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村の悲哀と、ついでに末路

 世の中には、他人が得をすると自分が損をしたような気になる者がいる。

 自分を高めることよりも、相手を陥れることで結果を得ようとする者がいる。

 それ自体は、さほど珍しくもなく、それ自体を裁かれることはない。


 少なくともタロスも、エリックを倒すために罠をはった。

 状況によっては、勝利を確実なものにするために、罠をはることは有る意味当たり前だ。

 戦術的に考えて、何も間違っていない。


 だが、彼らは戦略を間違えた。

 確かに下に見ていた相手が、自分達を追い抜いて行ったのは面白くなかろう。

 二人の王に近づいて、旨い飯をたらふく食って、今後もその恩恵を受け取ることを半ば約束されている彼はさぞ妬ましかろう。

 だがそれでも、角を折るべきではなかった。

 角を折られるということは、ツノ族にとって焼き印を押されたに等しく、著しく尊厳を損なう行為だった。

 そして、それを王でもなければ正当な中罰を与えるに足る側の者でもない彼らがしてはいけなかった。

 例えば家族が襲われたとか、飢饉のときに備蓄を奪ったとか、そうした正当性があれば情状酌量の余地はあっただろう。

 だが今回の一件は完全に逆恨みである。王が怒るのも当たり前だった。


 まさかシャケなんぞのために、王が怒ることなどあり得まい。

 どこまでも彼の事を軽く見ていた彼らは、同意見を持つ者の協力もあって禁忌をあっさりと踏み越えていた。

 シャケ如きが調子に乗るからだ、ざまあみろ。

 そんな浅はかな考えで、彼らはしてはならないことをしてしまっていた。


 惜しむらくはこの村やその周辺で、幸運にも角を折らねばならぬような悪党が出たことがなく、掟の存在を知っていても深刻に考えていなかったことが大きいのだろう。

 今後、そうしたことはなくなるに違いない。

 なにせ、この村はまさにそうしたことになるのだから。


「選べって言ってんだろうが!」


 オカカ王は追放か角を折るか、その選択肢を彼らに与えていた。

 それ自体が、ある意味ではありえないことである。

 確かに周辺の村には彼らの肌の色と角の形を通達して、縄張りから追い出すように言うことができる。

 だが、彼らにとっては甘すぎる、都合の良すぎる選択肢であると、彼ら五人は未だに気付くこともなかった。


「「「「「ひぃい!」」」」」


 彼らが選んだのは、逃走だった。

 無理もない、彼らはそもそも自分の実力に自信があるわけではない。

 金棒を持った王を相手に、五対一とはいえ挑めるわけもない。

 金棒の真価を知るか知らぬかなどどうでもいい。彼らはただその不朽さを知っている。

 その金棒は、ツノ族の角をあっさりとへし折るのだと。

 角でさえそうなのだ、頭蓋骨さえ容易く砕くに違いない。


「もうお前らのことなど知らん! 二度と戻ってくるな!」


 自分の周囲に座っていた村の衆を押しのけて、彼らは逃走を行う。

 それなりには正しい事だった。

 確かに角を折られてこの村にいれば、遠からず凄まじい目にあい、そのまま殺されるだろう。

 それに比べれば、まだ追放刑の方が穏やかであると言えた。


「……メンタ」

「お、おう!」

「お前は悪くない……お前はな」


 全く不運な話である。

 まだ意識のないシャケは、長老衆の集会場に置いたままである。これからいろいろと彼の行く先を考えねばなるまいが、少なからず予定に反するものであるに違いない。

 同様に、この村の住人も同じである。

 シャケの無謀と蛮勇の成果の恩恵を受けるはずだった彼らは、連帯責任によって彼らの様な考えたらずの連中の負債を支払い続けることになるのだ。

 哀れだが、仕方ないのだ。知らぬ存ぜぬでは、済まされないこともある。


「俺は……ちいと見届けてくる」


 追放されたということは、角が生えたままであってももはや彼らはツノ族ではないことを意味している。

 もはや、彼らは自由なのだ。

 何をしても、何をされても、一切が自由なのだから。



「クソ、クソ、クソ!」

「ああ、なんてこった!」

「おめえが悪いだろう!」

「んなこと言ってる場合か!」

「とにかく走れ!」


 彼らは前途の暗さを嘆いていた。

 なんてこったと、頭を抱えていた。

 だが、それでもある種の諦念があるばかりで、絶望はしていなかった。


 確かに自分たちの置かれた状況は良いとは言えない。

 しかし、必ずしも最悪の状況と言うわけではない。

 少なくとも境遇が同じ共犯者、運命共同体が五人いる。

 少々平均より下とはいえツノ族の成人男性が五人いるのだ、悔やむことは有ってもどうしようもないということはない。

 元々、原初の集落で生活していた彼らである。人口密度の低いツノ族の領地で手つかずの場所を探し、一応の仮宿を作ることもそう手間ではない。

 そこから先は、まあ色々だ。人里に降りて女をさらってきてもいいし、或いは開き直ってツノ族の村を襲ってもいい。

 考えが浅いのは事実だが、不可能なことを列挙しているわけではない。


「とにかく村から離れろ! 村の連中が殺しに来るぞ!」


 まさかこんな大きなことになるとは。

 自分たちの浅慮を呪いながら、彼らはひた走る。

 おそらく、オカカ王は自分達を追跡しないだろう。

 だが、村の連中は別だ。村の評判を地に落した自分達を、オカカ王以上に憎んでいるに違いない。

 そうなれば、角が折られた方がまし、という残虐な行為が待っているのだろう。


「はしれ、走れ……ひぃ?!」


 どれだけ走ったのだろうか、どれだけ村から離れたのだろうか。

 銀色の閃光と共に、自分達の前に巨体の王が現れる。

 あらゆる氏族の中で最大の雄が、手に持っていた斧をそこらの木に刺して拳を握っていた。


「タロス、王……」


 そういう事か。

 誰もが、ようやく状況を理解していた。

 タロス王はよほどシャケを気に入っていたのだろう。

 その彼を、極めて非道に倒した自分達に、怒りを燃やしていたのだろう。

 それはオカカ王も同じで、自分の不始末を認めて制裁の権利を譲ったのだ。

 もはや自分たちは王なき者。ダイ族の王が私刑を行っても、確実に許される。

 彼は自由を手にしていた。自分達に何をしてもいいという自由を。


「どうする?」

「どうするったって、お前……」

「……やっちまおう」

「そうするしかねえな」

「もう、他に手はねえ!」


 『じゃんけん』と言う手遊びがある。

 この手遊びは、グーがチョキに勝ち、チョキがパーに勝ち、パーがグーに勝つ。

 例え勝った側が一人で、負けた側が何人いても、それこそ何千何万いようとも、決して覆ることはない。

 しかし、ツノ族に対して優位であるというダイ族は、双方素手という条件を考えなかったとしても、流石に五対一では勝算は薄い。

 いまだ健在なツノ族の角は、一撃必殺。仮にタロス王の巨体であっても、刺さりさえすれば輪切りにできる鋭利さだ。

 少なくとも、あの村で待っていたオカカ王の金棒に立ち向かうよりは、まだ希望が持てた。


「……お前ら」


 だが、彼らは知らない。

 ここにいる男が、どれだけ怒っているのかを。

 禁じ手としていたあらゆる行為を、完全に解禁しているこの男の暴虐を。


 ツノ族は人間よりも屈強であり、少なくとも五対一ならダイ族にも勝ち目はある。

 だが、此処にいるのは余りにも怒りすぎている一人の王だった。


「楽に死ねると思うなよ」


 彼らには、想像を絶する素手の『ケンカ』の地獄が待っていた。

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