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ツノ族の狩りと、ついでにタロス王の狩り

 一晩文明の暮らしに浸った我が弟子は、何というか早速不抜けきった顔になっていた。

 おそらく、夢魔族のメイドたちがさぞ張り切って歓迎したのだろう。

 さぞ双方楽しんだに違いない。


「すげえよ……タロス王はすげえよ」


 いいや、この場合は夢魔族の面々が凄いと思うべきだ。

 まあ、魔王以外で夢魔族の『衆』を丸ごと使っているのは俺ぐらいなのだが。

 それもマリーのおかげであって、俺が凄いというわけではない。


「さて、これからお前の指導を行うわけだが……」

「コツを教えてくれるんだろ?」

「そうだが、まずお前の手並みが見たい」


 さしあたり、今こいつがどの程度強いのか見たい。

 まあ、あの戦争を生き残った時点でそう悪いものではないはずだが、とりあえず見るだけ見てみたい。


「とりあえず、角は使っていいから素手で熊を仕留めてみろ」

「へえ、それぐらいなら」


 我ながら、人間に向かっては絶対に言えないことをあっさり言っている。

 応じる方も応じる方だが、何分こっちも野生動物なのでそんなに厳しくない。

 俺の屋敷の近くの狩場で、シャケの実力を見てみることにしてみたわけだが、鬼人族の狩りを見てみたいということで、今日はマリーやアンドラとその配下も一緒である。


「こちらです」


 というか、アンドラやミミ族がいると本当に仕事が早い。

 獲物を見つけるのが本当に早くて、本当にはかどるわ。

 シャケも便利そうだと頷いている。見つけるまでが狩りで、見つけてからは問題じゃないからな。

 アンドラの案内のもと、俺達は一頭の熊に出会った。

 俺よりは小さいが、それでもシャケからは軽く見上げる大きさだった。


「こっちの熊はけっこう大きいな」

「無理そうか?」

「いえいえ、これぐらい、角を使っていいなら」


 流石に気負うことなく前に出る。

 まあ、鬼人族の場合相手を殺して良いとか、或いは角を使っていいとか、そういう条件なら戦うのは一気に楽になる。

 野人に属する者の中では体格や体重で劣る鬼人族だが、凶器である角の殺傷能力は随一である。

 似たような条件では半狼族の牙がそれにあたる。アイツらの牙は大抵の獣を噛み殺せるそうだ。

 そんな彼らも剛人族の肉体には文字通り歯が立たないとか。その剛人族の肉体すらも、鬼人族の角の前には無力。

 鬼人族の角は、十氏族の中でも最も硬質な部位であると言えるだろう。


「いいよっしゃあ!」


 もちろん、その角もそんなに長いわけではない。

 なので、彼らの角を最大に活用するには要するに頭突きの必要がある。

 仮に、そうすれば熊を倒せるとしても、威嚇してくる上に攻撃もしてくる熊にそんなことができる人間は稀だろう。

 ただ、その上ではっきり言うと、鬼人族、というか野人の男でそれができない者はいない。

 日本の場合は特に顕著だが、社会がある程度発達すると仕事をしなくても生きていける時間と言う物が生じる。

 というかまあ、求められる最低水準が高いのだ。日本のニートの様に、働かないし飯は食う、という状況は許されない。

 もしもそんなことになったら、例え親でも仕方ないねと見捨てる。もちろん、残飯を食うことも許されない。

 泣こうがわめこうが、ボコボコにしておしまいである。そのままくたばって、仕方ないねで終わりだ。

 単純に、働かないと食うものがないのである。なので、そもそも成人になっている時点で、こいつもある程度狩りはできるのだ。

 なんかの創作物では、それこそ何のとりえもない男が描かれるが、生憎原初の社会ではそんな余裕は全くないのだ。

 弱いものが選別されて殺されるのではなく、弱い者に割くリソースが存在しないのである。


おおおおおおおおお!


 熊も威嚇しながら襲い掛かるが、それでも流石に鬼人族を相手にすると分が悪い。

 相撲と言うか、ラグビーの様に頭から突っ込んでいくシャケに対して、熊は立ち上がったまま前足を振るう。

 しかし悲しいかな、基本四足歩行である熊は前足が長くないのだ。

 普通の鬼人族と普通の巨人族が戦う場合、まず両肩をつかむか、或いは頭をつかむ。頭さえ固定してしまえば、せっかくの角も活かせないからだ。

 そして、前足が短い熊では、その行動は不可能である。

 如何に鋭利と言っても、所詮刃物である以上、角もその刃渡りより深いものは切れない。しかし胴体部に刺されば臓器のいずれかは損傷させることができる。


「おらあ!」

おおおおおおおお!


 熊の長い胴体、その真ん中あたりに深々と角が突き刺さる。 

 三股の角なので、刺さればさぞ痛いだろう。

 そして、一旦突き刺されば刃物を使う側にとって勝利は確定している。

 鬼人族は特有の太い首を使って、水平になっていた頭を垂直に戻しつつ、曲げていた膝を伸ばしながら直立した。

 ものすごくいたそうであるが、生憎攻撃は終わらない。

 暴れている熊の頭をつかんで、最後に頭部をすっぱりと切り裂いた。

 流石に伝説の武器と違って正中線を真っ二つとはいかないが、首元まですっぱり切れていた。

 熊の頭部の開きという、なんとも見たくないものが出来上がっていた。

 流石に絶命して、仰向けに倒れる熊。

 数が多いとそれなりには脅威だが、一対一では鬼人族の敵ではない。

 これが突っ込んでくる猪だと、側面を獲るとかそういう手間も必要らしいが、立っている熊が相手ならこんなものだろう。


「凄いです……本当に、鍛える必要があるんですか?」

「褒めてくれるのは嬉しいけどよぉ、これぐらい普通だぜぇ?」


 マリーが褒めているが、返り血を浴びて真っ赤になったシャケは困っている。確かに、このぐらいできないと成人するまで生きられない。

 そもそも、鬼人族同士のケンカで角とか使えないしな。殺傷能力が高すぎるし、頭をぶつけあうとほぼ確実に両方死ぬし。

 つまり、やはり素手の強さが重要なわけで。


「そうだな、都合よく次のが来たし、俺も素手で戦って仕留めてやろう」


 今の熊のつがいなのか、猛烈な勢いで熊が走ってきた。

 俺は抱えていたマリーをアンドラに預けると、こっちも走って迎え撃つ。

 さて、よだれをまき散らして咆哮しながら、猛進してくる熊をどう狩猟するべきか?

 手に斧があれば話は別だが、素手となるとそれなりに手を考える必要がある。

 まあ要するにタックルをしてきているようなものなので、膝蹴りを顔にたたきつけるのもアリだろう。だが、相手は口を開けているので、口の中に膝が突っ込まれるということになりかねない。そうなると、剛人族ではあるまいに肌は切られ肉も抉られる。

 それに、突進してくる熊を膝の一点で受け止めることになる。それは如何に強靭な巨人族の足腰でもダメージを受けるだろう。


 なので、殴るというか、腕で攻撃するのも完全に無理だ。

 掌底で攻撃しても、全体重をかけて突撃してくる熊に押し負ける。

 そして、出した手を顎や爪であぐられることもあるだろう。


 ではどうすればいいのか。

 特別な鍛錬の必要がなく、かつ最大の威力が期待できる技。

 戦闘の経験を踏んで、ある程度勘を養うことができれば、そのまま誰にでもできる技。

 失敗しても、それほどリスクの大きくない技。


 常に全体重を支える、人体で最も荷重に強い部位。

 つまり、かかとである。


 軽く跳躍した俺は、四百に近いだろう体重を右かかとの一点に込めて、空中から踏んづけた。

 頭を踏みたいところだが、別に外れてもさほど問題ではない。

 いくら分厚い毛皮に覆われているとはいえ、猛スピードで移動している熊の、その進行方向から走って正面気味の角度から、かかとと言う狭い一点に巨人族の中でも最大の重さを誇る俺の全体重が込められていれば、それは骨だろうが内臓だろうが一撃で破損する。

 それも、今回は上手く頭に当たった。踏み応えからして、頸椎は間違いなく折れているだろう。


 正直、小学生が妄想で考えそうな熊の倒し方だが、生憎こっちにそれができるだけの運動能力と度胸、なによりも身長と体重があれば机上の空論も実現可能なのだ。


「すげえ……一発だ」

「まずは飯だな。ツノ族もダイ族もカタ族も、食えば食うほど力が付くもんだ」


 さしあたり、この二頭の熊をがっつり食べるところから、鍛錬をはじめよう。

 とにかく食えるだけ飯を食えば、野人は筋トレしなくてもムキムキになるのだ。


「俺が許す、がっつり食え」

「やったぜ!」

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