感動と、ついでに指導
雲のない空は、森の木に遮られない我が家を照らしていた。
風も穏やかなので、概ねいい天気と言っていいだろう。
こうも晴れていると、妻と余暇を楽しむのもいい気がするが、今日は鬼人族のシャケに特訓を付けてやることにしている。
そして、それは俺にとって初体験ともいうべき行為だった。
果たして、やる気があるとはいえ野人は格闘技を習えるのだろうか。
「先に言っておくが、お前がいきなり強くなるということはない」
「へえ……」
「簡単なコツをお前に教えるだけだ」
究極的には、鬼人族も巨人族も、同族同士で殴り合うなら人間同士の戦い方と変わらない。
頭突きができないとかはあるが、大事なのは基本である。
エリック君の様になんかの大会で優勝しましょうとかならいざ知らず、村のケンカ自慢と戦う分にはそんなに問題ない筈だ。
「まず、殴り方には三通りある。痛い殴り方と押す殴り方と、当てる殴り方だ」
「へ、へえ?」
俺はわざとらしいぐらい大振りで、拳を振りかぶって空振りして見せた。
人間が相手なら首が飛んでいくような力を込めた渾身の一振りだ。
まあ、今みたいに殴ったことはほとんどない。そもそも外れたらそこまでだし。
「今のは痛い殴り方だ。これはツノ族もよくやってるだろう」
「こ、こぇええ!」
「だが、他にも殴り方はある」
俺は体格的に劣るシャケに合わせるように腰を落とし、そこから胴体を張り手で押し込んだ。
体重差の関係もあって、大して力を入れなくても大きくよろめいていた。
ものすごいびっくりしているが、しかし余り苦痛を感じているようではない。
「今のが押す殴り方だ。痛くはなかっただろう」
「痛い……いや、結構いたいでさぁ!」
「これぐらい我慢しろ。要するに突飛ばせってことだ」
その上で、今度はジャブを撃つ。
もちろん当てない、目の前での素振りだ。
「今のは当てる殴り方だ。腰の入ってない殴り方だと思え」
「それがどうケンカで役に立つんで?」
「攻めるため、攻めてると思わせるためだ」
基本的に、ケンカとは正々堂々戦わねばならない。
あるいは、正々堂々戦っているように見せなければならない。
それはつまり、相手の攻撃をよけてはいけないし、防御してもいけないのだ。
周囲から情けない奴、みっともない奴だ、と思われてしまうからだ。
よって、後ろに下がってもいけないし横に回り込んでもいけない。
前に出て攻撃しなければならない。
「お前は村のケンカ自慢と戦って、勝って、褒めて欲しいんだろう?」
「え、ええまあ……」
「勝つにしても、情けない戦い方じゃダメだ。だからどっちもが必要になる」
俺は自分の腹筋を叩いてみた。
そして、そこに押し込んでくるように指示してみる。
「まず、相手の顔に当てるところだ。角に当たるかもしれないし危ないが、そこは普通でも一緒だろう。とにかく、まず先に当てる殴り方をやってみろ」
「どうすればいいんで?」
「他を動かさずに、腕だけ動かして突いて来い。力いっぱいじゃなくていいから、早く打ってみろ」
「お、おう……!」
結構な体重差があるからか、それとも不慣れだからか、ぎこちなく放たれるジャブは俺の胴体に当たるが余り痛くない。
多分、俺が王と言うことで遠慮しているのかもしれない。
まあ、そこはおいおい直そう。どのみち、そんなに強く殴るもんじゃない。
「よし、次は押し込んでこい。ただし、殴るんじゃなくて掌でな」
「へえ」
なんとなく遠慮がなくなってきたのか、俺の胸板に張り手が撃ち込まれていく。
俺も一応踏ん張って持ちこたえるが、そこまでしなくても尻餅をつくほどではなかった。
なんというか、年齢差を考えればむしろ俺の方が年下かもしれないのに、体格差や真面目さを見るとこみあげてくるものがある。
巨人族もなあ、こうなってくれるかなぁ。
こう、やる気を見せてほしいのだ。
都合のいい妄想であることは理解しているが、目の前の彼が俺の噂を耳にしただけで積極的に声をかけてくれたように、上昇志向と行動力を持ってほしい。
昔を思い出す。
格闘技とは、優れている者のために有るのか、劣っている者のために有るのか。
そんなことをテーマにした格闘漫画は多かった。
例えばボクシングで世界チャンピオンになるのは、特にヘビー級のチャンピオンになるのは、体格の優れた者だ。
優れている者が優れている者同士で戦って勝つために、格闘技はあるという悪役がいた。
その一方で、どんなに体格が劣る者であっても習得できることこそが、誰でも強くなれることこそが、優れた格闘技だと主張する主人公がいた。
「あ、あの、その」
「なんだ?」
「熊を踏み殺した、あれは教えてくれますかねぇ?」
「なんだ、蹴りも習いたいか! いいぞ、後でみっちり教えてやる」
今の俺はこう思っている。
動機はどうあれ、強くなりたいと思う者の為に格闘技はあるのだと。




