やりたいことと、ついでに聞きたかったこと
ユビワ王国の夜。
木でできている鬼人族の竪穴式住居と違い、土を主材料としている人間式の住居に、さほど窮屈そうでもなくツノ族の二人は話をしていた。
余り家具のない家の中で、壁につるされているのは斧や鉈と言った商売道具。
住み始めて時間が短いからか、余り物はない。
その中で、二人は果実酒を飲んでいた。とはいえ、さほど度数があるわけでもなく、多く飲んでいるわけでもない。巨体の鬼人族からすれば、水のようなものだった。
「それで、オカカ王。どうしたんですかねえ」
「俺はなあ……タロス王が戦うところを見た」
凄惨な結果だった。あの死体を見れば、全く過失なく連帯責任を負わされた村人も彼らを憐れむだろう。
だがそれ以上に、過程が壮絶だった。
余りにも、凄絶な行動だった。余りにも機能的に、余りにも鮮やかに、徹底的に鬼人族の体を壊していった。
アレを見てしまえば、誇り高き鬼人族の王など名乗れない。
巨人の王にしてみれば、鬼人族など木っ端同然、そう言われたに等しい。
目の前で行われた行動は、彼の自信を破壊しつくしていた。
「お前は、何を習った?」
「へえ……」
少なからず、シャケはタロス王の素手の殺傷能力を知っていた。
向かってくる熊をあっさりと殺す。その手並みは、余りにも素晴らしかった。
アレをやってみたいと思うほどに。
それは教えてくれなかったが、きっとオカカ王はそれを見たのだと察しは付いた。
「殴り方を、三つ。あとは、足で相手の足を蹴るぐらいで」
「どんな風にだ?」
シャドーボクシングと言えるものではない。
精々、下手な素振り程度だった。
説明を聞いても、さほど意味があるように思えない。
「当てる殴り方に押す殴り方……普通に殴ればいいだろ」
「俺もそう思ってたんだけどよ……なんつうか、相手をよく見て使い分けろって……」
「使い分ける?」
「なんて言っていいのか……」
上手く説明できずシャケも困っているが、オカカはそれを受け入れていた。
なにせ、自分もあの光景を上手く説明できる自信がない。
現場で客観視できたにもかかわらず、何がどうなったのか説明できる気がしなかった。
「向かってきたら押し返して、動きを止めてたら当てて……足を蹴ってから頭を痛く殴れとか……」
「そうか……」
おそらく、確実にあの戦い方は教わっておるまい。
そもそも、あんな戦い方を懲罰以外で行えば、それこそ王と言えども闇討ちされる。
あの戦い方はしてはならない戦い方だ。それはオカカにもわかる。
してはならないが、あの状況ではそれも許されていた。
極めて使う条件の制限される行動を、態々教えることは無いだろう。
つまり、此処で聞いても意味がないということだ。
「……タロス王は凄かったぜ」
「だろ?」
「わかんねえんだよ……アレが何なのか」
「……ミミ族にでも聞いたらどうですかね」
言われてみればその通りだった。
ここまで案内させたのは彼らだが、弟子であるシャケに聞くべきだ、と思ってしまったのだろう。
「おい、いるか」
「ここに」
すぅ、と音もなく扉を開けて入ってくる森魔族のチウホウ。
オカカ王の周辺を探っていた衆の長であるがゆえに、あの殺害現場を見ていた者の一人である。
そのチウホウは、既に彼が知りたいことをあらかじめ知っていた。
「お前らもアレは見ただろう。アレはなんだ?」
「体術、そう呼ばれるものです」
異氏族の王に膝を付き、礼をしながら答えるチウホウ。
長い寿命があるだけに、森魔族は大抵の事を知っている。
そして、九氏族にとっては珍しいものでも、人間を知っている者からすれば珍しくもなんともないものだった。
「たいじゅつ」
「はい、体術といいます」
言うまでもなく、森魔族は体術と呼ばれる物を持たない。
なにせ、彼らは相争うことがまずないうえに、他の氏族と素手で戦うことがないからだ。
強いて言えば、無音の足運びなどがそれに該当するのだろう。
森魔族は健脚だが、格闘すれば人間にも劣る。はっきり言って、憶える必要が一切ない。憶えても無駄だからだ。
「それはどういうものだ」
「素手で相手を倒す為の技術、ということです」
だが、そう言うものがあることは知っている。
知っている以上、説明することは可能だ。
問題は、理解してくれるかどうかである。
「大別して、競技としての格闘技や、兵士が憶える武術などがありますが……タロス王が使用されたものは、おそらくステゴロ、と呼ばれるものでしょう」
「どう違うんだ?」
「競技としての格闘技は、ツノ族のお二人には分かりやすいかと。同族と戦う時に角は使用しないように、敗北した相手を再起不能にしない戦い方……極力殺さぬように戦う方法です。双方が武器を持っていないことが前提となっています」
なるほど、それは分かりやすい。
確かに、シャケが習ったものはその範疇だろう。
双方が素手で、且つやりすぎないこと。そうした前提のある、一種のじゃれ合いだ。
それに技術がある、というのは驚きだが。
「兵士が憶える武術とは……相手が武器を持っていることや、自分が鎧を着ていることも前提となりえます。その上で、武器を失った時に如何に敵と戦うか。それを技術としたものです」
「ステゴロってのは?」
「習得が容易で、指導の必要がほぼなく、身体能力さえもさほど必要ではありません。ですが、効果が大きい代わりに相手の人生を左右するような攻撃を、当然のように使用する危険な体術です」
やり方を知れば、誰でもできる。
それがステゴロの特徴だというのなら、確かに合致していた。
それでも、あそこまで鮮やかにできる自信はないのだが。
「ステゴロは、相手が槍や剣を持っていることを前提としません。おそらく、戦場で使用すればかえって危険となる行為でしょう」
「闇討ちにしか使えないってことか……タロス王はどこでそれを習ったんだ?」
「存じません。それに体術は主に人間の物です。いいえ、はっきり申し上げて人間しか修練しておりません」
おそらく、九氏族の中で武器を用いない純粋な無手の体術を研鑽している氏族などいない。
もちろん剛人族は素手で戦うが、彼らは野人同様に力いっぱい殴るばかりである。そこに技術もへったくれもないのだ。
そして、それで全く問題がない。素手で戦う技術など、培う必要も伝承する理由も一切ないのだから。
「人間か……」
そう、一切必要ない。
オカカ王はそれを憶える必要が一切ない。
彼は鬼人族最強の男であり、同時にそれを認められている男だ。
体術を学ぶ必要など一切ない。
既に最強の男が、これ以上強くなっても何の意味もない。
「それじゃあ、タロス王は自分であんな技を?」
「ありえない、とは言い切れません。ステゴロの技とは、つまり氏族に置いて同族に使ってはならない危険な行為を、単純ながらも体系化したもの。独自に編み出した、と言っても不思議ではないかと。加えて……仮に指導者がいるのならば、ステゴロではなく体系化されている格闘技か、兵士の武術を指導するでしょう」
シャケの質問に、チウホウは端的に答えた。あくまでも憶測ではあるが、指導者は存在しないだろう。
指導者がいる割には、戦い方が荒っぽすぎる。端的に言えばその通りで、実際に間違っていない。
そもそも、ステゴロなど指導を受けるようなものではないのだし。
「加えて、ステゴロという技術は知ってさえいれば対応が可能な物ばかり。また、攻撃に優れる余り防御はおろそかで、先日の様に機先を制さなければ、そのまま負けることになるでしょう」
「それじゃあ、タロス王を倒すことはできるわけだな」
「それは、どのような意味ですか」
森魔族からしてみれば、ステゴロを使う巨人族の王になど、剛人族の王以外に勝てる相手などいない。
それは真実で、そもそも張り合うようなことではないからだ。
「俺が体術を習えば、タロス王にも勝てるかもしれないんだってことだぜ」




