再度の熱意と、男の理由
心中定まらぬものの、一つの決断を下そうとしていたタロス王が自分の屋敷に戻ったとき、そこには微妙に怒っている魔王がいた。
その側近である二人の王も彼を止めているが、王としてではなく親として怒っているようだった。
「タロス王、なぜ初産を前にした嫁の傍らに婿がいない。夫として懐妊中の妻の傍を離れるとはどういうことだ」
正論だった。
まあ王としてはどうかと思うが、父親としては間違っていないだろう。
加えて、他の氏族の領域に行ったとあっては、それなりに腹を立てて当然である。
「その顔を見るあたり、王としても思うところがあったようだが……言うがよい」
もちろん、ある程度の事情はアンドラやユリ、マリーから聞いている。タロスは出かける前に何をするのか、ある程度マリーに話してから赴いていたがゆえに。
しかし、それでもタロスは氏族の王。であれば、諸王をまとめる魔王には自分の口で報告する義務がある。
状況によっては少々の無茶も行うシルファーではあるが、そこは二千年以上複数の氏族をまとめ上げてきた男。
私情で武器を託すことは有っても私情で配下の王を裁くことはない。
まだお腹の目立たないマリーはやや焦っているが、応接室で上座に座る魔王に対してタロス王は膝を付いて礼をしていた。
「私めは先日の戴冠式のおり、オカカ王の紹介でシャケというツノ族の男を鍛えることになりました」
それは、彼にとってはとても嬉しい願いだった。
獲物をくれ、婿に来てくれ、そんな要件ではなく教えてほしいことがある。
それは、タロスにとってやりがいのあることだった。
彼を強くしてあげたい。彼をケンカで勝たせてやりたい。彼に幸せになってほしい。
「私はしばらくの間彼の面倒を見た後、迎えに来たオカカ王に返し、その吉報を待っていました」
彼は村一番の働き手に勝った。
それも、勝ちすぎることもなく、傷を負いすぎることもなく勝った。
それは彼への周囲の評価を一変させるものだった。
そこで終わっていれば、さぞ意味があったに違いない。
「ですが、私の元に届いた報せは、良くないものでした。シャケは衆目の下ケンカで一番の働き手に勝ったそうですが、他の者から妬まれ、襲撃され、角を折られました」
シャケは奪われた。
王になりたいわけでも、村で一番の嫁が欲しいわけでもない。
ただ、ささやかな幸せを求めていた彼の努力は、あさましい妬みと嫉みによって奪われていた。
タロス王がどれほどの暴虐をもって彼らを誅したとしても、取り戻すことのできないことだった。
「オカカ王が彼らを裁き、私はシャケをユビワ王国に運び言い含めて、これにて終いとしました。以上となっております」
結果から言えば、オカカ王の紹介もタロス王の指導も、一つの村から六人もの働き手を失わせただけだった。
おそらく、あの集落は誰が貶めるまでもなく、自然とどうしようもないことになっていくだろう。
「……私は、後悔しました。所詮はダイ族の浅知恵、シャケは当然の事オカカ王にも迷惑をかけることになってしまいました」
悪いのは罪を犯した五人。責任を取るのは村全体。罰を与えたのは王であるオカカ。
タロスはただ、何の裏付けもない男たちを五人殺しただけだ。
それでも、もしや、と思ってしまう。
もっとシャケに多くを教えることができれば、或いはこの結末は多少マシだったのではないかと。
もっと自分が強ければ、もっと多くを知っていれば、もっと彼を強くできていれば、違った結末もありえたのではないかと。
少なくとも、まだ自分にはできることがあった。
「ですが、シャケは言ってくれました。後悔はなく、強くなれてよかったと……ならば私は強くなりたいのです。次シャケの様な者が現れた時には、不意を受けることのないような強い男に育てたい! そのためにも私は、より一層強くなりたいのです!」
タロスは、強く思っていた。
誰かのために強くなりたいと。
強くできる者に、強く育てられる者に、強さを伝えられる者になりたいと。
一人の王として、成したいことを決めていた。
「……タロス王は本当に賢く、ダイ族かと思う時があるが……今は強くそう感じた」
どこかで嬉しそうに、シルファーは笑っていた。
少なくとも、怒ってはいないようだった。
「そういうところが良いのだろう、マリー」
「はい……自慢の夫です」
「うむ、妊娠中の妻を放り出さざるを得ぬ王の案件ではないが、男のやるべきことではある。悪ではないが、女に理解されることではない。余り張り切れば、女を泣かせるぞ」
意外にも、というか驚くほどまともな意見だった。
おそらく、これほど適切なアドバイスは無いというほどに。
「いいえ、ご先祖様。私はそうしたところも好ましく思います」
「そうか、良き妻だな。だが、強くなりたいと言えばそこそこに時間もかかろう。タロス王よ、出産までは大人しくすることだ」
「では……」
「うむ、あの指輪を使って人間に技を習いたいのだろう。よい、それに必要な道具は準備させる故、子供が生まれ産後の体調が戻れば、出産祝いとしてそれらを貸してやろう」
部下の向上心が嬉しいのはタロスだけではない。魔王シルファーもまた、タロスが限りある寿命の中で人生を賭すに足るものを見つけたことを喜んでいた。
「ありがとうございます」
「なに、タロス王には先日メザの件で面倒をかけたからな。それを思えば大したことではない、良き師に巡り合うことを祈っているぞ」
筋道を通したうえで、自分の力で一生懸命頑張る者を、魔王は決して嘲らない。それは支配者である以前に開拓者であったシルファーが、友と共に巨獣の住まう未開の地に赴いたことも、無関係ではないのだろう。
「王として、父として、それらの仕事を怠ることなく研鑽に励むが良い」
「ありがとうございます」
「マリーも、妻として母として、内助の功を忘れぬことだ」
「あの、私はご一緒してはいけませんか?」
「え」
「え」
はっきり言って、タロスもシルファーも、まさか出産後のマリーが付いてくると言い出すとは思っていなかった。
なので、思わず硬直していた。まさか、赤子を抱えて同道するつもりなのか。
それは余りにも無謀である。彼女は当然の事、子供が持たない。
びっくりしている両王に対して、バラ女王は笑いながら、ラッパ王は呆れながら応じていた。
というのも、こうした無茶も先祖譲りだからだ。
如何に巨大な獣は駆逐されているとはいえ、未開の地の中のさらに未開の地へ、自ら足を進めていたリストに彼女はよく似ていたのだから。
全く、先祖が先祖なら子孫も子孫である。
「あらあら、マリー。これから忙しいのだし、今までの様について行っては駄目よ」
「その通り、母としての役割は軽いものではないぞ」
「そう、でしょうか」
ちらり、と夫を見るマリー。
どこまでも妻にやさしい男は、それ故に断固として拒否していた。
「駄目だ、マリー……すまないが、無理だ」
「……残念です」
心底惜しそうに、くすん、と彼女は嘆いていた。




