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帰還と、戦い

 多少弱いライオンがいたとしても、人間から見れば十分に脅威である。多少強い人間ではライオンを倒すことなどできない。

 だが、ライオンの群れの中では結局弱いライオンだ。


 はっきりと言えば、原始の暮らしは優しいものではない。

 女は子供を産まねばならず、男は食料を得なければならない。

 どちらも、それができねば立ち行かない。そうした社会だった。


 男は狩りができなければならないが、それを比べる機会として素手でのケンカがある。

 勇気と力を示す。それこそがケンカの意義なのだ。

 ツノ族のシャケが人生に絶望していたろころで、ダイ族のタロス王に縋ったのもある意味では当然だった。

 このままでは結婚ができない、という危機感は、他の価値観が一切ない社会において致命的だった。

 藁をもすがる思いで自分の王の後をつけて、他氏族の王に願い出た。

 これを払いのけられても、それは普通の事である。

 だが、タロス王は思うところあったのかそれを受け入れていた。


「とまあ、そんな具合でなぁ。シャケはタロス王の所で厄介になってたよ」


 当たり前だが、シャケの村を回ったときにオカカ王はそんなことをその村の長老に伝えていた。

 それは当然、その村の者たちには知れ渡っていた。


 とはいえ、王と王の決めたことであり、貸し借りが発生してもそれは王同士の問題であってその村に一切の負担は発生しない。

 その辺りの事も、淡々と話をしていた。

 冷静になって考えてみれば、ツノ族の王の後をつけている時点で追い返すべきだったのだが、そこを許して連れてきてしまった時点でオカカの抱えた問題になってしまったのである。

 何かと気難しいタロス王とつながりもできたし、悪い事ばかりではない、とオカカは考えていたが、その村の住人の中に暗い考えを持つ者もいた。



「よう、皆! 久しぶり!」


 未婚で養う相手もいないシャケが、村を留守にしてからしばらくたって帰ってきた。

 黄色の肌には筋肉が詰まっており、よほど美味い『料理』を食っていたのだと察しは付く。

 たんまりと布袋の中に突っ込んできた大量の日持ちがする用の料理は、王でも長老でもめったに食べられないヨル族の料理である。


「おめえ上手いことやったなぁ」


 出迎えた長老の言葉は、紛れもなく本心である。

 他所の王からこれだけ土産を渡されたのだ、さぞ気に入られたに違いない。

 もしかしたら、慶事の度に呼ばれる、と言う可能性もあった。


「ははは! ああ、すげえ王だった!」


 出し抜かれた、という想いがないわけではない。

 だが、自分の村に惜しみなく土産をよこした時点で、概ねのわだかまりは解けていた。

 明るい昼下がり、まだ若い衆が魚や獣を獲って帰ってきていない時間に、何とも楽しそうに帰ってきたシャケを、皆が暖かく迎えていた。

 まあ、迎えていたのは背負っていた料理かも知れないが。



 日はすっかりと落ちて、帰ってきた働き手たちも一緒に土産を食べていた。

 やはり一つの村が受け取る、ということで普段よりは皆が受け取る量も多かった。

 整地された集会所での食事と言うことで、流石にダイ族よりは多少文化的であった。


「魔王様のお城はよぉ、そりゃあもうデカかったぜ! 小さい山みたいなのが、森の隙間からも見えたんだ」


「そっちはオカカ王から聞いてるって!」

「タロス王のことを聞かせてくれや!」

「人間が嫁さんってのは本当かぁ?!」


 おそらく、人生で初めてではないだろうか。

 これだけ周囲から注目を受けていい気分になれるのは。

 シャケは土器の瓶に入った酒を飲みほしながら、得意の絶頂のままに皆へ土産話を聞かせていた。

 なにせツノ族にとってダイ族など、戦争で集まったときにしか会わない相手である。

 それの王の家で寝泊まりをしたのだ、そりゃあ土産話を聞きたくなると言うものだ。


「マリーって嫁さんが魔王様の子孫だって話でよ、それで魔王様からでっけえ屋敷をもらって、ヨル族の女をそりゃあもうたくさん部下にしてもらったとか!」


「ヨル族を?!」

「たくさん?!」

「そりゃあ本当か!」


 村の男衆がそれはもう食いついて……、女衆はじろりとにらんだ。

 およそ、全ての氏族の男にとってヨル族の女は理想の相手であり、およそ、全ての氏族の女にとって敵だからだ。


「噂通り! 夜はすげえし飯は旨い! 何も言わなくても家を綺麗にしてくれるしな!」


 実際にはミミ族も狩りの案内などをしてくれたのだが、その事はきれいさっぱり忘れている。

 まあ、仕方がないと言えば仕方がない。ミミ族などそこらにいるので、出あってもそんなに自慢にならないのだ。


「タロス王はすげえ方だったぜ! 熊を一発だしよぉ!」


 やったことは単純で、実際にまだ同族に試したわけではない。

 なにせ、体格差は大人と子供だ。戦うにも限度がある。

 なので、正直不安を感じるべきだったのかもしれないが、偉い人に気に入られて鍛えてもらった、という事実が彼の気分を良くさせていた。


「おし、じゃあケンカをしねえか?」


 青い肌に、縦に並んだ二本の角。

 メンタという名を持つツノ族の男が名乗りを上げていた。

 先日オカカ王に負けた男の一人であり、この村の中では強いとされている偉丈夫だ。

 もちろん王ほど強いわけではないが、それでもシャケとケンカをするときにはいつも倒していた男だった。


「よっしゃ! じゃあ受けてやるぜ!」


「「「おおおお!」」」


 意気揚々と、その挑戦を受けるシャケ。

 メンタがどれほどの実力を持っているのかを知った上で、彼は上機嫌で受ける。

 酒が入っていたことは事実だが、それは相手も同じことだった。

 なによりも、ここで売られたケンカを買わねば、面目躍如どころの騒ぎではない。


 戦わずして勝つ、などとは余裕のあるものの妄想だ。

 シャケにとって、これは一世一代の大勝負なのだから。 

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