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後悔と、感謝

「悪かったな、オカカ王。全て俺に譲ってくれて」


 オカカ王は言葉もなかった。

 目の前で行われた、鮮やかな凶行。

 武器よりも鮮烈な、素手に寄る殺傷。

 してはならないことを解禁した、タロス王の手並み。

 それを目の当たりにしたオカカ王は、心中が定まらぬままに応じていた。


「……詫びるのはこっちだ。悪かった、こんなことになっちまって」


 タロス王は様々な体液を返り血のように浴びていた。

 もちろん、血も浴びていたのだが、多くの不衛生な物にまみれて、本人は不快そうだった。

 とはいえ、タロス王に罪悪感などあるわけもないし、オカカ王に嫌悪感があるわけもない。

 双方ともに戦闘民族であり、戦争に限らず流血は日常的である。

 タロスにしてみれば普段の制裁の延長線上であり、オカカ王にしてみれば罪人を裁いただけのこと。

 むしろ、程度はともかく殺すか相応の罰を与えなければならない案件だった。


「それから……シャケはどうなる?」

「ツノ族で暮らすのは難しいだろうよ……」

「じゃあ引き取らせてくれ。幸い、ダイ族とも縁のないところがある。そこなら特に偏見なく……は、ともかく、角のないままツノ族で暮らすよりはマシなはずだ」


 彼の角は折られてしまった。

 折られた上に、それを周知されてしまっている。

 例え何をどうしたとしても、その事実はもうぬぐえない。


 彼が何をしたのか、そんなことは些細なことだ。

 もはや噂は取り返しがつかないほど流れている。

 角を折られるということは、そう言うことなのだ。


「悪いな、何もかも……」

「いいや、悪いのは俺だ」


 二人の王は、互いに自分の非を譲らなかった。

 責任は、自分にあると思っていた。それは間違いではないのだろう。

 どちらの王も、この状況を回避することができたのだから。


「俺が甘かった……ああ、甘々だ」


 そう言って、手放していた斧を拾うとダイ族の王は去っていった。

 残されたのは、ツノ族の王と死体だけだった。

 そして、生きている彼は同族だったものを見下ろしている。


「なんだったんだ、あれは……」


 彼も基本知識として、ツノ族とダイ族の相性差は知っている。

 その理由も、納得ができた。確かにあれだけの偉丈夫ならば、自分と言えども勝ち目はない。

 だが、そういう問題ではないのだ。どう考えても、アレはおかしい。

 タロス王のケンカは、大抵の者が目を奪われる。

 メザと戦った時も、諸王は彼の鮮やかさと危うげのなさに驚いていた。

 それを今回、オカカは誰よりも強く感じていた。


「ありゃあ、なんだ」


 我こそは最強である。

 それは王になりたいと思う誰もが思っていることであり、王になったオカカは誰よりも強く感じていた。

 証明された事実、自分こそが最強であるという事。

 それを、目の前で覆されていた。


 絶対に勝てない。何があっても、絶対に勝てない。

 彼は五人を相手に五通りの戦い方、殺し方をしたが、どれ一つとして対応できる自信がなかった。

 何なのだ、あの戦い方は。

 アレがダイ族特有ではなく、彼という男の戦い方なのだとしたら。


 一つ確実なことは、シャケは師と仰いだ男を間違えなかったということだ。



 今だ多くの事が片付かないユビワ王国に、一人の男を抱えてタロス王が現れたのは、それから数日後の事だった。

 ダイ族とはまた違う黄色の肌に、人間からすれば大きすぎる巨漢。

 頭にケガをしていて、部位が欠けているのではあろうが、彼は明らかにツノ族だった。

 ここにおいてほしい。

 本人の意識も定まらぬままに、タロス王はそんなことをエンゲー女王に頼んでいた。もちろん、誰も断るはずがない。早速優先順位の低い仕事の者たちが、彼の為の少し大きい家を作り始めていた。


「う……」

「起きたか」


 その家を建設している途中で、シャケはようやく目を覚ましていた。

 石畳の通路、その上に布を敷いて寝転がされていたシャケは、初めて見る渓谷の中の人間の街に戸惑っていた。


「タロス王、ここはどこで?!」

「まだ起きるな、シャケ」


 起き上がって取り乱すシャケを、タロス王は寝かせていた。

 その上で、記憶が定まらぬ彼に語り始めた。

 彼の身に何が起きたのか、それを成した者をどうしたのか。

 そして、シャケの今後の処遇についてオカカと話したとも。


「そう、すか」


 シャケは、自分の額の前を手で探った。

 分かっていたことではあったが、その喪失がつらかった。

 ツノ族の誇りが失われた今、彼はどれほどの武勇を得ても嫁が来ることは無いだろう。角を失うということはそういうことなのだから。

 未だに実感がわかない彼に、沈痛な面持ちのタロス王は訊ねていた。

 彼自身、未だ若いゆえに答えを出せなかったのだ。


「……教えてくれ、シャケ。俺に弟子入りして、後悔をしていないか?」


 角を折る、という一点が無かったとしても、今回の一件はツノ族の基準から言ってもあり得ないことだった。

 誰がどう考えても、議論の余地が一切なく、あの五人は罪人だった。


 だが、そうしたバカが現れることを常に警戒していたのがタロスの筈だった。

 圧倒しすぎてはいけないし、目立ちすぎてもいけないと。

 彼は自分の弟子に言い含めたが、まさか無関係の者から嫉妬され、凶行に及ばれるとは思っていなかった。

 オカカにも訊ねたことだが、シャケはそこまで不遇を受けるべき男だったのだろうか。

 何かを求めて手を伸ばしてはいけなかったのだろうか。

 強くなりたいと、今よりもいい暮らしをしたいと、努力してみたいと思ってはいけなかったのだろうか。

 犯罪を誘発するほどに、許されがたいことだったのだろうか。

 所詮は王の浅慮でしかなかったのだろうか。


「タロス王……」

「俺に弟子入りして、角を折られた。俺を……恨んでないか?」


 オカカが分をわきまえろと、彼の進言を払いのけるべきだったのだろうか。

 タロスが同族にそうしているように、うっとうしいと排除するべきだったのだろうか。

 彼は今までの様に、弱者に甘んじて生きて行けばよかったのだろうか。

 願うべきでも、祈るべきでもなかったのだろうか。

 結婚も子供も、諦めて過ごすべきだったのだろうか。

 幸運や奇跡に期待して生きていくべきだったのだろうか。


「タロス王……俺は」


 シャケは角や氏族を喪失した。ほぼ確実に、タロス王に弟子入りする前よりも状況は悪化した。

 彼は彼なりに努力したのだ、それはタロス王が一番よく知っている。

 その報いがこれでは、あんまりではないか。


 周囲にいるエンゲー王国の面々が、初めて見る勇壮な王の泣き言。

 それを聞いてシャケは起き上がり、折れている角の根元を見せながら、タロス王の手を取っていた。


「俺は、嬉しかったですぜ」


 それは、本音だった。

 落ち込んでいるタロス王の手をとって、シャケはそう伝えていた。


「なんて言えばいいのか、分かりませんが……俺ぁ、オカカ王についてきていいって言われた時も、タロス王に気に入ったって言われた時も、メンタに勝った時も、嬉しかったです」


 確かに結末は残念だった。

 これから先何を得ても、埋め合わせは効かないのかもしれない。

 だが、それでも出てきた言葉は感謝だった。


 ありがとうございます。

 嬉しかったです。

 貴方の弟子に成れてよかった。


「タロス王……後悔なんてとんでもない。俺はタロス王に会えて、本当にうれしかったんですぜ」


「そうか……すまん、ありがとう……」


 俺の弟子になってくれて、ありがとう。

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