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文明の味と、ついでに実家の味

 分かり切っていたことではあったし、別に非常に今更ではあるのだが……。

 俺は嫁さんが妊娠するとやることがなくなった。というか、マリーにしてやれることがほとんどなくなった。

 マリーは魔王の子孫ということで大分優遇されており、よって割と普段から上げ膳据え膳である。

 今までは俺の仕事先に連れていくことがあったり、仕事上の悩みを打ち明けたりして交流があったのだが……。

 正直、俺は彼女の為に何かしたいし、尊敬に足る何かをしていたいのだ。

 っていうか、彼女に尊敬される夫でありたいのだ。

 少なくともユリさんに種付けする度胸はない。空いてますよ、じゃねえよ。怖いんだよ。

 そんなことを考えていた俺は……自分の生まれた村を訪れていた。


「よう」


 まあ、ある意味当然な話だった。だって、両親には報告するもんだし。

 初孫というわけではないのでさほど感動されることも無いだろうが、俺はいくつかの手土産を抱えて比較的近い村へ訪れていた。

 結構な数の女子供がいて、大人衆はやはりまだ狩りに行っているようだ。

 女衆は大量にいる赤ん坊や子供の面倒を見ている。何分子供をたくさん産む氏族なので、大変忙しそうである。

 ちらりと子供たちの体を見る。

 既に一メートルを優に超える子供が言葉もおぼつかない様子でこちらを見ていた。っていうか、俺の抱えている肉を見ていた。

 可愛いと見せかけて可愛くないな……。

 俺の子供もこんな感じなのだろうか、だとしたら俺はともかくマリーの事が心配である。

 母親に甘えた場合、母親を潰すのではないだろうか。小型犬の母親に甘える大型犬みたいな感じで。この場合はゴリラがニホンザルに甘えるようなものでは。

 今から非常に心配だ……。

 それによく考えたら女の子が生まれたとして、人間だったとして、二メートルぐらいの大人になるのでは……。

 いかん、今更不安になってきたぞ……。生まれてくる子供の将来が心配だ。

 というか、俺って現時点で既に魔王様と遠縁の親戚になっているのか。


「おお、タロス! タロス! よく来たね!」


 久しぶりに目線の合う相手がやってきた。

 俺が大きいのは親からの遺伝と十分な栄養であり、故に父親もデカいのだが母親もデカい。

 俺と背があまり変わらない母親が、のんびりとやってきた。

 大分老け込んできたし、平均寿命から考えるとお迎えも近いのだが、まだ元気そうな姿だった。

 まあ、少し前に顔を見せたばかりなので、そんなに変わっていないのだが。


「こりゃあ土産かい?」

「ああ、今日は色々と話したいことがあってな」


 俺は大きめの酒瓶と抱えていた猪を差し出していた。

 幸い、俺の村は戦争による犠牲が少なかったので、そんなに差し入れは必要ないのだ。

 だが、有って困らない、有りすぎても一切支障がないのが食料である。あと酒だ。こればっかりは巨人族も人間とそう変わるものではない。


「そうかいそうかい……まさか新しい嫁」

「母さん、母さんもあの料理食ったよな?」


 最後まで言わせねえよ。

 なんで人の事をそんな風に結婚させたがるんだ。

 いやまあ、今となっては色々申し訳ないというかなんというかだけども。

 ある意味ここの方々の生活がまともで、俺は性癖が歪んでいると分かっているのだけども。

 巨人族基準で言えば、俺を正しい道に戻したいだけなのかもしれないけども。

 でも、俺はマリーがいいの。もう結婚してるし、ラブラブなの。

 母親の気持ちもわかるけど、ここはひとつ冷静な判断を……。

 態々息子をいら立たせないでくれ。温かい目で見守っておくれ。


「タロス王だ!」

「また肉が大盛りだ!」

「やったぜ!」


 黙ってしまった母親に変わって、きったねえ子供たちが群がってきた。

 子供が汚いのは仕方ないが、限度があると思うぞ。

 免疫を鍛えるために命を落としては、色々本末転倒と思われる。


「ねえタロス王! ヨル族は?」

「ヨル族の女は?」

「ヨル族の料理は?」


 目をキラキラ輝かせながら訴えてくる、正直な子供たち。

 こらこら、女性の前で夢魔族の話をするんじゃない。

 美容に気を遣っているわけではないが、我が母親や他の女性陣も夢魔族を普通に嫌っている。そりゃそうだ。

 もちろん子供の中には女の子もいる。彼らの狙いは熟れた体ではなく、その料理だ。

 思えば、俺の結婚式でこれでもか、と大量にヨル族の料理を振る舞ったことで、子供たちの舌が肥えてしまったのかもしれない。

 文明の味、文化の味とはかくも罪深いものである。彼らはめったに食えない御馳走を貪りすぎたのだ。

 思えば、夢魔族の居場所を多くの氏族が知らないのは、彼女達をさらおうとすることを未然に防ぐためなのかもしれない。

 いくら彼女たちがそういうことに長けた氏族と言っても、さらったり無理やり連れてきて強要するのはアウトだろう。

 もちろん、それを最も率先して行ったのが自分だということは黙っておこう。

 第一、いくら夢魔族でも材料が無ければ料理は作れないと思うのだが。

 巨人族の周辺にあるもので、料理の材料は手に入らないと思うのだが。

 なのでさらってきても無駄だな、うん。

 仮に料理の腕が凄い奴がこの地に転生してきたり転移してきたとしても、材料と道具が無さすぎてお手上げだろう。

 今更だが、ああいうチートはもう少し生産者を疑うべきではないだろうか。

 日本の衛生基準で料理作ると、死人が出るとかもあり得るぞ。


「醤油が恋しい……」


 でも、みそと醤油はマジでほしいです。そういう系の人、来ないかな……。

 大豆が無いのが大問題だが、そこは何とかごまかしていただきたい。


「どうした、タロス?」

「何でもないよ、母さん」


 実家の味が、どことも変わらない猪の丸焼きだから、その辺りは何とかしてほしいところである。

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