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ダイ族の領地と、ついでにジャックの旅

「情報では女三人に男が七人、金属製の剣や革製の防具を装備して、この地に入ったと。うち一名の男が糸の杖を持ち、他の者は目に生気が無く全身から覇気が感じられないと」

「全員、人間か?」

「はい」


 ああ、なるほど。

 俺はようやく一定の理解をしていた。

 何故魔王や他のカミ族がその道具を放置しているのかわかったのだ。

 確かに、その道具の効果は驚異的だ。もしも前情報が無ければ、俺でも問題だっただろう。

 だが、なるほど、魔王の考えが甘いのは事実だが、しかしどうやらその想定通りに相手は頭が悪かったらしい。

 考えが浅いにもほどがある。

 おそらく彼は、何を成し遂げることもできずに自滅するだろう。

 


 さて、そもそも何故ダイ族はそれなりに生活できているのか。

 貯蔵技術もろくに無く、医療技術も存在せず、その上道具を作るという発想もほとんどない。

 にもかかわらず、彼らは生きている。滅亡することもなく、それなりに繁栄を謳歌している。


 人間の生活圏と魔王領が接している国境地帯、一種最前線ともいうべき地域で暮らしているのは、戦闘を得意とする五氏族である。

 ハネ族は最大の機動力故に広く分布しており、大抵は人間の踏み込まない奥地となっている。ミミ族はそもそも特定の居住地を持たない。ヨル族とカミ族に関しては所在を知っている者の方が少ない。

 そうした都合から、人間が魔王領に突入した場合、どうあがいても五氏族のテリトリーに侵入することになる。


 意外にも、最も危険視されているのはユミ族である。

 野人に分類される氏族は大抵、人間の国や村を襲う場合は略奪が目的であって、滅ぼすことが目的ではないのだ。

 だが、ユミ族が人間の国を滅ぼそうと思った場合、その国は確実に滅ぶ。

 半人特有の強い連帯感を持つ彼らだが、特に尊厳にかかわる部分に関して氏族全体で動くことが多い。

 仮にどこかの集落の娘がさらわれて、背中に乗られようものなら、その国を絶対に許さない。

 二千年間で、彼らの怒りに触れて滅ぼされた国は百では効かない。彼らの怒りに触れた国の住民は、一人残らず殺されている。

 加えて、彼らは弓矢という飛び道具の名手のみで構成されている。

 ユミ族の名に恥じぬ彼らの射撃の腕は、糸の杖を持つ者にとって脅威だった。


 ツキ族も同様である。狼そのものとしか思えない彼らは、必然狩りの達人である。

 風向きにどれだけ注意しても、彼らを相手に不意を打つなど不可能であろう。

 そういう意味でも、彼らを狙うのは避けた方がよい。


 であれば警戒心が薄く、支配した場合の戦闘能力が期待できるダイ族を狙うのはある意味当然だった。

 もちろん、ツノ族やカタ族も候補であったが、結局そこを狙うことにしていた。

 ジャックは、そうした考えからダイ族の住む森の茂る山を狙ったのである。


「……はぁ」


 山に入って半日。

 ジャックは汗をかきながら山を歩いていた。

 彼にとってまず誤算だったのが、自分の体力だった。

 荷物は全て誰かに持たせているとはいえ、慣れない山の中を歩いていくというのはとても疲れるものだった。

 一言で言えば、彼には体力がなかった。

 道らしいものが全くない山を、歩くだけの体力と気力が彼には備わっていなかった。

 もちろん、彼が操っている者たちは、疲労を度外視して活動できる。

 だが、疲れて全く身動きが取れない、そんな状況になってしまえば、どう命じても生物的に動けるわけがない。


「くそ……まだ半日だ、諦めてたまるか」


 もちろん、彼の呟きを聴くものはない。少なくとも、彼の周りにいる者たちは全く無反応だった。

 だが、彼は流石に踏みとどまっていた。

 山に入ってたったの半日で、疲れて音を上げて逃げ帰るなど格好が悪いにもほどがあったのだ。

 女達には荷物を持たせていないが、女たちに背負ってもらうにしても限度はあるし、そもそもそれはそれで格好がつかない。

 護衛兼荷物持ちの男たちは、既に道中の食料などを背負っていた。

 よって、彼は自力で歩かねばならなかった。


「……道はないのか!」


 山に入ってさらにしばらくが経過して、日が傾き空が暗くなってきた。

 それはつまり、全く誰に会うこともなく一日が終わったことを意味していた。

 既に自分の配下は料理などの準備をしているし、それに対して文句を言う気もない。

 だが、一向に何も変わらなかった。

 そもそも当たり前だが、魔王領に地図は無い。仮にあったとしても、人間が持っているわけがない。

 一応方位磁針は持ち込んでいるが、そもそもどちらの方角に向かって歩けばいいのかなど誰も知らないのだ。

 完全に無策で突っ込んだ彼は、自分の無策を呪いつつも、しかし撤退などできずにそこで一晩を明かすことにしていた。


 一夜明けて、それでも彼は何とか自分を奮い立たせながら歩いて行った。

 とにかく、ダイ族の一人を捕まえればいい。そうすればすべてが解決する。

 自分の為に連れてきた女を抱く体力もない彼は、それでも方位磁針を頼りに何とか歩いていく。

 とにかく、まっすぐ進めばその内道の痕跡などを見つけることができるだろう。

 集落を見つければ、一気にこちらの物だ。彼はそう信じて、どんどん奥へ進んでいく。

 当然だが、食料は大目に持ち込んだ。一月とまではいわないが、自分の護衛達を含めても半月は持つ量だ。

 それを信じて、彼は杖をつきながら歩いていく。


 さて、非常に今更だが彼の行為は非常に不毛である。

 砂漠で方位磁石を手に、素人の考える『十分な量』の水と食料をもって、どこにあるかもわからないオアシスを探させているようなものだ。

 そもそも、森の中を適当に歩き回って集落を見つけるには、ダイ族の領地は人口密度が低すぎる。

 開拓もされていないため、道を探すということも難しい。

 もちろん、ミミ族やツキ族ならそんなことはない。森に残されたわずかな痕跡から相手を追跡することが可能である。

 だが、そんな専門家は彼の部下にはいなかった。


 もう一つ言えば、ジャックはダイ族の事を余りにも深く考えていなかった。

 彼らは巨体相応の大食いで洞窟に住み、棍棒を手に狩猟をして生活しているという。

 人間の勝手な想像だが、全く違うことなく真実である。


 その上で、もう一度最初の問題に立ち返る。

 なぜ、そんな氏族が繁栄していられるのか?


 答えは単純、その必要がないからである。

 この地域は年中温暖で、故に獲物が取れないという時期がない。

 彼らの大きな胃袋を満足させるほどに、この周辺は資源が豊富なのだ。

 だからこそ、彼らはその辺りの事に気を遣わなくても、少なくとも普段は平穏に過ごすことができていたのだ。


 では、なぜそこまで豊かな土地を彼らは持っているのか?

 二千百年前、この地に訪れて開拓した十の氏族。彼らは危険な生物を駆逐する一方で、自分達が生活するに十分な地域の確保が終わるとともに定住を始めた。

 縄張りを、十の氏族で決めたのである。それが魔王領内の各氏族の現在の分布に繋がるわけであるが、なぜそこまで豊かな領地を他の氏族から得ることができたのか。

 ツノ族が魚を好んだことで川魚の取れない地域を嫌ったこともある。

 お世辞にも狩りが得意とは言えないカタ族が辞退したこともある。

 平坦とは程遠い森の中で、凹凸のある地形で移動するのが苦手なユミ族が拒んだこともある。

 だが、なぜツキ族はこの地に住まなかったのか?


 もう一度言う。

 成人になった場合身長三メートル、体重は三百キロを超えるダイ族が、少々狩りをした程度で腹が満たされるほど野生動物が大型で、且つ安定して狩猟できるほど豊富なのである。


 単純な話だ。

 ダイ族の縄張りを平穏で適当に生きていけるのは、人間とは比べ物にならないほど屈強な野人だけだからである。

 如何に一般的な人間よりも強いツキ族であっても、生存競争に敗北することは目に見えている。

 仮に、この地にそこらの街のチンピラ程度の男が十人ほど、皮の防具と何の変哲もない鉄の剣を持った状態でこの地の肉食獣ないし、雑食性の大型生物に出会った場合、帰ってくるものはないだろう。


「くそ、これで三日目だ! 今日もここで野営するぞ」


 そして十の氏族を悉く操る『糸の杖』は、知恵のない野生動物には一切効果を発揮しない。

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