折れた角と、折れた心
怪我が治って数日後から、シャケはユビワ王国での仕事を見つけて大いに働いていた。
言うまでもなく、鬼人族は野人の中では一番非力である。だが、それは野人基準で会って、人間基準で言えばありえないほど怪力だ。
仮に人間の身長が二メートル半あったとして、その彼が筋肉を満載していたとして、鬼人族の様には動けない。
当たり前だ、生物としての適性なサイズというものがあるのだから。人間には鍛えるにも限度があり、野人は栄養があれば鍛える必要さえない。
文字通り十人力を発揮する彼は、王国の住人から頼られていた。
なにせ、彼らが被害を受けていたのは巨人族である。その巨人族さえ自分達に安住の地をくれたのだ、であれば余り縁のなかった鬼人族の男を一人受け入れるなど何のこともなかった。
「倒れるぞー!」
アレックスが製作した鬼人族仕様の大斧。
木こりとなって、日々開拓に勤しむシャケは、角を失っても失われない筋肉で大活躍していた。
アレックスの製作した斧は、シャケの怪力もあって次々に木々を倒していく。
また、家畜に交じって木の根を掘り返す仕事にも従事していた。
「よぉし、次のいってみるかぁ!」
開墾自体は鬼人族もよくやるので、それなりに経験があるシャケ。
故に、特に人間と衝突することもなく……。
ただ肌の黄色い大柄な男としてユビワ王国で自分の場所を見つけていた。
少なくとも、もはや鬼人族の集落には帰れまい。
今は布の鉢巻をして、自分の角の折れ残りを隠しているが、これを同胞に見られることは耐えがたかった。
そういう意味では、半鳥族と会うことがやや怖かった。
彼らも今回の件を広める役割を持っている。そうでなければ、再発の恐れがあるからだ。
だがそれでも、角が折れたところを見られるのは嫌だった。
「ふぃ~~」
「張り切ってるな、シャケ」
ただ、そう言うわけにもいかないと、分かり切っていたことではあったのだが。
※
自分の家で仕事に励んでいるエンゲー女王。
何分、廃れた街を拠点として、新しく都市を作らねばならないという国策があるのだ。正に都市計画をゼロからしなければならない。
今優先しているのは、少し離れた場所にある農地の回復と、それ以上にそこまでの道の整備だった。
言うまでもなく、きちんと整備された道があるのとないのでは、移動効率もさることながら運送効率が段違いである。
森の中で作物を背負って歩くのと、整備された道で荷車に乗せて運ぶのでは、素人考えでも差が歴然だ。
道路交通網は水道同様に重要なインフラなのである。漁場によってある程度の食料が確保できている以上、種まきの時期までに畑を整備することとそこまでの道を整えることが必要だった。
「エンゲー女王、よろしいですかな?」
日々失われていく食料を調べる、という辛い仕事から解き放たれた重臣が、借りの家屋として建造された女王の家に入る。
死に向かっていく国を憂う苦しみはどこへやら、新しいものを作っていく嬉しい苦しみによって、元気はつらつとしながらも疲れている老体は女王を呼んでいた。
「今表で、ツノ族の王という方がシャケと一緒にお待ちしております」
「分かりました、すぐ伺います」
こうして向こうから現れてくれる当たり、大分良心的な王である。
彼女が今まで経験した外交とは、少ない備蓄から贈り物を用意して、それで嫌々不承不承会ってくれるだけ、というものだった。
それが、労働力を送ってくれた後で態々挨拶をしに来てくれるのだ、どちらが鬼かわかったものではない。
「ようこそ、オカカ王」
黄色い肌に二本の角を生やした男、オカカ。
彼が背負っている金色の金棒は、おそらく先日メザという鬼人族の女が持っていた物と同じだろう。
王権の武器、魔剣と同じ不朽の武器の持ち主。
シャケが恐縮しているところを見るまでもなく、鬼人族の王だった。
「エンゲー女王、氏族の不始末を押し付けて悪いな。コイツは何も悪くねえが、もうツノ族の所には置いておけねえ。ここで骨を埋めることになるだろう」
先日即位したばかりというが、やはり一族を取り仕切る王の一人。
今回の一件に責任を感じているのか、見下すべき人間を相手に下手にでていた。
家が狭いので入らないということもあるのだが、態々家の外で彼女を待っていた。
「さしあたり、猪を数頭仕留めて持ってきた。コイツも良く食うだろうしな」
「まあ、ありがとうございます」
なんとも蛮族らしい謝罪と感謝の示し方だが、貴族を気取っても腹は減る。
食糧をどっさりとくれるなら、その人は良い人である。
一日で食べきれないのならば、その時は燻製にでもすればいいのだし。
「……この街はタロス王が準備したと聞いているんだが」
謝罪というよりは、確認の空気に切り替えて訊ねるオカカ王。
何とも言えない、タロス王への畏敬とも言うべきものが感じられた。
それを感じつつ、確かにそれはそうだと思いながら、エンゲーは応える。
基本的にどの氏族の者も、或いはその王も、一定の共通性があってさほど個性があるわけではない。
それは多くの多様性、分業をしている人間特有の感性かもしれないが、それを差し引いてもタロス王はおかしかった。
もちろん、そのおかしさが自分たちの状況を支えているので、決して悪しくは思っていないし感謝しているのだが。
「いいえ、ここの街を用意してくださったのはツミレ女王と魔王シルファーのお二人です。タロス王はおつなぎと……ここへの案内を手伝ってくれたのですよ」
とはいえ、タロス王がこの街をゼロから作ってくれたわけではない。
色々と手を貸してくれたのは事実だが、それはそれで別の話だ。
「そうか……分かった、忙しいところ、変な事聞いて悪かったな」
「いいえ、お気になさらず」
「シャケ。世話になったんだ、もめ事はよせよ」
「お、おう……」
「でだ、お前に頼みがあってな……今日は泊めてくれ」
オカカ王は目に焼き付いてしまっていた。
ツノ族の王としてではなく、生まれた村の働き手として日常の仕事に励む彼は、その間もずっと思っていた。
あの、タロス王の戦いぶりを。
その唯一の弟子であるシャケに、話を聞きたくなっていたのだった。




