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王と、ついでに王と呼ぶ者

 宴の翌朝、まだ顔が腫れ上がっているオカカの元へミミ族の集団が現れた。

 十人ほどで編成された彼ら、あるいは彼女たちは新しい王を魔王の城へ案内するべく、ツノ族の宴を見守っていたらしい。

 もちろん、今まで一度も魔王の城に赴いたことはないので、それに応じるしかなかった。とはいえ、招かれて赴くのだ、警戒するどころか胸を弾ませていた。

 オカカ自身は。もちろん、ネギミはそれどころではない。

 前途ある王を、あのようなバケモノの巣窟に送り込むなど気が気ではなかった。

 むしろ、任期中に取った行動を思い出して恐怖に震えていたほどである。


「んじゃあ、土産もらってくるぜぇ!」


 意気揚々と、何も知らないオカカは皆に手を振って森へ入っていく。

 現役の王の中で唯一、あの存在意義を揺るがす光景を見ていない彼は、何におびえることもなく金棒と弁当を担いで歩いていく。

 しかし、彼は知らぬのだ。自分がこれから向かう先に、どれほどの悪魔が住んでいるのかと。


 その彼が、森に消えていく所を見ても、涙を誘う死出の旅にしか見えなかった。

 さしずめ、ミミ族は王を地獄へと誘う死神だろうか。

 実際、それらしい雰囲気も出ていると言えば出ている。


 しかし、彼を見送る集団は誰一人として知らない。そう、シャケがいないという事実を。



 基本的に、この周辺に置いて野人と戦って勝てる生物は存在しない。

 もちろん、複数に襲われて殺されることは十分にあるが、タロスがそうであるようにオカカも野人の王。

 彼が手に金棒を持っている時点で、未起動であっても不覚を取ることは有りえない。

 多少道に迷っても、彼ならば何の問題もなく生活できる。その程度には、ツノ族とダイ族の差はわずかなのだ。

 特に、頂点であるオカカは。


「オカカ様」


 案内を務める衆長、黒い耳をした男チウホウは、何も恐れずに森の中を歩いていく新しい王に話しかけていた。

 言うまでもなく、ミミ族は非常に弱い生き物である。しかし、弱い生き物が必ずしも捕食されるわけではない。

 彼らはダイ族やツノ族が肉食獣として振る舞う事とは対極的に、擬態や索敵によって草食動物の如く森を駆ける。

 そして、最大の特徴である聴覚が、追跡者を発見していた。


「氏族の方が、こちらを追跡しております」

「ああん?!」


 じろり、と背後を振り向くと、そこには木の影に隠れない大きさのツノ族が見えていた。

 オカカ同様の、黄色い肌をした大男。即ち、シャケである。

 

 言うまでもないが、肌の色が同じでも親戚関係などない。

 ミミ族も白と黒で肌が分かれているが、ツノ族も赤青黄色で肌の色が分かれている。

 しかし、所詮三種類しかなく、また混血の関係上両親が赤と青でも、黄色の子供が生まれてくることがよくある。

 どちらかと言えば角の数や形の方が、ツノ族の出自を見極めやすい。

 オカカは二本の角がやや離れて生えており、シャケの角は三本根本を同じくして生えている。


「おまえ、シャケだな?! まさか、俺をおそって王になるつもりじゃ……」

「んなわけねえよぉ! その気なら、せめて何人か誘うって!」


 余りにも正論だった。

 ミミ族に聞いてみても、確かに他のツノ族はいない。

 いくら何でも、棍棒も持たずに襲撃と言うのは余りにも間抜けだ。


「俺はちょいと、タロス王に会いたくてよ」

「タロス王に?!」


 その言葉を聞くと、なるほど、と納得してしまう。

 当たり前だが、このシャケもあの戦争の参加者だ。

 もちろん、とびぬけて活躍したわけではないが、少なくとも戦争を逃げ出した腑抜けではない。


 前回の戦争に限らず、戦争に参加するということは危険を伴うものだ。

 もちろん、怖くて逃げだす者がいないわけではないし、怪我をして戦争に参加できない者もいる。

 そして、両者は等しく扱われる。よほどの状況を除いて、そんな臆病者に生きる世界はない。

 税金も公共事業もない社会だからこそ、社会貢献は極めて直接的な行為だけが問われる。

 義務を果たさない者は、追われて当然だ。

 確かに人間は弱いが、それが万全の体制を整えたうえで、軍勢を成せば話は別。

 戦闘に優れた五氏族が力を合わせなければならない時もある。

 そうなれば、カタ族を含めて無事で済む道理はない。


 誰でもケガは嫌だし、死にたくないだろう。

 その義務を他人に押し付ける者に、自分さえ良ければそれでいいという者に、この原始の社会は甘さを見せない。


「タロス王か……確かに、俺も直接礼を言いてぇからな」


 シャケは決して強くないが、一方で義務は果たしている。

 勝ち目もないのにきちんと王を決める戦いに参加した、最低限の男気のある男だ。

 また、タロス王に一目置く気持ちもよくわかる。


「……よろしければ、配下の一人にタロス王の家へ案内させましょうか」

「……こいつがアホなことを言うかも知らねえからな」


 挨拶や礼を言うにしても、王として通すべきものはある。

 この男は自分の氏族で、監督しなければならない相手だ。

 であれば、せめて自分から紹介したいところである。


「城の中には入れねえ。表で待ってろ。それが守れるならいいぜ」

「話が分かるな、オカカ王!」


 希望が通って大喜びするシャケ。

 一方で、オカカは今の呼び名を聞いて微妙に嬉しかった。


 オカカ王。


 そう、今の自分は王権を持つ王なのだ。

 村の誇りであり、氏族最強の男と認められた存在。

 敬意をこめて、王と呼ばれるべき存在なのだ。


「道中の飯は、自分で取れよ?」

「おう、それぐらいなんとかできらぁ!」


 自分の氏族を、王が連れてくる。

 それも魔王の城の手前まで。

 だとすれば、それは王の裁量の範囲である。

 ミミ族の衆長が口を挟むべきことではない。


「承知いたしました、ではお二人ともご案内させていただきます」


 チウホウは静かに応じて、案内を再会していた。

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