強い者と、弱い者
明文化されずとも、ヒエラルキーと言う物はある。
上の者は下の者にある程度の横暴が許されて、下の者はそれを受け入れなければならないと言う物だ。
もちろん、それは絶対的な物ではなく色々と変動する物なのであり、その状況を脱するために力をつけるのは極めて健全である。
しかし、少なくともタロス王は、彼に節度を持つようにと散々言い含めた。
下剋上をすると言っても、別に相手は犯罪者でも支配者でもない。
社会の中のルールやマナーを守った上で、きっちりと勝つ。そうでなければ勝ったとは言えないし、それで勝っても心証が良くなるとは限らないからだ。
相手は強者であって悪者ではない。よって、健全に戦う必要性があった。
「オラこい!」
焚火の火に照らされる、この村の一番の働き手。
青い肌で二本の角、シャケよりもやや大きいメンタ。
さしあたり、と言うことなのだろう。メンタは軽く両足を広げて膝を曲げ、シャケを挑発しつつ手招きする。
無防備に受けることで、とりあえず出方を見ようと言う物だろう。
言うまでもなく、パフォーマンスである。
それに対して、シャケは恐怖を振り切りながら拳を振りかぶった。
極めてまっとうに、極めて普通に、この村を出る前と変わらない普通の殴り方をしていた。
「!」
「どうだ!」
それでも、かなりの威力があった。
角を武器とするツノ族は首の骨や筋肉が極めて太いのだが、それでもその一撃を受けて大きくよろめいていた。
上手い飯をたらふく食って、体重や筋肉が増したシャケ。
その拳は、相応の強化を遂げていた。
「やるじゃねぇか!」
酒の気が抜けたのか、闘志を燃やすメンタ。
言うまでもなく、ここで追撃をかけるのが正しい。
だが、それは作法に反する。
ターン制というわけではないが、無防備なところへ打ち込んで、そのまま殴り倒しても意味がない。
反撃の一撃を、シャケも歯を食いしばって耐える。
やはり、当然、相手が強い。
目から火花が出そうになりながら、その一撃を受けても踏みとどまった。
「さあ、もっとこい!」
「よっしゃあ!」
あいさつ代わりはここまで。
村の者も皆ケンカで盛り上がってきた。
一種の礼儀は終わり、此処からタロス王の授けた『コツ』が活きてくる。
「おらぁ!」
まずは『当てる殴り方』だった。
脇を絞めて体重を乗せず、刻むように軽く当てていく。
大きく振りかぶって殴ろうとしていたメンタの、その顔に丁寧に打ち込んでいく。
タロス王がメザを倒した時とは違い、お互いじゃれ合いの様なケンカをしている。
よって、相手の角を気にすることなく殴ることができる。
如何に首が太く、且つ体重を乗せていない軽い拳とはいっても、刻むような素早い拳を初体験したメンタの動きはわずかに止まる。
もちろん、そのまま殴り倒せるわけではないが、相手の動きを止めることができればそれで十分。
シャケは再度、大きく振りかぶった拳をメンタの顔面にたたきつける。
「「「おおっ?!」」」
周囲から見れば、メンタは一方的に殴られ、シャケは相手を殴り飛ばしていた。
ただそれだけで、周囲はタロス王仕込みの技を見て興奮を隠せない。
コツを習いに行ってくるとは聞いていたが、まさか本当に強くなって帰ってくるとは思っていなかったのだろう。
基本的に、強さとは生来のもの。或いは親から十分な食事を受けたかどうか。
後天的に強くなるという発想がないツノ族の面々は大いに驚いていた。
「……すげえな、これがタロス王の所で習ったもんか?」
「ああ、まだまだだ!」
「そうか、俺もだ!」
一番驚いたのはメンタだった。
何が何だかわからないうちに、何度も殴られてそのまま軽くよろめいたのだから。
しかし、それでもあっさり負けるほどツノ族のケンカは温くない。
即座に建て直して、そのまま襲い掛かる。
タロス王に習った通りだ!
そう思いながら、拳を解いて掌底の構えをとるシャケ。
突っ込んでくる相手には『押す殴り方』、そう習っていた。
しかし、掌で押し込む打撃は、言うまでもなくわずかにリーチが短い。
ダイ族の中でも最大であるタロス王ならば問題にならないが、さほど大柄と言うわけでもないシャケにとって、掌底で押すという攻撃は相手の攻撃にさらされることを意味していた。
「だらぁ!」
ごん、と一撃喰らう。
やはり痛いが、それでもなんのこともない。
この程度なら、問題なく耐えられる。
とにかく、押し返すこと。強く殴るのではなく、後ろへ押し込んでいく。
もちろん、メンタはさほど痛くない。
顔だけではなく肩や胸などを押し込んでくる打撃など、そこまで痛いわけがない。
だが、後ろに押される。体勢が崩れる。
別に相撲の様に場外負けがあるわけではないのだが……後ろへ押しやられるのははた目には負けているように思われるし、そもそも反撃がしにくい。
メンタはメンタで殴り返しているのだが、やはり相手の方が回転が速い。
こちらが二回打つ間に三回は押されている。
そして、体勢が崩れているので余り強く殴れない。
「くそ!」
まずは体制を整える。
一旦攻撃の手を休めて、何とか堪えようとする。
殴るのではなく、踏みとどまろうとする。
タロス王から、言われた通りだ!
そうするしかない、そうしてくる。
それなら、それを待てばいい。
如何に姿勢が崩れているとはいえ、『痛い殴り方』で打たれていたシャケは涙目で、腫れ上がった顔で勝機をつかんでいた。
ここで、下段蹴り。
踏ん張っているメンタ、その前に出ている右足にまずは外側から一発。
「でぇ?!」
いきなりの足技。
それも、非常に地味な相手の足を蹴る技。
予想外のそれに、メンタの動きは再度止まる。
そこへ、蹴り脚を変えて、内側への下段蹴りが入る。
「だぁ?!」
メンタはたまらず大きく下がる。
無理もない、彼にとって、そこまで重要なケンカではないのだから。
そして、それは大きな隙だった。
これは技術を抜きにしても当然だが、よろめきながら後ろへ下がる、と言うのは最悪の状況である。
「おおおおあああああ!」
裂帛の気迫と共に、シャケは大振りの拳に全体重を込めてメンタの顔面をぶん殴る。
一発、二発。
痛いのが嫌いな男は、痛い顔に耐えながら必死で殴る。
思ったほど、楽には勝てていない。
タロス王には痛いのが嫌いだ、といっていたが、それは余り改善されていないように思える。
だが、勝てている。
同じ村の者だから知っている、メンタという男の強さ。
その彼を、自分は圧倒している。このままいけば勝てる。
負けるかもしれないとか、負けるだろうとか、負けるに決まっているとか、そんな痛みではない。
このままいけば勝てる、というモチベーションが彼に痛みを克服させていた。
「だあああああ!」
三発目は、会心の手応えだった。
どん、という音がして、目の前には大の字になって倒れているメンタがいた。
流石に気絶、と言うわけではないが強く頭を殴られて、一人では立てなくなっている。
「か」
握っている、黄色い拳が痛い。
と言うか、顔が凄い痛い。
だが、自信は確信に、主観は客観に。
「かったあああああ!」
彼は目標を達成していた。
村の衆の前で、村で一番強い奴を倒していた。
「すげえ! 本当に勝ちやがった!」
「おい、メンタ、大丈夫か?!」
「本当に勝つか……すげえぞ、シャケ!」
村の者は、この結果に驚いていた。
ありえないことだった、こんな風になるとは思いもよらなかった。
だが、確かに彼はその強さを、衆目の前で証明したのだった。




