夏に多くの雨が降り、結果として月平均の降水量が多くなります」

緊張というものは瞬間的なものである。五分もしない内に、講義する自分に慣れて行く。

「このような地域毎の雨温図を判別させる問題が出題される場合、北海道と沖縄を先に解答して、その後に降水量が冬か夏のどちらが多いかで日本海側の気候か太平洋側の気候かを判別するといいでしょう」

クラスに笑いが起こった。小島先生より上手に話せている。ますます胸が躍る。

「最後に、四ページを見て下さい。緯度の位置や季節風に影響を受けない地域もあります。その一つ目が瀬戸内気候です。資料には香川県の高松市県庁所在地の雨温図を載せておきました。この地域は典型的な瀬戸内気候に属しています。理由は、太い線で示した中国山地と四国山地が季節風の侵入を防ぐためだと言われているからです。その結果、気温はそうでないですが、降水量に限っては太平洋側のもの以下――年間を通して降水量が極端に少なくなります。これは高校入試に頻出する気候分布ですので、よく覚えておいてください」

気象予報士顔負けの饒舌ぶりに、教室にどよめきが起こる。

「加えて、例外的な気布の二つ目として、長野県の諏訪周辺における気候になります。ここの地域は中央高地の気候と呼ばれています。標高が高い所にあるため、季節風の影響を受けにくく、年間降水量が低く、さらに夏と冬の気温の差が激しいです。理科の授業で習ったように、地上から百メートル離れるごとに、気温が0.6度下がっていきます。千メートルも離れると六度下がると考えると涼しい場所だと想像しやすいと思います。ここでは寒冷な気候を活かして、レタスやキャベツなどの高原野菜の生産が有名です。以上、僕が調べてきた日本の気候の発表を終わります」

一通りの説明を終えて、さらに、姉が書いてくれた考察も読み終え、なんとか無事にプレゼンを終えることができ、翔太は安堵のため息を静かにつく。

完璧な発表が終わり、一礼をした途端、皆、賞賛の拍手を僕に送った。

(泰代のおかげだな……帰りに何か買って行ってやろう)

 気が付くと、いつものポーカーフェイスはいざ知らず、無邪気に微笑む翔太がいた。

 熱い視線を向ける多くの女子達中に樹里もこっそり一瞥を繰り返していた。


 「翔太君」

 授業が終わり、これから給食の準備だ。突然ドッスンが声を掛けてきた。

 「さっきはすごかったね、さすがだね。先生惚れてちゃった」

 「……ありがとうございます」

 うぶな僕は軽い生徒いじりの冗談さえも、躊躇いを感じてしまう。

 「あー……のね……、発表の資料ってお姉ちゃんに手伝ってもらった?」

 「……別に」

 胸の内を見透かされているのを感じる。僕の瞳が自然と右下移動する。

 (ばれていたか)

 「違ったらいいのよ……考察部分があまりにも大人っぽい文章表現だったから。ほら、全国津々浦々の地域の気候を大まかに六つに範疇化することが可能である、とかね」

 小島先生は目を細めながら微笑む。咎める様子もないようだが、居心地が悪い。

 「そこは……ちょっとだけ……」

 国語辞典を読みものとして語彙量には自信はあったが、文章作成の経験値がないことはやはり先生にはお見通しだったようだ。穴があったら入りたい。おまけに顔も赤みを帯びてくる始末だ。

 「お姉さんはどこの大学に通っていらっしゃるの?」

 「……A大学です」

 「じゃ、私の後輩ね。やっぱり大学でレポート書くだけのことはあるね」

 唐突な発言に僕は驚き、目配せをする。

 「お姉さんは翔太君のこと好きなのね」

 「別に……そんなことないです」

 (あの資料はかなり時間が掛っているから、お礼を言っておきなさい)

 他の生徒の耳に入らないように、先生は耳元で囁く。

 「……はい」

 頬と耳が茹でたタコのようにすっかり赤くなってしまった。

 (不名誉なことだ。恥ずかしい……)

 「ドッスン先生、何話してるんの?」

 皆樹がおちゃらける。

 「――ドッスン言わないの!」

 小島先生は皆樹の両頬を親指と人差し指で軽く挟んで口を開けさせない。

 「ンンンワンア(わかりました)」

 構ってもらった皆樹は嬉しそうだ。

 (ふん――こいつもまだ子どもだな)

 「今日は二人が給食の配膳係でしょ? さぁ、用意しなさい!」

 「「はーい」」

 僕と皆樹は手を洗いに行き、白装束に身を包む準備をする。


本日、給食のメインは揚げパンにホワイトシチューとプリンのトリプルコンボだ。今月の献立表の中で一番のごちそう昼食をずっと楽しみにしていたのは僕だけではない。

「俺、プリンやるから、翔太はシチューやって」

「いいよ」

 皆樹と僕が配膳係をやる時はいつも面倒な作業を押しつける。今日はプリンについては各々の生徒のお皿に乗せる簡単なお仕事を進んで願い出ると同時に、僕はシチューの給仕を押しつける。

シチューやカレーのような小学生にとって命でもある贅沢メニューの給仕は細心の注意を払い、盛りつけないといけない。雑に盛り、量がそれぞれ不均等になってしまうと、特に男子からクレームが来る。

皆樹は以前、面倒臭いからといって雑に盛って大顰蹙を買ってしまい。このような汁ものは極力やりたくないようだ。

「翔太君、お願い」

「うん」

僕が係の際は、女子が我先にと先陣を切って並ぶのが習慣となっている。まるでアイドルの握手会みたいに並んでくる。

(早くよそおう)

「私……少しでいいからね」

「わかった!」

「ありがとう」

ある女子が小食アピールをしてくるが、上っ面の笑顔と返事のみにとどめて、通常盛りである。僕は効率が悪いことが大嫌いだ。

「翔太、今日一緒に食べようよ」

蘭瑚ちゃんからランチのお誘いだ。

「うん、いいよ!」

「早希ちゃんもいい?」

「わかった」

(フッ――躊躇することはヒーローには許されない運命)

「ちょっと、あんた! 今日はあたしが翔太と食べるの!」 

「何よ! あんたいつも翔太君の横の席をさりげなく陣取ってんじゃん」

「おだまり! いつもですって? あんたたちのせいで滅多に一緒に食べられないのよ」

「回数的にはあんたの方が数回多いわ! 今日は私達に会食権利を譲りなさい!」

(オネエはどうしてこう自己主張が強いのだろう。勝気でプライドが高いし……)

 こういうプチ騒動に小島先生は介入してこない。「子どもは子どもらしく、ある程度は自由の下に教育を」という方針があるようで、微笑ましい日常の一コマとして見守る。

「ねぇ、皆で食べたようよ」

そして、結局は僕が仲介に入る始末だ。

「「はい?」」

爽明と瑠衣ちゃんは犬猿の仲である。

本日僕は、左、爽明に、右、蘭瑚ちゃんと、そのお伴八名と一緒に賑やかで騒がしいランチタイムを過ごす。

蘭瑚ちゃんは爽明と張り合うように僕を挟んで話しかけてくるので、せっかく豪華な給食を堪能できなかった。

本音を打ち明けると、本当はこの会食を断りたかったが、蘭瑚ちゃんの教室内の権力は少なからず影響を持つので、蔑にもできない存在だ。馬耳東風、というように二人の言い争いを間で聞きながら、味がするようでしない揚げパンを口いっぱいほうばった。


 混沌とした給食の時間と昼休みが終わった。五時間目は待ちに待った体育の時間だ。

 スポーツ少年団のサッカー部に入っている僕にとって、フットサルは同じくらいおもしろい。

 「じゃ、俺と翔太は強いから別々のチームだから、後はじゃんけんで決めろ」

 ガキ大将の皆樹は、スポーツの事になると仕切りたがり屋さんに豹変する。

 「じゃんけんで決めるの? どうやって」

 眠そうな小島先生もどうやら皆樹にこの時間を預けるようだ。

「じゃんけんで勝った人は俺チーム、負けた人は翔太のチームでってこと」

 「なるほど……」

 「それで、女子は点数入れたら二点入るルールにします。かわいそうだから」

 「よろしい。後は任せた」

 そういうと小島先生は踵を返し、体育館の隅に座り込む。

 小学生の先生という仕事は激務である。中学や高校にあがるにつれて、担当教科のコマが減るが、小学生教諭は一日すべての初等教育を担当する必要があるため、いくら若い小島先生でも疲れている様子が顔から伺える。小学校の先生は心身ともに困憊という状態が続くためか、見た目より老けている人が多い印象がある。

 「あたしも当然、二点ルールの対象よね?」

 女子力が高いということで爽明は、このルールを無理やり適用させようとする。

 「いいけど……やっぱ、付いているものは付いているし……なしでってことで」

 「なんですって? サッカー苦手なんだけど……ボール系のものは全部無理」

 「そういう時だけ、性を変えるのは都合が良すぎる気もするが……翔太はどう思う」

 きわどい、繊細なissue(問題)だ。

 「爽明のしたいようにさせれば……皆に聞いてもいいし……」

 「やだん。リーダーのあんたがバシッと決めてくれなきゃ」

 僕は目を瞑り暫く考える。

 「おねぇ系統に範疇化できる者については、精神的には完全なる女性のため、二点ルールを適用したい、とする」

 「なんだか難しいそうだけど、要はオッケーってことでいいのねん」

 面倒はごめんだ。僕はさきほど姉ちゃんの考察の部分で使われていた、誰も知らない「範疇化」という言葉をこっそり調べておいた。曖昧で一時的であるが、この状況の理由をなんとなく正当化するための良い機会となった。


 フットサルはサッカー違い、五人でやるスポーツだ。僕のクラスにはきっかり四〇人の生徒がいるので、男女混合で八チームを作ることができた。

 体育館を半分に分けて、二チームを一つのグループとし、四グループで試合をしていていくことになった。

 「全員参加しないといけないから、一チームの五人は一〇分立ったらもう一つチームと交代してくれ」

 皆樹は自分が全力で楽しめることについては要領の良さを発揮し、頭が切れる。

 「では、最初のグル―プ同士は試合を始めなさい」

 小島先生のやる気のない弱弱しいホイッスルが館内に響き渡る。

 僕は疾風の如く鮮やかなドリブルをして、試合が始まって数分で得点決める。

 「きゃー」

 もう一つのフィールドからも乙女たちの黄色い声と甲高い声援が翔太に送られる。交代で待機している女子全員は翔太に釘付けである。

 皆樹も負けずと点数を入れ返してくる。サッカーの試合なのに、バレーボールのように十分経った後には両チーム九点の同点である。

 交代の時間だ。僕の後に待機していたのは聡明であった。

 「ぎゃー」

 奴は相変わらずだ。

 「他の子にボールを送って、聡明」

 外野から大声で聡明に指示を出す。

 「無理だわ……勇ましく蹴れないの……勇ましく蹴れないの」

 「とにかく思いっきり蹴ってみて。どこに飛んでもいいから」

 無意識に同じセリフを繰り返す様子から、かなり慌てている。

 「わかったわ! スーパー・ブライト・スマート・きっく~」

 (だ、ださい……)

 館内は静まり返った。揶揄しないで笑わない皆はいい奴だ……。

 聡明は、心は乙女だが、体は男だ。最近、僕らの誰より声変わりが始まり、象さんにも産毛が生えてきたらしい。僕よりも高く、力も強い。

 彼が蹴りあげたボールは、まっすぐ回転力があるため、ものすごい速さでゴール先に飛んで行った。

 「や、やったわ~!」

 皆も驚いたらしく、聡明に惜しみのない拍手を送る。

 その場でぴょんぴょん跳ねて、キモ可愛く聡明は喜ぶ。すっかりこの試合のMVPであった。

 圭祐の活躍もあり、僕らのグループが勝利した。皆樹は息を切らしながら、床に手を打ち付け悔しがっている。皆ぐっしょり汗をかいて、どの子も清々しい顔をしていた。




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