女を奪い返しに来る勇者と、迎え撃つ巨人の話
さて、俺は十日ほどかけて多くの村を回っていた。
とはいっても、多くの村には長老もいる大きな村もある。
そこでは流石に、長老がこちらに顔を出してくることもあった。
「いやあ、流石はダイ族の王! 我らの誇りだ!」
と、俺よりは小さいものの、それでもマリーよりはだいぶ大きい長老がやたら親し気に話しかけていた。
このなれなれしさの理由もわかっている。一番の大物はもらうのは当然として、他にも獲物が欲しいのだろう。
実際、長老がいる村以外の連中は悔しそうにしているし。
幸い、今回の獲物は俺よりも大きい熊だった。それが八頭ほどである。
流石に無傷とはいかず、それなりに大きな傷を受けた。
もちろん、雑菌だらけの手で皮を抉られた程度だが。
もう仕事のできる職人集団たる森魔族が治してくれている。傷口を綺麗な水で洗い、清潔な布で拭い、更に薬草をすりつぶした物を塗ってくれていた。実に適切な処置である。
いいなあ、この部下がいる感。本当にこいつらがいてくれてよかった。魔王も人が悪い、こいつらを最初から各王につけておくべきではないだろうか。
「どうだ、ワシの村に来ないか? 手当も必要だろう?」
「嫌だ」
頑としてはねのける。
ここで一歩でも引けば押し通されるのが、巨人族というものだ。
意見ははっきり伝えないと、何も通らないのである。
「俺はこれから次の村に向かう。それとも何か、お前達が代わりに村々を回ってくれるのか?」
「い、いや、そう言うわけじゃない。ただ、そのなんだ。少しくらい遅くなってもいいだろう?」
「それじゃあこの獲物は他の村に持っていく。遅くなってもいいんだろう?」
「いや、それは困るが……」
こいつの思惑は明らかだ、俺に適当な女でもあてがって、そのまま種でも搾り取る気だろう。
言うまでも無いが、王家というものが無くても巨人族にとって体が資本だ。
巨人の王である俺の子は、それはもう大きく育つだろうと、そう期待されているようだ。
あるいは、現地妻でも気取るつもりかもしれない。
「このままここにいたら、他の村の奴らが襲ってくるぞ」
「ぐ……」
「遅くなって文句を言われたらお前の名前を出すが、いいんだな?」
「わ、分かった……引き留めて悪かった、行ってくれ」
そこまで言うと、ようやく諦めてくれた。
いやはや、ありがたい話である。
「この獲物の分け前はお前に任せる。好きなように分けろ」
「いいのか?」
「俺は忙しいんだ、これ以上時間を無駄にしたくない」
飯はタダでくれてやってるんだから、ありがたく受け取って終了にして欲しい。俺の切なる願いである。
まあ、それなりには見直されてきたのかもしれない。
いつも以上に、押しが強いのだ。
「行くぞ」
曇天の下、獲物を渡し終えた俺は長老と周囲を置き去りにして、アンドラとその部下、マリーと共に狩場を後にしていた。
「その……よろしいんですか?」
「はっきり言うが、君が巨人族の村に行ってみろ、それこそ体を壊すぞ」
「そんなに嫌われてしまうでしょうか?」
「それもあるけど、単純に人間の胃腸で巨人族の飯を食べたら、腹を壊すぞ」
衛生だとかそういう問題ではない。
何せ、汚いという言葉もよくわかっていない連中だ。
もちろんこの時代の人間も、俺の生まれた日本に比べればだいぶ頑丈なんだろうが、それでも、多分寄生虫とかが怖い。
もっと言うと、肉が硬いから食えないと思うし。
「お怪我の治療も……」
「酒飲んで肉食って寝るだけだ。巨人族にその辺りの事を期待しないでくれ」
言ってるとどんどん情けなくなってくる。
もう少しこう、知恵ある生き物らしい、生活の智慧とかないのだろうか。
言えば言うほど情けなくなってくる。
「巨人族の文明的なところは、精々火を使える、かろうじて酒を造れる、ぐらいだと思ってくれると助かる」
「そうなんですか……」
正直、内政チートなどやる気が全く起きない。
そもそも根幹として、こいつらには建設的な行為をするという発想がないのだ。
あるものはある内に、食べられるだけ食べる。
そして、それでも普段は別に食うに困らない豊かな土地である。
ある意味、大地に甘やかされているのだろう。
「それにしてはその、タロス王は随分進歩的なのですね。多くの事を知っていると思いますし」
「色々あってな、昔から他の巨人族からは疎まれていたんだ」
「それだけでは説明がつかないような……」
どうしよう、前世の記憶があるとか言ったら、笑われそうだな……。
「なに、俺にも俺なりに色々あるのさ」
とりあえずごまかしておく。
全くごまかせてないと思うが、実際それが最善だろう。
「知っていることに意味なんてないんだよ」
「……そうかもしれません」
思うところでもあるのか、マリーはすっかり黙り込んでしまっていた。
まあ、なんか色々婚約者とも色々あったようだし、余計なことは言わないのが一番だろう。
「……申し訳ありません、ハネ族が近くに……これは急報です」
何か彼女だけに聞こえる音でも感じ取ったのか、アンドラとその部下は焚火の準備を始めていた。それも、燃えたら煙の出る針葉樹の枝を切り落として、狼煙を上げるつもりの様だった。
「どうされたのですか?」
「ハネ族、半鳥族の犬笛みたいなもんだ。ミミ族にだけ聞こえる音を発する笛をハネ族は持ってるんだ」
半鳥族は言うまでも無く、この世界の空の覇者である。
彼らは非常に高速で空を駆けることができるし遠くを見ることもできるのだが、流石に広大な森の中で木々に隠れている誰かを見つけ出す、と言うことはできない。
なので、森の中に隠れているミミ族に笛を鳴らして、狼煙を上げて合流する、という手段を用いていた。
色々と曲があってそれによって呼ぶ相手が違うとか、暗号的なものが色々とあるらしい。
文化的だな、といつも感心していた。
「もうしばらくすれば……連絡員が降りてくるはずだ」
「半鳥族! 空を自由に舞う亜人ですね!」
マリーはやたらと興奮気味だった。
無理もない話である。だって、空飛ぶ一族だもんなぁ。
当然弓矢が届く距離にはいないし、人間の領地を見て回るようなのは訓練されてるからそんなに会えないしな。
人間との戦争で駆り出されるわけでもないし、なじみは無いだろう。
「亜人の……失礼、九氏族の中でもハネ族は人間にとって憧れでして……子供がハネ族につかんでもらって空を飛んだ、という御伽噺があるぐらいで……」
「人間の子供ぐらいならギリいけるかもな」
空を飛ぶ。それは確かに人類にとって夢だった。
そして、それを自由に行う知恵ある生き物こそ、ハーピーだ。
「おお、タロス王! それからアンドラ殿!」
俺の傍らにいたマリーがぎょっとしたことを、俺はなんとなく感じ取っていた。
まあ無理もない話である。なにせ俺たちの前に現れた半鳥族が広げている翼は、片方だけでも俺ほどに大きいのだから。
「こうして速やかに連絡が取れた天運に感謝を! 急ぎの仕事を魔王様よりお持ちしました!」
ハンググライダーを想像して欲しいのだが、大体それであっている。
この半鳥族は、片方の翼だけでもそれぐらいデカいのだ。
それが自分の頭上に現れれば、その恐怖は言うまでも無いだろう。
とはいえ、この茶色の翼を広げた半鳥族の男は、見た目に反して非常に軽く打たれ弱い。
非常に軽量なこいつらは、成人になっても九氏族の中ではカミ族の次あたりに軽いのだ。
「連絡御苦労、内容を」
「おお、ミミ族はいつものように話を急ぎなさる! ですがそれも当然のこと! 此度我らが笛を奏でましたように、火急の要件なのですから!」
巨大な翼をあっさりとしまって、貫頭衣を着込んだ鳥はふんわりとコンパクトに、木々の隙間を縫って着地していた。
「おや、もしやそちらのご婦人はマリー様では?」
「え、はい、そうです……私がバイル王国の……」
「ははは! 噂には聞いておりましたが、なんとお美しい!」
「早く言え」
「おおっと、これは口が滑りました。なにせ我らは何事も軽やかであることを信条とする、空の旅人! 孤高に虚空を飛ぶ覇者! さればこうして軽口をたたくのも当然の事。しかし、誉れも高き巨人の王よ! その奥方に語り掛けた無礼にお許しを!」
なんというか、この鳥どもはやたらペラペラしゃべる。
空を飛んでいると、歌を歌うぐらいしか娯楽がないらしく、人に会うと大喜びで話し出すのだ。
「では本題でございます。我らハネ族の目が、一人の剣士が馬にまたがり、魔王領へ猛進している姿を捉えました」
「まさか、エリック?!」
「ええ、そのようなのです……此度の大侵攻の立役者、我らハネ族の目とミミ族の耳を欺いた忌むべき男。此度マリー様を奪われ、更には諸国の貴族の娘が集いし華やかなる騎士達も蹴散らされ……故に諸王より憎まれ、命を狙われている大逆人! ある城に幽閉され、手にしていた魔剣も奪われ……しかし、それでも彼の男は諦めなかった! 如何なる手段を用いたのか、彼は執念と共に牢獄を脱し、そのまま馬を奪い走り出したのです」
いや、別にどうでもいいと思うのだが。
逃げ出したのはたかが敗残の兵一人でしかない。
そんなのが一人逃げ出したぐらいでは、精々山賊になるぐらいだと思うのだが。
「魔剣を携えて、でございます」
と、とても大真面目に半鳥族の男はそう言っていた。
いや、だからなんだ。
刃こぼれしない程度の剣が、俺が持っている斧ぐらいの代物が、何だというのだ。
「なんと?!」
「なんですって?!」
え、なんでアンドラまで驚いているんだ?
というか、周囲の森魔族も大いに慌てている。
何がそんなに慌てることがあるんだ?!
やっぱり剣からビームが出たり、ロボットを呼び出せたりするんだろうか。
「おや、タロス王はこれが如何なる意味を持つのかご存じないのですか?」
「ダイ族はそんなことを語らんのだ」
「はっはっは! まあらしいですな。ではこのハネ族の軽口にお付き合いください」
ばさり、と片方の羽を広げて半鳥族の男は語り始めた。
なんとも役者らしい振る舞いである。
「人間たちの神話において、二千年以上昔のバイル王国建国の更に前、建国の母となった少女時代のリストという少女は、父であるシルファーから剣を二本送られます。片方は己を守るに値する最強の剣士に、夫の証として送れと。もう片方の剣はもっとも強い己の子に、いずれ巣立つ者に繁栄を願って託せと」
ふむふむ。
「なるほど、夫に送るのが魔剣で、エリックが持っている奴なんだな?」
「ええ、もう片方の聖剣はこの世界の覇権国家であるグリム帝国の帝王が所有となっています」
だから何だろう?
人間にとっては重要だろうが、九氏族や魔王にとってはどうでもいいだろうに。
少なくとも俺の斧を見る限り、そんなに大して価値があるようには思えないのだが。
「……あ」
そう思っていたのだが……。
ある事実に気付く。なるほど、それは回収しないと大変だ。