赤い草原と、過去の城攻め
俺がダッシュで自分の領地から南南東へ走り続けると、うっそうと茂る森を抜けて背の高い草の生えた丘にたどり着いた。
自分が住んでいる場所を大陸だと理解できる、なだらかな高低差のある草原地帯。ここが半狼族と半馬族の住まう地域である。
夕日が照らす赤い大地は、久しぶりに俺に自然の美しさを訴える。
聞くところによればここらでのどかな生活をしているとかいないとか。
ふと遠くを見れば……。
そこには何やら廃墟の様な物が見えた。
もうしばらくすれば日も落ちる。今日はそこで寝るとしよう。
俺は森の中で捕まえた、そこそこ大きい鹿を背負ってそこを目指す。
さく、さく、という草が倒れる音がする。
俺の膝のあたりまである草が、俺が踏み荒らすことで倒れていく。
まるで雪原を歩くようだな、と思ってよく考えれば、この大陸で雪を見たことがない。
まあ雪が降るような気候なら、巨人族も保存食を作る程度の知恵を必要としただろうしきちんとした冬が無い、というのはいいことなのだろう。
もしかしたらよほど高い山にでも行かないと、雪など降らないのかもしれない。
そんなことを考えながら、いよいよ暗くなっていく空の下で俺は廃墟を目指した。
「ここは噂の……半馬族が滅ぼしたという人間の住居跡か」
略奪の為の破壊ではなく、戦闘の結果の破壊ではなく、報復のための破壊によって壊滅した都市。そこには多くの家の基礎が残っていた。
その基礎の周囲にも草などが生い茂り、生活感などすっかり失われていた。
同情はしないが、むしろあらゆる氏族が恐れる半馬族の恐怖に震えるばかりである。
「道理でみんな怖がるわけだ」
この世には、禁忌とされることが山ほどある。
例えば先日鬼人族の角を私刑によって折った面々が、何をされても文句を言えない状況に追い込まれるという悲劇になった。
これが人間であればなおの事である。仮に鬼人族の誰かが捕まり、それを人間が折って加工し武器とするならば……きっと、とんでもないことになるに違いない。
少なくとも、その鬼人族の村は怒り狂うだろう。
同様のことが、半馬族の場合はそれが割と頻繁にある。これは半鳥族や森魔族が各氏族に伝えていることだ。
生憎と文字が無いので、とにかく直接頻繁に伝えないと忘れてしまうのである。
半馬族は、なんというかこの上なく過剰に背に乗ることを拒否する。
両手で抱える、ということは許されているのだが、背に乗ろうとするととんでもなく怒る。
まあ、連中の立場に立って考えると、乗ってくださいと言わんばかりの体形ゆえの苦労があるのだろう。
というか、連中の交尾の仕方を想像しても納得ができるし……。
非常にどうでもいいことだが半馬族と人間の混血は、人間に生まれれば下半身がやたら毛深くなり、半馬族に生まれればやや体格が劣り毛が薄いケンタウロスになるそうだ。
「まあ、わかるけどな」
巨人族の場合、半馬族は小さいので乗りにくく、態々背に乗りたいとは思わない。
だが、通常の体格なら乗ってみたいと思ってしまうだろう。
俺だって自分が人間サイズだったら乗りたくなると思うし。
そうした誘惑に負けて、彼らにちょっかいを出す人間は少なくない。
すると、彼らは一気に報復に動く。
氏族全体が怒り狂い、その禁忌を侵した人間を所属する国ごと亡ぼすのだ。
この、国ごと、というのが厄介で、彼らはとにかく容赦なく滅ぼしていく。
その関係上、周辺の国が半馬族に対抗しようとして連合を組むのだ。
一人か二人の馬鹿のせいで、多くの人命が失われることは看過できない。
あるいは、国と国の利益関係もあるのかもしれないが、要するに半馬族と敵対する国が増えるということもあるのだ。
そしてもっと言うと、怒り狂った半馬族は一々この村はどこそこの国の住人で、などと確認しないのだ。だから意図せずして無差別殺戮を繰り返していく。
「エリック君みたいなのもいたのかもなぁ」
非常に今更だが、半馬族は弓以外の武器を使用しない。
それは彼らの誇りだからであり、最悪前足で蹴っ飛ばせば簡単に殺せるからだ。
半鳥族に次ぐ機動力を誇る彼らが、生涯研鑽していく弓の技で流鏑馬する。
大挙して襲い掛かればそれはまさに悪夢という他ない。
だが、攻城兵器を持っているわけではない。高い石壁をもつ城塞には極めて無力なのだ。
そういう勝算をもって半馬族の娘をさらった城主が居たそうだ。
壁に加えて堀もあり、正に要塞というべき都市。そこの城主は日夜半馬族を挑発したそうだ。
住民も何もできない半馬族にせせら笑っていたそうだ。
さて、城である。石の要塞である。
言うまでもなく弓矢で攻略できるような施設ではない。
そして、これをどうにかする手段を半馬族は持っていなかった。
では、どうすればいいのか。どうしたらいいのか。
言うまでもなく、その城を半馬族は滅ぼした。
別に奇策を用いたわけでもないし、別に特別な能力を発揮したわけではないし、もちろん転生者がチート能力を発揮したわけではない。
ただ籠城した城を囲んで、そのままずっと包囲し続けただけだ。
それこそ、城の中の食料が尽きるまで。
確かに城は高い防御力を持ち、まともに攻略することは極めて難しい。
だが、時間をかけていいのならば、数と根気さえあれば素人でも攻略することはできる。
所謂兵糧攻めだ。籠城は相手が引くまで待つか、或いは救援を待つという消極策であり、向こうに腰を据えられると雪隠詰められになる。
穴熊を決め込んでも、人間は飯を食うし水も飲む。周辺諸国の連中が攻め込んでくれば返り討ちにして、逆に食糧を奪っていたそうだ。っていうか、周辺の国を積極的に攻めて、その国の食料を包囲の為に使ったという話もある。
自棄になって城門を開ければ、そのまま侵入して皆殺しという算段だ。
言うまでもなく、彼らに人質など意味はない。背に乗られた同胞がどうなるかなど関係ない。氏族の全滅さえも一切気にしない。
迷惑なほど誇り高い連中なので、死なばもろともの精神を発揮してくるのだ。
そんな理由で、二千年の間に結構な数の国が滅ぼされているのである。
何をしてでもその国を滅ぼすという不退転の覚悟が、彼らの中には常にあるのである。
「焼けたかな?」
そんなことを思い出しながら、俺は焼けた鹿を食べようとしていたのだが……。
そんな俺を観察している何者かに、全く気付かなかったのだ。




