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暴力と、その理由

 金色の閃光となったオカカ王は、さほど離れていない場所で戦闘をはじめようとしているタロス王を見ていた。

 およそ、怒っている所など見たことがない彼の、その憤怒の形相は彼をして背筋が凍るものだった。

 敵対していない自分でさえこうなのである。彼に怒りを向けられているツナマ、エビマ、タカナ、コンブ、カラシの心境たるやいかばかりか。同情を感じるほどに、今の彼は圧倒的だった。


 その一方で、オカカはタロスの身を案じて居た。

 非常に今更だが、ツノ族の角はまさに凶器である。武器を持っているならともかく、素手では少々心もとないように思える。

 一対一を五回繰り返すなら自分でもできるが、五人一度となると自信はない。


 さて、どう立ち回るのか。そう思っていたオカカの前で、タロスは走り出していた。

 ダイ族の中でも最大の巨漢は、憤怒の表情で猛然と突進する。

 これに対して、五人全員が連携して立ち回ることができれば、或いは血路を開くことができた可能性はあった。

 だが、既に気勢で負けている上に先手を取られてしまった。或いは、気勢で負けているからこそ先手を取られてしまった。

 言うまでもないことだがこと戦いにおいて、一斉に攻撃することと、全員で互いを守ることでは難易度はまるで異なる。

 一気に攻め込むというのなら、或いは多少息をそろえればいい。

 だが、彼らは自分が死にたくないからこそ戦うのだ。まず可愛いのは自分の身であり、誰かが狙われたとしても、そこをフォローする気など無い。

 むしろ、タロスの突進から逃れようと、身を遠ざけていた。

 そして、見捨てられた一人の男は只狼狽するのみ。ツノ族である自分をして見上げるほどの大男が、殺意に燃えて襲い掛かってくるのだ。

 とっさに、眼を閉じて腕で頭を守っても不思議ではあるまい。


「ひぅ……!!」


 そこへ、股への蹴り上げが入った。見る男の、その心を凍り付かせる遠慮なしの一撃が、二つの大切な何かを潰していた。

 その痛みで彼はよろめきながらも自分の股を抑えようとする。

 その行為に、何の意味もなく、しかし、そうするしかなかった。

 その彼の顔を、タロス王は片手でつかみ、そのまま大きく持ち上げる。


 そして、人形でも振り回すようにツノ族の成人男性を高々と持ち上げて、それを近くの木にたたきつけていた。

 基本的に、頭部とは最も頑丈な部位である。

 そこを拳で叩くことはそれなりのリスクを伴うものであり、まして相手がツノ族では角で自分の拳を失う可能性もある。

 刀剣に置いて刃の根元を制することこそ最も安全であるように、頭をつかんで固定して、そのまま他の何かにたたきつければ一切拳を痛める心配はない。


 白日の、凶行。


 してはならないことを解禁した彼は、格闘技の範疇を越えた攻撃によって一人の男の命を奪った。

 その攻撃の最中、もしも他の四人が彼の背を襲えば一矢報いることができたのかもしれない。

 しかし、一切の手心なき巨大な戦士の殺意に、誰もが足をすくませていた。

 我が身可愛さに沙汰から逃げた時点で、彼らはもう誇りある戦士ではなくなっていたのだ。


「次」


 そして、彼は残り四人の中から獲物を選ぶ。

 そこでようやく、一人が奇声を発して彼に突撃を仕掛けた。

 己の頭部に生えた、鋭利な刃物。それが刺さりさえすれば、そのまま殺すことができる。

 目を閉じて、当たるを幸いに突っ込んだ彼は、その頭に手ごたえを感じていた。

 ずぶり、と肉や骨を裂いた手ごたえを感じていた。


「お前か」


 だが、傍から見ればそれは一種滑稽だった。

 さっきまで木にたたきつけていた『死体』を、当然のように盾にしたタロスは前蹴りで死体ごとその男を蹴倒した。

 体重差や、気が抜けていたこと。それらがあって角で共犯者の死体を切り裂きながら木の根が凹凸をなす地面に転がる。

 そして、もがくその両足を無慈悲にタロスはつかんでいた。そのまま、被さっていた死体をどかしながら持ちあげて、振り回す。

 両足首をしっかり脇に抱えて、そのまま力任せに振り回す。木々に頭部や胴体を叩きつけながら、それでも尚回って、放り捨てた。


「次」


 生きているのかを確認するのも面倒と捨て置き、残った三人を選ぼうとする。

 その時点で、彼らの心は完全に折れていた。

 これはもう、どうにかできる相手ではない。


「ひいいいいい!」


 一人が逃げ出し、それを見てもうひとりも別方向に逃げ出す。

 残った一人は、震える足で逃げることもできない。

 その彼に、悠然とタロス王は近づいていく。

 まるで抱擁するように両手を広げて……そのまま両手を水を掬うような形にして、両耳を挟むように平手打ちした。

 ただそれだけで、彼の鼓膜は破られていた。その苦痛と極限の恐怖が、彼を一瞬で気絶させる。

 崩れそうになる彼を、タロスは頭を両側から掴んでそのまま固定した。

 そして、両手の親指を、彼の瞼の上にのせて、押し込む。


「~~~!」


 あふれ出る複数の液体を気に留めることもなく、彼はそのまま頭から太い首に手を移す。

 そのまま、何の芸もなく両手で締めた。

 首を折る、それは難しいかもしれない。

 しかし、窒息させるだけなら少々時間をかけるだけで良かった。


 それを終えると、彼は逃げた内の片方を追跡する。

 元々彼らは、此処まで全力で走っていた。

 その疲労に加えて、与えた恐怖によって総遠くへは逃げられないはずだった。

 案の定、視界の隅で逃げる影を見つけた。

 一切躊躇なく、全力疾走する。


 どれだけ走ったのか考えるまでもなく、あっという間に追いつき、背中へ飛び蹴りした。

 その一撃が既に痛烈だった。彼はあっさり転倒して、それでもそのまま這って逃げようとする。

 その背へ、全体重を込めた踏みつぶしを行う。

 圧倒的な体重差と、逃げようとするばかりで抵抗できていない相手。それによって、数回の踏み付けで内臓は大分潰されていた。

 そして、その頭の角が地面に刺さっていることを確認すると、タロス王は大きく足を振りかぶった。

 まるで、球技の様に頭部を蹴飛ばす。それは、正にあっさりと彼をあの世へと送っていた。



 走って走って、幸運にも最後まで生き残った男は夕日が沈むころに森の中で膝を付いていた。

 もう走れない。肺も足も、もう動かなかった。

 逃げなければならないと分かっているのだが、どうしようもなく体は限界だった。

 その彼の後ろから、聞きたくない声が聞こえてきた。


「ところで、ここまでやっておいてなんだが……ここまでする必要があったと思うか?」


 自分以外の全員が死んでいる。そのことを悟った彼は、いよいよ進退窮していた。


「お前らをほどほどにボコって、アイツに謝らせるってのもあったと思うか?」


 既に殺害を終えたからか、彼は大分冷静さを取り戻しているようだった。

 だからか、少なくとも言葉から荒さは消えていた。静かで、普段の調子を取り戻しているようだった。


「正直、お前らの価値観がよくわからんから、角を折られるってのがどの程度辛いのかわからねえ」


 一種、自分の凶行に呆れているようでもあった。

 少なくとも、殺されなければならないほど彼らが悪だったのか。それは疑問である。一つの事実として、シャケは殺されたわけではないのだから。


「どうなんだ? 命よりも大事だったりするのか?」

「た、助けてくれ!」


 なんとか、そんなことを言っていた。

 仰向けになって腹を見せて、そのまま命乞いをしていた。

 死にたくなかった、と言うよりは痛い目にあいたくなかったのだろう。


「助けてくれか、まあ殺す必要があるわけでもないか」

「頼む、この通りだ!」


 両手で後ずさりながら、彼は命乞いをしていた。

 その彼に向って、酷薄な目をしている、タロス王。

 あるいは、いつも通りなのかもしれない。


「まあ、やりすぎだな」


 自分の行動を振り返って、やりすぎたと反省している。

 アレは殺すためですらない、痛めつけるための戦いだった。

 正直、好ましいものではないだろう。


「お前ひとり見逃しても、いいのかもな」

「た、頼む!」

「それじゃあ聞かせてくれ」

「なんでも、なんでもするから!」


 彼は、もうわかっていたのかもしれない。

 タロス王の目に宿る、冷たい殺意を。


「シャケは……頑張っちゃいけなかったか? 結婚したいとか、思っちゃいけなかったか? 現状に不満を感じて、解消しようとしちゃいけなかったか?」


 それはきっと、何時も抱えている鬱憤でもあるのだろう。


「別に、お前達とケンカしたわけでもないだろう。にもかかわらず、お前らはなんでシャケを襲った?」


 誰かの足を引っ張る、誰かへの憎悪だった。


「……先に一線を越えたのはお前達だ。お前らはもう九氏族じゃない、流れ者だ。八つ当たりが混じっていることは認めるが……」

「ひ、ひぃいいいいいい!」



「お前にも、似たような目をあわせるよ」

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