吉報と、凶報
「あら……」
それは、俺とマリーが朝食を食べようとしているときの話だった。
朝食の準備を終えたユリさんが、マリーの腹を凝視して、そのまま撫で始めた。
なんというか、その所作は非常にアレだった。見るからに、何かを期待させるものだった。
「あらあら」
「おい、まさか?!」
はっきり言って、ここまで思わせぶりなことをされては、違いましたでは済まされないところである。
元々夢魔族はその方向に特化した氏族。
ならば、この行動はつまり何かを感じとったと言うことだろうか?!
「しばしお静かに、タロス王。これは慎重を要するものです」
アンドラが俺を止める。
確かに、完全に人力で診断しているので、余り騒がしくするべきではないのかもしれない。
しかし、顔を赤くしながら硬直しているマリーを見ていると、俺も興奮してしまう。それは仕方がないことだ。
だって、これはもう、他の可能性が考えられないのだから!
「どうなんですか、ユリさん!」
マリーはやや語気を強く、緊張の面持ちで訊ねていた。
手をさすりさすりしているユリさんは、にっこりと笑って……。
「おめでとうございますタロス王」
「「「おめでとうございます!!! タロス王!!!」」」
いつの間にか俺達を包囲していた夢魔族のメイドたちが、声をそろえて祝福の言葉をくれていた。
それはつまり……できたのか!
やったからできたのか!
「マリー! やったな!」
「はい、やりました!」
俺はマリーの両脇を抱えて、持ち上げて抱きしめた。
こんな嬉しい話は、中々ない。彼女が俺の嫁になったときのように、とても嬉しかった。
他の氏族もそうであるように、俺は懐妊が、おめでたが、この上なく嬉しかった。
「おめでとうございます、タロス王」
「「「おめでとうございます、タロス王」」」
いつの間にか、メイドたちに交じってアンドラの部下である森魔族の面々も、いつもの忍者姿で俺を囲んでいた。
なんというか、俺は祝福されている感が半端ではない。
とんでもなく、ドストレートに、他の誰かに知ってほしくて仕方なかった。
いろんな人に祝福してほしい一心だった。
「マリー、マリー、マリー! 俺のマリー……ありがとう! 頑張っていい子を産んでくれ!」
「はい、タロス王! 私、頑張ります!」
結婚して一年経っていないぐらいだろうか、俺は夫になって父になるのだ。
はっきり言って、王になった時よりも何十倍も嬉しい!
はた目には、物凄いムキムキマッチョな大男が小柄な少女を人形のように振り回しているような絵面だが、それでもいいのだ。俺は世界一の幸せ者である。
※
「まだ男の子か女の子か、ダイ族寄りの人間か、人間よりのダイ族かは分かりませんが……」
少し冷静になった俺は、マリーを普通の椅子に降ろしていた。
妊娠初期も初期だろうが、妊娠中の女性を手荒に扱うものじゃないしな。
というか、よく考えなくても凄いな。見ただけで妊娠しているかどうかわかるとか。
「まだ初期ですので目立ちませんが、その内大きくなりますよ……」
そんなことを教えてくれるユリさんは、こう、まるでお腹が寂しいかのようにもじもじしている。
いや、待て、まさか妊婦を見ていたら自分も妊娠したくなってきたのか?
エロいけど、迷惑だ。マリーも微妙に不安そうである。
「タロス王……よろしければ私の事もどうですか?」
「控えろ、ユリ」
「ねえ、アンドラ。やっぱりあの指輪を貸してちょうだい?」
「弁えろ」
うん、やっぱり森魔族がいないとブレーキがかからんな。
禁欲的な森魔族と欲望に正直な夢魔族は、組ませるとバランスが取れていい。
「だって、私も人間になって混血の子供を、男の子を産みたいのよ」
「子は純血混血を問わず貴いものだ」
「それはそうでしょうけども……」
「この道具はお前に使うべきものではない」
そんな会話を聞いていると、少し気になることがあった。
よく考えてみれば、アンドラという名前自体が人間風だ。
そして、前の城で聞いた限りでは彼女自身は純血でも、混血の子孫だったはずだ。
「アンドラ、お前は混血の、人間の血が入っていると聞いたことがあるのだが、本当か?」
「さようです」
特に隠すことでもないと、彼女は応じていた。
確かに、見た目からは一切人間の血は感じられない。
おそらく、寿命は森魔族そのままなのだろう。
「私の母方の祖母は人間で、私の母は人間寄りの森魔族でした」
基本的に、顕著なほど人間の性質を引き継ぐのは混血の一代目ぐらいで、それ以降は全くと言っていいほど他の氏族と変わらないらしい。
その証左の様に、彼女は他の森魔族を率いていた。
「私の母は殉死しましたが、それまでは肉体が顕著に『老いる』ということはなかったと聞きます」
「まあ、私達ヨル族やミミ族、カミ族は寿命で死んだ例がほとんどないものね。人間との混血でも、どの程度短くなっているかなんてわからないもの」
前世では竹の花が咲くのは凶兆の証だとか。
何十年に一度しか花が咲かないという。
なので、深海魚よりもその辺りの研究が難しいそうだ。
同様で、そもそも長生きするのが難しいこの世界では、寿命が長すぎる魔人たちや、それとの混血児の寿命などわからないのだろう。
きっと当人たちも、調べる気もないに違いない。
長命種にとって、長生きができるというのはある意味当たり前だからだ。
「それに、混血などさほど珍しい事ではありません。マリー様の先祖にして魔王様のご息女、リスト様が人間を率いて新天地を目指したのは周知のとおりと思いますが、別にすべての人間を率いたわけではないのです。およそ大部分はこの魔王領に残ったと聞いています」
「その方たちはどうされたのですか?」
「むろん、子をなして残していきました。ですが、人間は異氏族と子をなせば血が薄まります。それを数世代繰り返せば、必然的に『人間』は絶えるのです」
なるほど、これまで魔王領に保護を求めていた国と同じと言うわけだ。
つまり、広い意味でこの大陸に暮らす九氏族は、なにがしかの形で人間との混血なのだろう。
もちろん、その特徴はほとんど失われているのだろうが。
「いいわよねえ、人間はいろんな混血の子を産めるから……」
「ヨル族が言うことではないだろう。それとも、今まで産んだ子供は可愛くないか」
「そんなわけないでしょう、ロマンの話よ!」
怒り出してむくれるユリさん。
やはり、アンドラと仲は良いようだ。まあ、仲が悪いのをセットで送り出すとか、いくら何でも無いだろうが。
しかし、その理屈で行くと、夢魔族はどうなのだろうか。
こいつらって、基本寿命じゃ死なないし、子供を作りにくいわけでもないだろうし。人間と違って、混血の子を産むこともない。夢魔族ってドンぐらいいるんだろう。その辺り、どうなっているのか。
「では、魔王様に報告の手紙を……ハネ族を呼び、報告書をしたためます。奥様も、よろしければ祖国に報告の一筆などされてはいかがですか?」
「そうですね、御父上に報告しなくては!」
基本的に、バイル王国が魔王の子孫であるということは、あまり知られていないはずである。加えて、マリーが我が妻として結婚し、実家と連絡を取り合っていることも、公にはしにくい事の筈だ。
あんまり証拠の残りそうなものを書くのはどうかと思うが……でも嬉しいからいいかなって……最悪心を病んだ父親へのごまかしだと言えばいいと思うし。
「む?」
よく考えたら、今この屋敷とその周辺にいる面々は、全員俺の周辺にいるわけで。
それはつまり、周辺の防衛網が完全に欠如しているのだろう。
アンドラを含めた森魔族が耳を動かして、何かに気付いた。
「タロス王!」
扉を押し開けて現れたのは、金色のオーラを帯びて『ダッシュ』してここに現れたらしきオカカ王だった。
相変わらず、なんというか、汚い。
その上、その顔は一種切羽詰まっていた。
なにか、凶報らしきものでも抱えてきたのだろうか。
俺は、自分の中の楽しい気持ちが冷えていくのを感じていた。




