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新しい王と、ついでに負けた男

 人間たちが、野人と呼ぶ三氏族。

 彼らは共通として、狩猟の上手さとケンカの強さを基準としている。

 それは王を決めるときも同じであり、氏族の中で最も強いものが王となる。

 必然的に死亡者もでるこの争いの中で、空位だったツノ族の王が決まった。


「次の王は、オカカだ!」


 最後まで立っていた男、オカカ。

 黄色の肌に二本の角が生えた、タロス王とほぼ同年代の若き王だった。

 ボロボロの顔をした彼を、誰もが讃えている。

 ダイ族同様に髭に覆われた口元は、分かりやすいほどに大開きだった。

 彼の足元には、ボロボロのツノ族の勇士が転がっている。


 少なくとも、この二千年間変わることがなかった習慣に乗っ取って、オカカという新しい王が氏族に認められていた。

 長老衆の集会場がある村に、各村の男たちが集まって殴り合う。

 古式ゆかしい公平な戦いによって、正当な王が誕生していた。


「それじゃあ、この金棒を」

「おう!」


 以前に王を務めた長老の一人、ネギミが金色の金棒を彼に差し出していた。

 それは先日魔王自ら破壊した武器であり、同時に彼自ら新しく作り、此処へ持ち込まれたものである。

 そういう意味では、他の武器と違い圧倒的に新しい。だが、カミの技によって作られた武器は決して壊れることはなく、その輝きが褪せることもない。

 故に、この金色の金棒が浮いてしまうということはないだろう。


「これが、獄棍ドライ」

「ああ、王権の武器ってことだぁな」


 感動に打ち震えているオカカに対して、ネギミはやや冷ややかだった。

 これからオカカは魔王の元に出向き、王位継承の報告をする。

 それが通常なのだが、今回は特別だ。


 九人の王の手元に、王権の武器が揃っている。

 長らく手放されていた魔剣がシルファーの手元にある以上、全ての武器が起動するのだ。

 今まではヨル族のバラ女王とミミ族のラッパ王だけが起動状態の武器を所有していたが、今後はタロス王の様に短命な氏族の王も起動状態の武器を使うことが許されるのだ。


 だが、そんなこと以上に、この若者を魔王の元に送ることがまず不安だったのだ。

 人間以上に虚弱であろうカミ族が、長く頂点に君臨してきた理由を垣間見たネギミは、途方もない不安を感じずにはいられないのだった。

 あんな得体のしれない相手に、逆らうなんてとんでもない。だが、近づきたくもないのだった。


「長老! 俺ぁ頑張りますぜぇ!」


 胸に期待を膨らませている己の後任者に、そんな水を差すようなことが言えるわけもなく……。

 先日、獄棍ドライを届けに来た時、メザはツノ族の姿をしていたが、それはもうしおらしくなっていた。

 そのまま魔王の城に戻っていったが、どう考えても真っ当な生活をしているようには見えなかった。

 一体、魔王の城で何が起きているのだろうか。

 老体の彼には、直接赴く勇気も、訊ねる気力さえも残っていない。


「さあ、新しい王の誕生を祝って、宴だぁあ!」


 誰が叫んだのか、それとも皆が叫んだのか。

 王の誕生以上に、そこが嬉しいのか。

 それとも、王を失った戦いの痛みを忘れるためか。

 多くの村から集まった男たちが立ち上がり、宴が始まった。



「ひでぇ顔だな!」

「お前こそ!」


「アイテテテ」

「酒が染みるなぁ!」


「てめえよくも俺をやってくれたなぁ?!」

「おおう、続けるか?!」


 誰もかれもがボコボコになった顔をして、酒を飲みながら騒いでいた。

 その辺りはダイ族やカタ族とそう変わるものではない。

 しかし、やはり並べられた料理はやや異なっている。


 ダイ族はよほど飢えなければ魚など食べない。

 もちろん、よほどの窮地に立てばその限りではないが、彼らは魚を好んで食さない。

 彼らは肉だけを食べているのだ。


 その一方で、カタ族は野人の中では最も狩りが下手である。

 その関係か、余り肉類は好まない。魚も時折食べる程度だった。

 彼らが好んで食べる物、それは……。


「ててて……」


 優勝したとはいえ、新しい王もまた顔が腫れ上がっていた。

 負けた彼らと何かが変わるものではない。

 もちろん、彼がこの氏族の中で一番強いのであろうが、もしも、と言うことは十分にあり得た。

 他の誰かが勝ってもおかしくない。公平とはそういうものである。


「おい、大丈夫かぁ?」

「ははは! 男前だろぉ!」


 しかし、勝利の美酒は全てを忘れさせてくれる。

 オカカはまさに人生の絶頂を味わっていた。

 己の氏族の皆が、自分を王とたたえている。その事実は、何とも言えない高揚感があった。


「それにしてもまあ、当分大きいいくさもねえらしいから、当分はお前が王だなぁ」


 自らもそれなりに長い在位期間を経ているネギミは、懐かしみながらそんなことを言う。

 半人に分類される氏族は皆共通して寿命が短く、必然王の在位も短い。

 だが、野人は人間と変わらないため、戦争が起きて死ぬことでもない限り、基本的には肉体が衰え始めるまでは王であり続ける。

 二十程度の若き王が戴冠した以上、何もなければ十年は彼が王であり続けるだろう。

 それは、彼よりも年上な男たちが王になる機会を喪失したことを意味していた。

 だがまあ、それは仕方ない事である。

 皆が諦める程度には、オカカは強い王だった。


「初めて王を決める戦いをしたけどよ、思った以上にきつかったぜぇ」


 そのオカカは、当然以前の戦いにも参加していた。

 流石にメザほど際立って活躍していたわけではないが、彼もまた奮戦していた。

 その上で、彼は思い出す。

 髭もないダイ族の王、その雄姿を。


「もっと若かったんだろう? タロス王は。すげえよな」

「ーーーいや、あの王はそんなもんじゃねえ」


 ネギミは彼の戦いを見ていたし、それ以上に知っていた。

 ダイ族の先代の王と懇意だったネギミは、その彼からいろいろ聞かされていた。既に在位して長いタロスが王になったときのことを。

 そして、彼が実際に自分の目の前でメザを圧倒したことを。


「あの兄ちゃんは、髭がねえだろう」

「ああ」

「顔に傷があったか?」

「ねえなあ?」


 思い返してみれば確かにそうだ。

 少なくとも今のオカカは、赤ん坊のように髭を剃れば、きっと酷い顔が見えるに違いない。

 だが、常に顔を晒しているタロスは、いつも傷が目立っているように見えなかった。


「こりゃあアイツの前の前の王に聞いた話だがよう」


 若い王が立てば、その分年長者は機会を奪われる。

 まして、当時のタロスは結婚していなくてもさほど不思議ではないほどに若かった。

 それが、周囲からどう思われているかなど分かり切ったことだった。


「タロス王は、王になるとき綺麗な顔をしてたそうだぁ」


 今でこそ、タロス王はダイ族の王にふさわしい巨体を誇るが、流石に当時はまだ平均的なダイ族と同じ程度だった。

 にもかかわらず、彼は数多のダイ族を相手に圧勝していた。


「流石に無傷ってわけじゃなかったらしいが、そりゃあもう強かったらしいぜ」

「……」


 ごくり、とオカカは生唾を呑んでいた。

 最大の体格を持つダイ族の戦闘である。さぞや大迫力だったに違いない。

 にもかかわらず、彼は自分と違って圧勝したのだ。


「おかしなことによ、タロス王と戦って負けた奴は、大抵あっさり傷が治ったって話だ」


 手も足も出ずにボコボコにされ、気づけば他の者から止められていた。

 それが、彼の圧倒的な強さだった。

 面白半分で参加を許した長老衆が絶句させ、こんなヒゲナシに負けてたまるかと奮起する年長者たちを黙らせて、彼は王となり斧を得たのだ。


「メザと戦った時もそうだった。ありゃあ強い、訳が分からんほどな」


 そんな会話を、盗み聞きしている男がいた。

 ツノ族の中では劣る体格をしており、同時に敗北の痛みを酒でごまかすこともできない男が一人。

 名をシャケ。

 最初から王になれるはずもなかった、弱いツノ族の成人である。

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