ツノの腑抜けと、ダイの王
ツノ族は当然として、ツキ族とユミ族の新しい戴冠を祝って、魔王の城では宴が催されていた。
流石に規模こそ先日の結婚祝いほどではないが、諸王のみの祝いと言うことでやはり豪勢な料理が並んでいた。
というよりも、やはりあの規模の結婚祝いは裏方を務める三氏族の総力を結集したモノであり、そうそう行えるものではない。あの戦で最大の武勲を上げたタロス王へのねぎらいだったのかもしれない。
愛娘であるリストの子孫マリーへの、余りにもわかりやすい依怙贔屓、ではないだろう、多分、流石に。
とはいえ、オカカ以外の諸王はこうしたもてなしの料理を、腹いっぱい食べるということは初体験ではない。
オカカも魔王からの土産をわずかに食べることは有ったが、自分一人で腹いっぱい食べるということは、正しく王だけに許されたことであった。
一人心底嬉しそうに食べているが、その楽観が他の王には羨ましい。
そうして、一晩ほど魔王だけ楽しむ宴があり、夜を明かして、諸王は帰り路についた。
もちろん、全員鏡で自分の姿を確認して安堵している。オカカ以外。
そのオカカ王も、他の王からじろじろ見られているのだが。
「帰ろう、我が家に」
「そうですね」
「ああ、ちょっと待ってくれねえか?」
上司の家で一晩泊まらせてもらっても、一切体力が回復しないという真理に行き着いたタロス王は、愛する妻を抱えて帰還しようとしていた。
その彼を、ツノ族の王が呼び止める。タロス王に次ぐ長身のオカカ王だが、やはり一メートル近く背が違う相手は見上げなければならなかった。
「タロス王、実は俺の氏族のもんが、アンタに頼みがあるんだってよ」
「……は?」
何を言っているのか、まるで分らなかった。
少なくともタロスは、頼まれたとしてそれを解決できるだけの自信がない。
というか、基本的にツノ族は体格こそダイ族に劣るが、それでも人数さえそろえれば似たようなことは十分できる。
それどころか、額の角を使用すれば大抵の細かい工作も可能で、ダイ族よりもよほど器用だった。
はたして、ツノ族がダイ族に頼み事などするのだろうか?
「ちょいと、話を聞いてやってくれねえか?」
「別にかまわんが……いいか、マリー」
「ええ、少し気になりますし」
基本的に、氏族の問題は氏族で解決するべきである。特に、戦闘に優れ主体性が高い五氏族ならなおのことだ。
氏族の王を通してとはいえ、他の氏族の者が頼ってくるとは異例であろう。
「そうか、じゃあちょっとこっち来てくれや!」
オカカ王の案内に従って、タロスとマリーは魔王の城の前にある森へ入っていった。
しばらく入っていくと、そこには熊を仕留めて食っているツノ族の若い男がいた。
マリーから見ればどちらも大きいし、筋骨も隆々だ。
タロス王から見ればどちらも小さいし、自分ほどの筋力もなさそうである。
しかし、流石に並んでみると優劣は明らか。やはり氏族最強であるオカカともう一人では、一目見ただけでも違いは分かる。
「あ、オカカ王とタロス王!」
「言われた通り連れて来たぜ」
「悪りぃ、オカカ王……」
肌の色こそ同じだが、角の数が違うので見分けるのは容易だった。
その上で、オカカ王に紹介されたツノ族の若者は名乗り始めた。
「どうも、俺はツノ族のシャケっつうもんで……」
「王を決める戦いで、ぼっこぼこにされたやつでしてね」
「ええ、それでタロス王に頼みたいことがあるんですよ」
非常に今更で当然だが、ケンカが強いことが価値感と言うことは、最強の王が一番引く手あまたであることだけではなく、弱い男には声をかけてくれないということである。
もちろん、狩りの上手い下手は食糧事情に直結と言うかそのものなので、多くの女と寝るとしても、彼女達の生活を支えるためにも必要な技能だ。
この社会では、筋力と財力は同じなのである。
「この間の王を決める戦いで、俺はみっともないところを村の長老に見られちまって……これじゃあ嫁がこねえ。そこで、すげえケンカが強ええタロス王に、いっちょうケンカの仕方を教えてもらおうと思って……」
当たり前だが、ケンカの強さなど実際に試してみなければわからない。
そして、多くの村の若い衆が集まるケンカでは、その査定が簡単にできる。
つまり、最後の方まで残ってたのが強い奴で、最初の方に負けたら弱い奴なのだ。
王になれなくても最後までくらいつけばそれなりにいい嫁が来るし、あっさり負けた男とは段違いの扱いを受けることができていた。
もちろん、シャケにそんなものはない。戦で武名を上げれば逆転の目もあるが、生憎その予定は当分ない。
「……なんで俺なんだ?」
まあ確かに、多少教えることはできる。
しかし、態々自分に習う理由がわからない。
タロス王は疑問を感じながら訊ねていた。
「……俺、痛いのが嫌で、すぐケンカで負けちまうんです……でも、タロス王はケガをしないとか……そのコツを教えてほしいって!」
腰抜けの理屈だった。
聞いていたオカカが呆れる理由だった。
怪我したくないから、怪我しない方法を教えてほしいとか、腑抜けにもほどがあった。
「気に入った! ウチの屋敷に来い! 鍛えてやろう!」
だが、大いに気に入ったタロス王は、シャケを自分の屋敷に招く決心をしていたのだった。




